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SARUは酷く苛立っていた。
この戦いで旧人類との決定的な能力の差を見せつけ、完膚なきまでに蹂躙して世界の実権を持つべきはSSCなのだと知らしめる。ただそれだけだと思っていた。
それなのにクロノストームは決して勝負を諦めず、自分たちを追い詰め、あまつさえフェーダの絆の形を否定しようとしている。──そんなことは認められない。

「ラグーンは特別な力を持つ者同士、深く繋がっている! 力によって結ばれた、固い絆だ!お前たちなどに負けるはずがないッ!!」

天馬と激しくボールを奪い合いながら、SARUは激昂した。

「力だけで繋がってるなんて、そんなのホントの絆じゃない!!」
「お前如きに何が分かる……! 僕たちは、特別なんだ!!」

鋭い蹴りはボールだけでなく、今にも天馬の脛を削り取ってしまいそうな勢いだ。
身の危険を感じた天馬は咄嗟にスライディングでボールをコート外へ弾き、試合の流れが止まる。

「SARU……」

感情の昂りを抑えられず息を切らすSARUに、ギリスとメイアが気遣わしげな顔で駆け寄った。
背中から発せられる怒気は凄まじく、名前を呼べどそれ以上の言葉が続かない。
躊躇していると、呼吸を整えたSARUが肩越しに二人を振り向いた。

「こうなったら力を出し切る。僕たちが持つ全ての力を……いいな?」
「それは……危険過ぎないか?」
「私たちの体が保つかしら……」

普段エネルギーの一部をアンプルに移して体外に保管しているのは、体に掛かる負荷を少しでも軽くするためだ。
まだ表面にはあまり出ていないものの、実力の差を見せるためとはいえ前半から後半にかけてアンプルを取り込んでいることで、メンバーの疲労はかなり蓄積されている。
それはSARUも同じはずなのだが。

「やるんだ……!」

怒りと苛立ちに支配された彼には、それすらも些細な問題らしい。気圧された二人はグッと唇を噛んで頷いた。

「行くぞ!!」
「ええ!」

試合が再開すると、SARUはメイアとギリスを伴ってクロノストーム陣内へ一気に切り込んで来る。
三人は三角形の軌跡を描くように素早くパスを回し、その凄まじいスピードは調子を掴み始めていたクロノストームのディフェンスラインを容易く突破した。

「まずい、ここで入れられたら……!」
「逆転の可能性は絶たれる!!」
「絶対に入れさせない!! “《真》大国謳歌”!!」

気勢を上げて必殺技を繰り出す信助だったが、放たれたシュートは今までのどれよりも強力だった。体が傾き、ボールが手を押し除けて離れていく。

「まだだッ!!」

ボールがゴールラインを越える寸前、シュートコースに天馬と剣城が飛び込んだ。
二人の脚が同時にシュートを捉え、威力が弱まっていく。やがて完全に回転を止めたボールは、何とかゴールラインの外へと転がり出た。

「いい加減理解して欲しいな……! 君たち旧い人間は、淘汰されるべきなんだ」

顎を伝い落ちる汗を乱暴に拭って、SARUは息を弾ませながら吐き捨てる。
SARUの焦燥を肌で感じながら、天馬はふと異変に気がついた。
すぐ近くに座り込んでいた信助が纏う闘気が、淡く点滅している。ハッとして自身の手を見れば、同じように体に渦巻いていた金色の闘気が薄まってきていた。

「力が弱まってる……」
「ミキシマックスがもうすぐ解ける……!」

手を固く握り締め、剣城が低く呟くのが聞こえる。きっと他の仲間たちも、限界を感じ始めているはずだ。

「ッみんな! 最後の力を出し切って、SARUたちの力を受け止めよう!!」
「おお!!」

弱音を吐く暇はない。天馬は疲れを押し殺し、声を上げて仲間を鼓舞する。

「──円堂」

テクニカルエリア、ベンチから掛かった豪炎寺の呼びかけに、ん? と円堂が振り返った。

「あいつらはよくやっている。……そろそろ監督の出番だ」
「……ああ!」

ニカッ、と歯を見せて笑った円堂は大きく息を吸い込む。そうしてフィールドの選手たちに向かって、思い切り声を張り上げた。

「──みんな! サッカーにとって、特別なものって何だ!? 思い出せ、お前たちの大好きなサッカーを!!」
「! 円堂監督……」

円堂の声に肩を揺らした天馬の脳裏に、いつかの大介や円堂が話していた言葉が蘇る。
──サッカーにとって大事なのは、個人の能力ではない。チームの力は、選手同士が生み出すハーモニーによって決まる。
──全員の力を合わせてぶつかれば、必ず勝てる。

