Police blotter

「おーい、御鏡! お前にお客さんだぞ!」
「は?」

保健室や理科室、1年生の教室がある雷門中の西校舎。

1年4組の教室で、金髪に褐色の肌をした生徒が声を張り上げる。
彼──宮坂了が呼んだのは、転校生という肩書きもすっかり薄れた御鏡大樹だった。

「客?」大樹は気怠げに机に突っ伏していた体を起こすと、眉を顰める。
宮坂の傍ら。扉のすぐ外に立つのは、赤縁の眼鏡をかけた女生徒だ。
あっと短く声を上げた彼女は微笑んで、ポケットから手帳を取り出す。

「あなたが御鏡大樹くん?」
「そうだけど……」

後ろから、友人達が冷やかし混じりに騒ぎ立て口笛を吹く音がする。大樹はそれに振り返ってギッと一睨みした後、溜息を吐いて前に居直った。
目の前の彼女はというと、その様子を興味深げに眺めながら何かを手帳に書き込む。

「成る程、性格はあんまり織乃さんには似てないんだ……」
「え?」

「姉ちゃん?」目の色を僅かに変えた大樹に、彼女はやや慌てたように姿勢を正した。

「あ、まだ自己紹介してなかったね! 私、音無春奈。織乃さんと同じ、サッカー部のマネージャー兼、新聞部です」

よろしくね、と小首を傾げて微笑む春奈に、大樹は気が抜けたようにハァと頷く。

「それで……音無? 新聞部が俺に何か用なのか?」
「ああ、そうそう!」

春奈は閉じていた手帳をまた開き、きらりと目を光らせた。

「御鏡くんも聞いたことあるでしょ? 雷門サッカー部が、今人気急上昇中ってこと!」
「まぁ……」

大樹は曖昧に頷く。
数ヶ月前まで廃部する寸前だったサッカー部があることを機に力を付けていき、今やFFと呼ばれる全国大会で本戦を勝ち抜いてきていること。
陸上部に身を置いていても、サッカー部に所属している先輩を尊敬している宮坂の話や、クラスの女子の『どの先輩が格好いいか』という話題にも持ち上がっている為、自然とそのことは耳に入る。
「それでね、」春奈は前置きした後、こう続けた。

「学校新聞では、既に雷門イレブンの特集は組んだことがあるから──少しだけ、マネージャーにもスポットを当ててみようってことにもなったの」
「マネージャーにも……?」

怪訝な顔になる大樹を知ってか知らずか、「そうなると私に関する記事も載っちゃうっていうのが難点なんだけど」と春奈はコロコロと笑う。

「夏未さん……雷門先輩とかは、親衛隊があるくらいだし需要はあるかなぁって」

だからね! と春奈は身を乗り出し、ずいっと大樹に近付く。

「多分織乃さん、自分のことは過小評価ばっかりでちゃんと取材させてくれないだろうから、弟の御鏡くんに色々聞こうと思って来たの!」

春奈は手帳を手のひらに置いて、既に臨戦態勢──もとい、取材の体勢に入っている。
しかし、大樹は依然渋い顔のまま、口を開いた。

「……無理」
「ええっ!」

「どうして!?」掴みかからんばかりの勢いで食いつく春奈に物怖じもせず、大樹はただ難しい顔で続ける。

「その新聞見たどっかの馬の骨が、姉ちゃんに興味持ったら困る」

淡々と、当たり前のことのように真顔で告げられた理由に、春奈は一瞬固まった。
そして、そう、と一言返し1歩後退すると、小さく微笑む。

「それなら、しょうがないよね。分かった、あなたに聞くのは諦めるわ」
「ああ、悪いな。……ん?」

「俺に聞くのはって何だよ!」大樹が台詞を言い終える前に回れ右して逃げるように走り去った春奈は、廊下を駈けながら手帳に「織乃さんの弟はシスコン入ってる」と書き込んだ。




「そう言うわけで、3人に白羽の矢が立ったというわけです」
「織乃のことねぇ……」

俺も詳しいことは分からないよ、と答えるのは一之瀬だ。何故と首を傾げる春奈に、彼は答える。

「だって、織乃と一緒にいたのは、彼女が入院してた1ヶ月かそこらだったし……まぁだからって、何も話せないってことはないと思うけど」
「それよりも、春奈」

一之瀬の話が一区切りしたところで、口を開くのは鬼道だ。
「何? お兄ちゃん」数回まばたきをして聞き返す妹に、彼は言う。

「取材とさっきから言っているが……他のマネージャーたちには、許可は取っているのか?」
「あったりまえじゃない! ……まぁ、夏未さんは特に渋ってたけど……3人ともちゃんと許可は取りました!」

事実を脚色しないという約束の上で、と春奈が付け足せば、『言われなかったら脚色するつもりだったのか』という3人の心の声が重なった。
実際、記事を書くのは自分ではなく新聞部の先輩だから、必要なのは簡単な情報だけなんだけど──と前置きして、春奈は手帳を広げる。

