The event happened

その事件は、とある麗らかな午後に起こった。

「──何だ? これ」

ファイルや個人データの収納された本棚の裏を覗いた円堂が、首を傾げる。
その手には埃で汚れた雑巾。
マネージャーたちが、今日はみんなでサッカー部が使っている物の掃除をしようと提案したのは既に2時間程前のこと。

用具整理、修練場、部室と、3つの班に分かれたそのうちの一つ──部室の掃除に割り当てられたのは、DF陣から土門と壁山と風丸、MFから鬼道と一之瀬と少林、そして円堂の7人だった。

「どうした、円堂」

半田たちの持ち込んでいた週刊漫画を紐で括っていた鬼道が振り向くと、それに釣られたように風丸たちもそちらに注目する。
円堂はというと、本棚の裏を一心に覗きながら、首を捻っていた。

「いや、何かさ……棚の後ろに、雑誌みたいなのが落ちてんだよ」
「雑誌?」

どれ、と円堂の頭越しにそこを見る一之瀬。
「ああ、ホントだ」そう言って、一之瀬は振り返って答えた。

「暗くて埃っぽいから、何の雑誌かは分からないけど……奥の方に、何か1冊落ちてるよ」

その言葉に、同じように隙間を覗き込むと、確かに棚と壁の僅かな間に、埃にまみれた何か薄い物が見える。

「一応、取っておいた方が良いんじゃないか?」
「そうだな……もしかしたら雑誌じゃなくて、書類とかノートかもしれないし」

風丸や鬼道の提案を受けた円堂は頷いて、棚に手をかけた。
そのまま前へ移動させようと、力を込めたのだが。

「ふ、んぎぎぎぎっ……!! ──っだぁ! だ、だめだ……動かないや」
「えぇ?」

眉を顰めた土門が棚を観察する。どうやら、ネジで動かないように床に固定してあるようだ。
しかし、部室にドライバーは置いていない。どうしようかと考え込んだ矢先、「それだったら」と声が割り込んだ。

「これで掻き出せば良いんじゃないですか?」

そう言って手にしたはたきを見せるのは、壁山の頭に乗って天井の埃を落としていた少林である。
「それなら出来るかもな」頷いた風丸はそれを受け取り、細い棒の方を隙間に差し込んだ。

「どうだ?」
「ちょっと待て、あと少し」

掻き出された手前の埃が舞い上がり、それを吸い込んでしまった円堂はげほげほと噎せ返る。
壁山と少林が慌ててその背中をさする最中、隙間からその雑誌のような何かの端が飛び出した。

「これなら、もう手で引っ張り出せるんじゃないか?」
「そうだな」

鬼道の言葉に返して、風丸は軍手をはめていた右手でそれを掴み、一気に引き抜く。

「よしっ、取れ…………ッ!?」

そして次の瞬間顔色を変えると、風のような早さでガッとそれを隙間に押し戻した。
当然、その瞬間を目撃した円堂と1年生2人があーっと声を上げる。

「何だよ風丸、何で戻しちゃうんだよ!」
「何が出てきたか見損ねたッス!」

ブーイングの始まる中、隙間から出てきた物を目撃してしまった4人は固まるしかない。
何故こんなものが部室に、と心中叫びたい風丸と鬼道は、思わず真っ赤になってしまった顔を片手で覆う。

「先輩、一体何が出てきたんですか?」

唇を尖らせながら、土門の袖を引く少林。
いつもならさらりと答えてやるのだが、さすがに今回は──と土門はひきつった笑みを浮かべた。

「ああもう分かったよ! 自分で出すから、風丸それ貸してくれ!」
「だ! だめ、絶対!」

さっとはたきを背に隠して、風丸はブンブンと頭を横に振る。
一体何なんだ、と円堂たちが首を捻る中、ガラリと部室の扉が開いた。

「おーい、バケツ余ってない? ……って、何この空気」

間延びした声を出しながら中に入ってきた松野が、部室を見回すなり妙な顔をする。

「バケツならそこだぜ」あからさまに助かった、という顔をしながら、床に転がったバケツを指さす土門。
しかし、その位置が悪かった。

「あー、ありがと。……ん?」

何これ、と例の棚のすぐ手前からバケツを拾い上げたマックスの手が、隙間からひょっこりと飛び出した何かの端を掴んで取り出す。
どうやら風丸が押し込み損ねたようで、するりと呆気なく隙間から姿を現したそれに、風丸と土門が悲鳴のような声を上げた。

「……え、そ、それ……?」
「見ちゃいけません!!」

思わずどこぞの母親のような口調で、ポカンとした顔の円堂の目を塞ぎにかかる風丸。
松野の手に摘まれたそれ。その肌色の多い表紙を見るなり、壁山がギョッとする。

「何だ、ただのエロ本じゃん」
「マックス、お前な……!」

軽く言ってのけるマックスに、頭を抱える鬼道。
あまつさえその表紙をパラパラとめくり始めたマックスに、少林が自主的に目を両手で隠した。

「でも何で、部室にエロ本なんてあんの?」
「さぁ、俺は知らないけど──壁山なら」

知ってるんじゃないかな、と一之瀬が笑顔を浮かべると同時に、そろそろと部室から抜け出そうとしていた壁山の背中を叩く。

「壁山……!!」

ぎぎぎ、と油の切れたロボットのような動きで振り返り、真っ赤な顔で目尻を吊り上げる風丸。
その形相に顔を青くした壁山は、その巨躯を出来る限り小さくして悲鳴を上げた。