「(そうだ……俺たちは“チーム”。みんなで一緒に、色んなことを乗り越えてきたんだ)」

思い出した言葉を胸に刻みつけるように、天馬は拳を強く握り締めた。
ここで力での繋がりを主張するSARUに負けては、今まで培ってきた仲間との信頼や絆を否定されることになってしまう。

「みんなで力を合わせて、困難を乗り越える……それがサッカーの楽しさなんだ!!」
「甘い……! 甘いんだよ!!」

かぶりを振り、怒りの形相になったSARUが再びドリブルで切り込んでくる。覚悟を改め、天馬は彼の進路へ飛び出した。

「それで止められるとでも……!」
「来い!!」

あくまで引かない姿勢を取る天馬に、舌打ちしたSARUは彼を轢き倒す勢いで加速する。
あわや二人が激突するというその時、天馬の体が大きく横に傾いた。倒れたわけではない──SARUの突進を避けたのだ。

「なっ──!?」

予想外の動きに思考が鈍ったその瞬間、完全に意識の外から繰り出された剣城のスライディングがSARUからボールを奪う。
転がったボールを押さえ、天馬はSARUを見据えた。

「君たち一人一人が最強だと言うのなら、俺たちは十一人で最強になれば良いんだ! 最強のイレブンに……!」
「くっ……!」

ここに来て単純な連携プレーにリズムを崩され、SARUは苛立ちを露わにして天馬を睨みつける。

「みんな! 俺たち、今ならなれるんじゃないかな……!」

高ぶる感情のまま天馬が声を掛けると、仲間たちも小さく頷いた。
目を閉じると、不思議と力が湧いてくる。立ち上るエネルギーは魂の力だ。金色に輝くそれは空へ昇り、繋がっていく。

「感じる……みんなの思いが一つになっていくのを!」
「ここにいる十一人だけじゃない。様々な時代で出会った仲間たち……これまで一緒に戦ってきた仲間たち……!」
「彼らの思いが、俺たちに集まってくる……! 強い心の力が!」

繋がり、膨れ上がる眩いエネルギーの輝きは、最早目を開けていられぬ程だった。

『おおっ! 十一人のオーラが、ハーモニーを奏でておる!』

唯一その眩さに目を伏せる心配のない大介が、それを見て感嘆の声を上げた。かつて見た夢が現実になり、世界を変えようとしている。それはまさに、奇跡と呼ぶべき光景だった。

「この試合必ず勝つ……! 未来を守って、みんなを救うんだッ!!」

声高らかに吼えた天馬が走り出す。追走した剣城とフェイ、そして見守る仲間たちの闘気を受けて、光り輝くボールに天馬は渾身の力で脚を叩き込んだ。

「“最強イレブン波動”!!」

エネルギーが虹色に輝き、爆発する。頭上から迫るエネルギーの塊を見上げ、SARUは絶叫した。

「そんなもの……! 止めてやる!!」

その激昂をかき消して、天馬の、クロノストームの放ったシュートはSARUとザ・ラグーンの選手たちをまとめて一気に吹き飛ばしていく。
繰り出されたホスの必殺技すら打ち砕いて、シュートがゴールラインを越えようとした刹那。

「まだだッ!!」

脅威の素早さで復帰したSARUが、シュートコースに飛び込んだ。けれど、それも徒労に終わる。

「ぐ、う……あああッ!!」

抵抗するSARUの体ごと押し込む形で、そのシュートはザ・ラグーンのゴールネットに突き刺さった。
ホイッスルの甲高い音が響き渡る。ついに点が並んだのだ。

「バカな……あんな奴らが、僕たちと互角だと言うのか? ……はは、悪い冗談だ」

呆然とボールを見つめ、SARUは壊れたように乾いた笑い声を漏らす。

「──メイア、ギリス!」

その背中を不安げな様子で見守っていたメイアとギリスは、一転して鋭い声で名前を呼ばれ思わず肩を揺らした。

「やり返すぞ……!」

犬歯を剥き出して、怒りを全面に押し出し喉から声を絞り出すSARUに、二人は視線を交わして頷き返す。

SARUは再び、しかし今までよりもより激しい憤りを持って闘気を練り上げた。目が光を放ち、体が膨らんで変異していく。
ここまでシュートを打つ時にしかしなかったミキシマックスを、確実に進路を確保するために使用する。それほどまでにSARUは本気なのだ。
白い大猿と化したSARUは、ボールを預けられるや否や猛スピードでクロノストームの陣地へ突っ込んでいく。
錦やザナークのディフェンスを力づくで突破し、かと思えばフェイのスライディングを軽やかな跳躍で避けていく。
冷静さを欠いているように見えても、試合に勝つための計算を怠っていない証拠だった。

