ハーフタイムの限られた時間の中、額を突き合わせ綿密に作戦を練る。ザ・ラグーンのスピードに目を慣らす時間もない今、彼らのプレーについて行くにはチーム全員が一丸になるしか明確な対抗策はない。
「全員、作戦は頭に入れたか?」
「はい!」
あとは円堂から伝えられた新しい必殺タクティクスが成功することを祈り、全力を賭けて後半戦に臨むだけだ。行くぞ、と固い声の神童に頷き、クロノストームは再びフィールドへ足を踏み入れる。
「俺たちのサッカーを見せる……!」
「ふふっ、少しは手応えのある戦い振りを期待して良いのかな?」
緊張を滲ませながらも息巻く天馬に、SARUは余裕の笑みを崩さない。
そして最後のホイッスルが鳴り響く。ボールが送り出された瞬間、神童が鋭く叫んだ。
「走れッ!!」
それを合図に天馬たちは作戦通り一斉に敵陣に走り出し、信助を除いた全員でザ・ラグーンをマンツーマンでマークする。
ここに来て自陣の守りを捨てた大胆な作戦を繰り出したクロノストームに、SARUも虚を突かれたのか目を瞬いた。
「へぇ……?」
影のようにピッタリと張り付いたマークを流石に鬱陶しく感じるのか、ザ・ラグーンの面々はそれぞれ顔を顰めて動きを阻害するクロノストームの選手たちをジト目で睨みつける。
だが、点を取らなければならないこの状況で全員がマークについているわけがない。SARUが周囲に視線を走らせると、一人フィールドを爆走している選手がいた。キックオフのボールを預けられたザナークだ。
「一対一ならなら負けねえぜ!!」
ザナークは意気揚々と唯一マークを免れ進路に飛び出してきたイムスを撥ね飛ばす。
それを見て、SARUはふむ、と唇を尖らせた。やはり最初に目をつけていた通り、ザナークのSSCとしてのポテンシャルは凄まじいものがあったようだ。戦場を整えられた上とは言え、彼はアンプルを使用したフェーダの能力に十分適応している。
僅かに重心を移動させたSARUに気付き、フェイは素早く彼の動きを阻んだ。
とは言え、ザナーク一人だけで前線を張るのは無理がある。このままマークを徹底するか、ザナークのサポートに回るか。逡巡していると、天馬がSARUの目の前に駆け込んできた。
「行け、フェイ!」
「……!」
刹那の目配せの後、フェイは天馬の意図を汲み走り出す。
一瞬の隙も見逃さないようこちらを睨む天馬と遠ざかるフェイの背中を見比べて、なるほどね、とSARUは乾いた唇を舐めた。
クロノストームは徹底的にマークを続け、ザナークとフェイに前線を任せるつもりなのだ。
「甘いよ、その作戦」
道が開き、クロノストームがこれならば行ける、と思っていたところで、ザ・ラグーンは次々とマークを千切り始めた。
心を折るならば一度希望を持たせたところで潰したほうが効果的だ。クロノストームの目論見が分かった今、様子見に回る必要もないと判断したのだろう。
しかし、天馬たちも前半戦をただ良いようにやられていたわけではない。彼らがそういった心理の上でこの行動を取るだろうということは織り込み済みだった。
「行かせない……! 《魔神 ペガサスアーク》、『アームド』!!」
「《剣聖 ランスロット》、『アームド』!!」
「《奏者 マエストロ》、《アームド》!!」
すかさず化身を纏った天馬、剣城、神童がマークを剥がれた選手たち進路を再び阻む。
化身アームドは持続時間こそ短いが、瞬発力ならミキシマックスよりも上だ。化身アームドとの一対一となればザ・ラグーンも簡単にはマークを振り払えない。
ただ、化身アームドはその分体力の消耗も激しいため、文字通りの短期決戦向きだ。この状況はいつまでも続かない。
「絶対に点とって、試合の流れを変えるんだ!」
「おう! 見せてやる、《魔界王 ゾディアク》、『アームド』!!」
天馬の叫びに応え、黒いアームド姿になったザナークがシュートを放つ。
「“リバースワールド”……!」
ホスの翳した手がボールと接すると、世界の色が反転した。瞬間、時間が巻き戻ったかのような軌道でシュートが弾かれる。
「くっ……!」
化身アームドを解除し、ザナークは大きく舌打ちした。天馬たちもまた、転がるボールに歯噛みする。
もう少しだったのに。悔しがる背中に、不意に明るい声が届いた。
「天馬ーっ! みんなのプレーでボールが繋がったよ!!」