「それじゃあまずは、一之瀬さんから簡潔にどうぞ!」
「え、俺から? あー……そうだな、大人しくて優しい子ってとこかな? あと、意外と腕っ節が強いとか……」

基本情報ですね、と春奈は機械的な早さでそれを手帳に書き取った。
「じゃあ次は土門さん!」シャープペンシルの先を向けられた土門は一瞬肩を揺らして、頭を掻く。

「そう言われてもなぁ。俺も一之瀬と似たようなことしか言えねーぞ?」
「苦手なものとか、知らないんですか?」

そういえば知らないな、と呟くのは鬼道だ。矛先を彼に変えたらしい春奈の目が、爛々と光る。

「お兄ちゃんは織乃さんのこと、よぉーく知ってるよね?」
「何だその確証は……」

はぁ、と溜息を吐いて、鬼道は壁に背中を預ける。
部活の休憩中、妹に呼び出されたのは良いが、こんな尋問のような空気を味わう羽目になるとは思いもしなかった。

「簡単に、分かる範囲で良いから! とりあえずまずは、得意なこと!」
「家事全般だろ」
「苦手なこと!」
「人に意見すること……だろうな」
「ああ、言えてるかも」
「家族構成!」
「両親、兄、弟3人だったか」
「あ、意外と多いんだね。じゃあ、えっと……」
「スリーサイズは?」
「上から、っておい」

ここでつらつらと答えていた口をハッと噤み、鬼道は引きつった顔で一之瀬を振り返る。
当の本人はと言うと、どこ吹く風でニコニコと微笑んでいた。

「ん? 何?」
「何、じゃないだろう。妙な口を挟むんじゃない!」

眉間にこれでもかと言うほど皺を寄せ、鬼道は一之瀬を睨む。
そこで、「つーかさ」と口を挟むのは土門だ。

「今、ちょっと言い掛けたよな? 鬼道」
「………………」

鬼道はぎゅっと唇を引き結んで押し黙る。
その時、一之瀬は見た。春奈の目が、標的を狙うスナイパーの如く光った瞬間を。
鬼道はというと、土門の言葉に固まったまま微動だにしない。

──実は、1年生の頃に起こった、ジャージ事件(後に佐久間がこっそりと命名した)の時。
絶対に見ないで下さいね、と念を押して織乃に渡された、彼女のスリーサイズが書かれた紙の中身を、鬼道は知ってしまったのだ。

勿論故意にではない。影山にそれを渡した時、彼があっさりとそれを口に出して読み上げてしまったからだ。
今となっては、それがわざとだったのかそうでなかったのかは分からないが、結果として鬼道は織乃のトップシークレットと言っても過言ではない物を知ってしまったのである。

──とは言っても、その時瞬時に記憶に蓋をしたため、今の今まで忘れ去っていたのだが。

「お、に、い、ちゃあ〜ん?」

にやりにやりと唇を持ち上げた春奈が、猫なで声を出しながら鬼道にじりじりと近付いていく。
鬼道は一歩一歩と後退しながら、じわりとこめかみに汗を浮かべた。

「知ってるの? 知ってるのね、お兄ちゃん?」
「し……知らない、今のは、一瞬釣られただけで……」

「へーぇ?」にたりにたりと、春奈の笑みは深くなるばかりだ。これはいくら言っても聞きそうにないな、と鬼道の表情はひきつっていく。
兄妹の間に渦巻く異様な空気に、土門はどうしたものかと首を傾げ、原因となった一之瀬がそれを楽しげに眺めていた、そんな時。

「土門さーん、DF陣の打ち合わせするらしいのでこっちに……って、どうしたんですかコレ」

何も知らずにバインダーを小脇に抱えてやって来た織乃に、鬼道と春奈は互いに正反対の表情で振り返った。
「じゃ、じゃあ俺行ってくるな!」土門はというと、織乃の言葉に頷いて逃げるようにその場を後にする。

こちらを見て爛々と目を光らせる春奈と、対して表情の固い鬼道とを見比べ、織乃は首を傾げた。

「……どうかしたんですか?」
「いや、その……大したことじゃない。気にす、」
「織乃さん!」

兄の声を遮り、春奈は織乃に一気に詰め寄ってその手をがっしりと掴む。
焦る鬼道を後目に、春奈は彼女の手を掴んだままにやりと笑った。

「ちょぉっとお尋ねしたいことがあるんですが……良いですか?」
「へ? あ、うん……?」

──後日。
その後2日間ほど鬼道の片頬には平手打ちされたような痕に湿布が貼られ、一方の春奈はというと、結局姉のことを新聞に出された大樹に、廊下で擦れ違う度ジト目で恨みがましく睨まれたそうだ。