「流石だね、SARU……!」

フェイは心の奥から湧き上がる高揚感を感じながら、小さく呟き彼を追いかける。

「──だけど僕たちは一人じゃない!」
「っフェイ……!」

神童がカットしたボールをフェイへ回した。集中力の途切れたらしいSARUは、仕方なくミキシマックスを解除してフェイを睨みつけた。
とは言え、クロノストームもまた体力の限界が近い。疲労に足が震え、その場で膝を突いた天馬は周囲を伺った。
仲間たちも闘志こそ衰えてはいないものの、疲れが目に見え始めている。こうなれば、次のプレーで一気に決めるしかない。

「みんな! 全員攻撃を掛けよう!!」
「……最後のプレーというわけか」
「分かった。それがキャプテンとしての判断なら……!」

汗を拭い、息を切らし、それでも仲間たちはその指示を受け入れた。残り時間は幾許もない。

「最後の賭けだ。やってやろーぜ、天馬」
「ッうん……! 行こう!」

大きく息を吐いて、依織が力強く天馬の背中を叩く。
試合中に鳴る最後のホイッスルが響き、クロノストームは残るミキシマックスのエネルギーを全て解放して、信助を除く全員で敵陣へと突っ込んだ。

「所詮は最後の悪足掻きだ!!」

対し、ザ・ラグーンもを闘気を放出して正面から相対する。
次の瞬間二つの巨大なエネルギーは激突し、時空を乱すほどの爆発を起こした。




「あ、れ?」

突然周囲の音が遠くなったことに気がついた天馬は、はたと目を見開く。
先程まで目の前に広がっていた芝生は影も形もない。真っ白い空間に、理解の出来ない数列と螺旋が浮かんでは消えていく。天馬の体はそこに漂っていた。

「こ、ここは……!?」
「──僕たちは、お前たちとは違う」

一体何が起きたのか。理解の及ばない現象に困惑していると、背後から聞こえた声に天馬はハッと振り返った。
SARUの体が、天馬を見下ろす形でそこに浮いている。

「僕たちは、未来のために生み出された優れた人間なんだ! だから、この戦いで僕たちの存在を認めさせてやる!」

上も下もない不可思議な空間に、SARUの声が響く。フィールドで幾度と聞いた主張。それなのに、今の彼の声からはどうしようもない悲哀が感じられた。

「……どこが違うの?」
「何……!?」

ぽつりと零した天馬に、SARUの目が鋭くなる。
天馬は改めてSARUの言葉を反芻し、彼を見上げた。

「優れていてもいなくても、みんな同じ人間でしょ!? 一人一人違ってて当然だよ。SARUがどんな思いをしたのか分からないけど……君と俺に違いなんか、」
「ある!! 僕はお前なんかとは絶対に違う! 僕たちは……SSCなんだッ!!」




──ぐわん、と天馬の耳に音が戻ってきた。
脚はボールを捉え、SARUと奪い合っている状態である。
今のは夢か幻覚か、──或いは天馬の遺伝子にも眠るSSCの力の欠片が、SARUの感情と共鳴したのだろうか。少なくとも、あのやりとりは紛れもないSARUの本音であるような気がしてならなかった。

「邪魔を、するなァッッ!!」

怒号を上げたSARUの力が、天馬の力を僅かに上回る。
バヂ!! と激しい音を立てて跳ね上がったボールに、天馬は背中から倒れ込みながら叫んだ。

「みんな頼む!!」
「任せて!!」

フェイがボールを受け取り、神童と剣城が敵陣中盤へと切り込む。再び光は膨れ上がり、十一人のエネルギーを受けたボールが輝いた。

「“最強イレブン波動”!!」
「止めろーーッッ!!」

その叫びは怒号か、或いは悲鳴にも近かった。
SARUの絶叫にザ・ラグーンは横並びになってゴール前に壁を作る。
だがクロノストーム渾身のエネルギーを集約したそのシュートは、その分厚い壁を勢い良く打ち砕いた。