「ひいい! 悪気はなかったんっスーー!」
「当たり前だ!」

険しい表情の鬼道が、これもまた赤い顔で吠える。
「まぁまぁ良いじゃん」コロコロと笑ったマックスはというと、あっさり渦中のそれを机に置いて、場を引っかき回すだけ引っかき回し当初の目的だったバケツを手に部室を出て行ってしまった。

「……全く……一体どこでこんなものを手に入れたんだか」
「うう……前に、焼却炉で見つけたンス……」

鬼道の前で正座した壁山は、訥々と話し始める。

クラスの掃除の時間、焼却炉へゴミを捨てに言った際にこれを見つけ、こっそり見るために部室に持ち込んだは良いが、棚の後ろに隠したまま自分でもそのことを綺麗さっぱり忘れてしまっていたらしい。

「はぁ……で、これどうする?」

机のそれに、いらなくなったプリントを被せて見えなくした土門が溜息混じりに呟く。
漫画の間に挟んで一緒に捨てれば良いんじゃないか、と紐で括った週刊漫画を一之瀬は指さしたが、鬼道は疲れた表情で首を振る。

「間に挟んで表紙が見えなくなっても、多分春奈辺りが気付くだろうな」

自分で言った言葉に表情を暗くする鬼道。
問題はこれの処分の方法だけでなく、もしもこれがマネージャーの誰かに見つかったらどうするかという点だ。
「とりあえず雷門は激怒するな」というのは風丸の弁だ。安易にその様子が想像できるのがまた恐ろしい。

「春奈はそこまで怒らないだろうが……きっと、ずっとこの事をネタにするな」

妹の考えを予想した鬼道が言えば、『それだけは避けたい』とその場全員の心の声が重なる。

「秋や織乃なら、まだ大丈夫なんじゃないかな……そりゃあ、少しは色々言うだろうけど」
「いやいや一之瀬。織乃ちゃんを甘くみない方が良いって」

そう言って手を振るのは土門だ。
あれで怒ると怖いんだ、という彼に、風丸に目隠しされたままだった円堂が「そうなのか?」と口を挟む。

「そうそう、鬼道なんて一度平手打ちされて、真横に吹っ飛んだんだぜ」
「言うな……」

あの時の痛みと衝撃を思い出したのか、鬼道が自分の頬を押さえた。

「じゃあ結局、マネージャーの誰かに見られる前に、これを捨てなきゃならないんですよね?」

少林が机の上を見ないようにしながら聞くと、部室に重たい沈黙が降りる。

別に、プリントと一緒に紙袋か何かにいれて捨ててしまえばいいというのは分かる。
しかし、これを持っているだけで謎の罪悪感に苛まれてしまうような気がしてならないのだ。

誰からともなく溜息を吐いたその時、再び部室の扉が開いた。
またマックスか──と振り返った矢先、ビシリとその場の空気が凍り付く。

「あれ、まだ終わってなかったんですか?」
「まさか、サボっていたんじゃないでしょうね」

何も知らずにやってきたのは、たった今「怒らせてはいけない」と悟った夏未と織乃の2人。
タイミングが悪いにも程がある、と風丸は円堂の目隠しをさっと取り、頭を抱えた。

「あー、ちょっと手間取ってさ! で、2人とも何か取りに来たのか?」
「あ、はい。それです」

土門の問いに織乃が指さしたのは、不幸なことに例の雑誌を覆い隠す数枚のプリント。
勿論、男子達の表情は一気に凍りついた。

「え、でもさ、これっていらないやつなんじゃ……?」
「その予定だったんだけど、色々整理してたら後々必要になることが分かったのよ」

「じゃあ持って行くわね」さらりと言った夏未の手が、プリントに延びる。
当然これを持って行かれれば、下の雑誌も彼女たちの目に入る──一瞬でその次の瞬間起こりえるだろうことを想像した6人(−円堂)の血の気が一気に引いた。

「ちょ! ちょっと待って!!」

唐突に上がった一之瀬の声に、夏未の手が止まる。
「何?」何も知らず首を傾げるマネージャー2人と、一之瀬に希望を託す6人。
一之瀬は冷や汗を一筋垂らした後、言った。

「…………あ、秋って、まだ修練場の掃除してる? 手伝いに行きたいんだけど」
「おいぃ!!」

思わず声を荒げた土門が、言葉と共にそそくさと扉へ向かおうとする一之瀬の肩を鷲掴む。
逃げる気か! と土門や風丸や鬼道に責め立てられる一之瀬を見た2人は、顔を見合わせ首を傾げた。
不思議そうな顔をしながらも、気にしないことにしたらしい織乃の手が、机へ伸びる。

「とりあえず、これは持って行きますね?」
「あっ!?」

──数秒後、部室に特大の雷が落ちたのは言うまでもない。
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