歓声がワッと上がり、スタジアムの熱が一気に上がる。クロノストームがついに勝ち越しの1点を取ったのだ。

「──ッはぁ、」

まず最初にその場に座り込んだのは依織だった。それと同時に彼女の体に渦巻いていたミキシマックスのエネルギーが途切れ、灼熱の赤色をしていた髪が元の色に戻る。

「依織! ……あっ」

それと時を同じくして、天馬たちのミキシマックスも次々と解けていく。
この状態では、と天馬はザ・ラグーンの陣地を窺った。SARUは地面に倒れ、苦しげに肩を上下させながら芝生を掻いていた。

「まだだ……これくらい……!」

無理矢理起き上がろうとするSARUだったが、片膝を突いた途端に鈍く呻いて倒れてしまう。どうやら先程の天馬との競り合いの際に、利き足を痛めたらしい。

「ぁ、ぐ……! ──はっ」

背後に複数の気配を感じ、小さく息を呑んだSARUはそちらへ顔を向けた。
ザ・ラグーンの選手たちが、自分を見下ろしている。その表情は逆光で窺い知れない。

「ッ何だ……この僕が立てないなんて……くそっ、そんな筈がないんだ……!」

どうにか起き上がろうと踠くが、体が言うことを聞かない。悔しげに地面に拳を叩きつけるSARUに、同志たちは何も言わなかった。

「僕がこうなってしまった以上チームはバラバラになる……! もう終わりだ!!」

その時、胸に過ぎった嫌な感覚にSARUは一人息を詰める。
自分たちは力で繋がった同志。けれどその要が使い物にならなくなったら、彼らはどうするだろう。
使えぬ駒として捨てるのだろうか。かつて自分を『化け物』と謗った顔も覚えていない大人たちのように、冷たい目で見下ろして──

「──まだだ」

存外、柔い声が鼓膜を揺らす。

「SARU。まだ終わってない」

それはギリスの声だった。逆光が弱まり、同志たちの顔が鮮明になる。誰一人として、彼を冷たい目では見ていない。気遣い、窺うような表情で彼を見ていた。

「そうよ。頑張ってよ、SARU」

しゃがみ込んで、優しく声を掛けたメイアがSARUの顔を覗き込む。SARUは信じられないような目で彼女を見上げた。

「僕にはもう、お前たちに誇れる力は残っていない……」
「試合時間はまだ残ってる。……最後まで、一緒にやろう」
「な、何故……」

どうして自分を見捨てないのだろうか。そんな意味を込めた疑問に、彼らはどこか呆れたような顔をする。

「何故って、当然だろ? ここまで一緒にやって来たんじゃないか」
「さぁ、いつもみたいに指示してよ」
「このまま負けるのは、僕の美学に反するんだ」

そう言って、片膝を突いたギリスはSARUに手を差し伸べた。

「それにSARUだって、負けるの嫌いだったよな?」

SARUは目の前にある手をじっと見つめる。
いつも、自分の手はメイアと繋ぐためのものだと豪語していたのに。その手は今、SARUを助けるために伸ばされている。

「SARU……?」

俯いたSARUを、メイアが気遣う声がする。ややあって呼吸を整えたSARUは、顔を上げた。
光を失いかけていた瞳にもう一度輝きが宿り、SARUはギリスの手を掴む。

「……負けるものか……僕を誰だと思ってる!」

脚を引きずり、SARUはギリスの手を支えに体を起こした。

「行けるか……!?」
「ッああ……僕も最後まで戦う──お前たちと一緒に!!」

勢いをつけて、ようやっとSARUは立ち上がる。足の痛みが引いたわけでもない。それなのにどうしてか、とても晴れやかな気分だった。

「さあ──行くぞ!!」

やる気を漲らせ、ザ・ラグーンの纏う空気が明らかに先程とは変わったことに気が付いた天馬は目を輝かせる。
振り返った先では、天馬の次の一言を予想した依織が仕方がないなと言いたげな顔で剣城に引っ張り起こされていた。

「依織、行ける!?」
「っとーぜん……!」

膝を伸ばし、いつものように気丈に振る舞う依織に大きく頷いて、天馬は息を吸い込んだ。

「よぉし! 思いっきりサッカーしよう!!」

体力も精神力も、お互いほとんど残っていない。
それでも試合が終わるその瞬間が来るまで、両者は死力を尽くしてボールを追いかける。
やがて脚がもつれ、とうとう走ることも出来なくなった二人のキャプテンがその場で力尽きて倒れると同時に──最後のホイッスルが鳴った。

「ぜえ、はぁ……っけほ」

歓声がくぐもって聞こえる程、心臓の鼓動がうるさい。
どうにか上体を起こして必死に呼吸を整えていると、友人たちの声が近付いてくる。

「天馬〜〜!!」
「キャプテーン!」

顔を上げると、信助と黄名子が喜色満面の笑顔で駆け寄ってくるのが見えた。
走る勢いそのままに信助に飛びつかれた天馬は、受け身を取ることも出来ずに再び地面に倒れ込む。
一歩遅れて駆け寄ってきた仲間たちは、仰向けで倒れる天馬とお構いなしの信助に疲れと喜びの混じる顔で笑った。

「やったぜよ、天馬!」
「イテテ……っはい!」

見上げたスコアボードには、5対4の数字が刻まれている。
それは即ち、クロノストームの勝利を意味していた。

フェイに手を引かれて引っ張り起こされた天馬は、ありがとう、と口にしながら彼の視線がふと別の方向に逸れるのを見て、釣られてそちらを見る。
彼の目線は、まだフィールドに大の字に倒れ込んでいるSARUに向けられていた。

「……負けた……」

どこの時代にも属さない光を放つ空を見上げ、SARUはぼんやりと呟く。
こんなに汗を掻くほど走ったのは初めてかもしれない。起き上がれないほど疲れて、なのに清々しい気分になっているのも。
そんなことを考えていると、同じく疲れた様子のギリスとメイアがやってくる。

「……悔しいな」
「でも、楽しかったじゃない?」

二人とも前髪を汗で湿らせ、声には覇気がない。しかしメイアの言う通り、何か憑き物が落ちたような顔をしている。
──きっと、今の自分も同じような顔をしているのだろう。SARUはそっと頬を緩めた。

「天馬たちに教えられちゃったな。……僕たちって、組織じゃなくて友達だったんだ……」

あの時、彼らと一緒なら最後まで戦えると思った。
それは力で繋がる同志だからという理由ではなく、胸の中が熱くなるような、もっと漠然とした感情から来るもの。
それこそが、天馬の言っていた『友達』に対する気持ちだったのだろう。
呟いていると、傍にギリスの手が差し伸べられる。SARUは今度は迷いなくそれを取って、立ち上がった。

「友達、か」
「今まで使ったことなかったな、そんな言葉……」

メイアは大切なものをしまい込むように、胸を押さえて囁く。
喜びや悲しみを分かち合える仲間は、ずっとここにいたのだ。

「──SARU!」

回復した天馬は、小走りでSARUたちに駆け寄っていく。
SARUたちがどこか気まずそうにしているのを見て、天馬は微笑んだ。

「!」

そうして無言で片手を差し出してきた天馬に、SARUは目を瞬く。
そしてその意図を汲み取ると、少し気恥ずかしそうにはにかんでから、握手を交わした。

「……ありがとう」

途端に、誰からともなく会場は大きな拍手に包まれる。
それはクロノストームの勝利を讃えるものでもあり、世界が守られたことへの喜び、そしてフェーダとの和解の期待を込めたものだった。
SARUは初めて受けた拍手の雨にしばし面食らった後、それで、と歯切れ悪く言葉を続ける。

「その、天馬……僕も君の『友達』に、加えてもらって良いかな?」
「……それは違うよ」
「えっ?」

では一体何だと言うのか。小さな子供のようにキョトンとしたSARUに、天馬の言葉の意味を察したフェイが笑みを溢した。

「友達は加えるものじゃない。こうやって思いをぶつけ合う内に、いつの間にか“なる”ものなんだ」
「それが、友達なのか……?」
「うん。だから俺たちは、もう友達!」

困惑するSARUの手を、天馬はうわ手にして握り返す。そっか、と呟いたSARUは、じわりと胸が熱くなるのを感じて微笑んだ。

「……わっ?」

不意にふわりと内臓が浮く感覚に、天馬は目を瞬く。
風が吹き抜け、淀んでいた空気がどこかへ抜けていく。スタジアムが時空ホールからの下降を始めたのだ。

「……約束だ。僕たちは、エルドラドの提案通りSSCの力を手放すことにするよ」
「そっか……じゃあ、サッカーも喜ぶね」

穏やかに話すSARUに、天馬は嬉しそうに笑う。サッカーが? と不思議そうに首を傾げた『友達』に、天馬は笑顔で言った。

「SARUが長く生きられるようになったら、サッカーを続けてくれるんでしょう?」
「……うん。そうだね」

しばし置いて、ずしん、という地響きと共に揺れが止まる。スタジアムが地上に戻ってきたのだろう。
天井を仰いで見えた青い空は、見慣れているもののはずなのに何故だかいつもよりもずっと広く、美しく見えた。
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