信助だ。ゴールから手を振る友人を、天馬はゆっくりと振り返る。
ゴールからは仲間たちの連携がよく見える。得点には至らなくても、ザ・ラグーンに翻弄されることなくボールが敵陣へ運ばれていく流れは彼の落ち込んだ心を上向かせるには十分だったのだ。
信助の言葉に、天馬は天啓を得たように目を大きく見開く。
「……そうだよ……」
「どうした、天馬?」
ポツリと呟く天馬に、依織が息を整えながらそちらを見やる。その声を聞きつけてか、神童や剣城もまた二人を振り返った。
天馬は拳を強く握り締め、胸に溢れた感情を噛み締める。
「俺、忘れてた。この気持ち……ボールが繋がって嬉しい、シュートが決まらなくて悔しい、これが……俺たちのサッカー!」
勝利にばかり拘って忘れていた大切なこと。それを思い出した天馬は、晴れやかな笑顔を浮かべた。
三人は顔を見合わせ、確かに、と自らを省みる。がむしゃらに戦い続けてきた中で、一番上に据えていた『サッカーを取り戻す』という大きな目標はいつの間にか初心の気持ちを覆い隠してしまっていたらしい。
「(ありがとうございます、円堂監督……!)」
輝きを取り戻した目で、天馬はテクニカルエリアの円堂に視線を投げかける。彼の表情が明るくなったのが分かったのだろう、円堂は笑みを浮かべ小さく頷いた。
試合が再開され、クロノストームは果敢にザ・ラグーンに食らいついていく。
戦況が変わったわけでも、打開策が見つかったわけでもない。けれど、彼らの気持ちはどこまでも前を向いていた。
「ナイスプレッシャー!」
「惜しいぞ、次は行ける!」
失敗したプレーにもポジティブに声を掛け合い、心を支え合う。そうすると、不思議と今まで以上にお互いのプレーが噛み合うようになっていく。
そしてその空気にリズムを乱されたのか、霧野と黄名子がついにザ・ラグーンの進軍を阻んだ。
カットされたボールは神童へ。よし、と天馬が合図をすると、再び天馬、剣城、神童、ザナークはミキシトランスする。
「行くぞ! 俺たちのサッカーをやれば、必ず勝機は見えてくる!」
「この僕たちと張り合おうと言うのか。……無駄だよ」
眉間に皺を寄せたSARUが追走してくる気配を感じながら、神童からボールを受け取った天馬はちらりと円堂を窺った。
彼から託された必殺タクティクスを使うなら、今しかない──しかし、円堂は険しい顔で首を横に振っている。まだそのタイミングではないと言うことらしい。
仲間たちの士気も乗ってきた今ならば、と思っていただけに天馬は困惑してしまう。
「──もらった! “グランドスイーパー”!!」
「ぐうっ!?」
その動揺がプレーにも現れたか、天馬は巨漢のダクが目の前に飛び出してきたことに気付かなかった。
眼前に無数のグレネードが振り撒かれ、連続して起きた小規模な爆発に視界が奪われる。
「メイア!」
一瞬の隙を突かれ、奪われたボールはメイアへと渡った。
「格の違いを──」
「見せてあげるよ!」
ギリスと並走し、巧みなワンツーパスでメイアはクロノストームの防衛ラインを突破していく。
続け様、嵐のように二人を追走して行ったのはSARUだ。
「旧い人類にして中々だったよ。だけど……ここまでだ」
「!」
──その瞬間、天馬はSARUの背中から小さな違和感を感じ取る。その正体を探る暇もなく、SARUは再び野獣へとミキシトランスし、化身アームドした。
「──今だ!! 必殺タクティクスに繋げ!!」
刹那、円堂の声が張り上げられる。
神童と剣城を伴いSARUを追いかけていた天馬はハッとする。円堂はずっとカウンターの機会を狙っていたのだ。
「“シェルビットバースト”!!」
「させるかァッ!!」
咆哮と共に、ゴール前へ依織が飛び込む。目前に迫るシュートに、依織は温存した闘気を一息に放出した。
「《星女神 アストライア》、『アームド』!!」
顕現させた化身を身に纏い、跳躍した依織はボールへ脚を叩き込む。一瞬の拮抗の後、シュートは依織の体を弾き飛ばしたものの、その威力は目に見えて落ちていた。
「ッ頼む信助!!」
「任せて!!」
地面に転がりながら依織が叫ぶ。こうなれば何があっても失敗することは出来ない。力強く応え、信助は雄叫びを上げる。
「《真》“大国謳歌”!!」
巨岩の手がシュートを押さえ込む。けれど僅かに力が足りなかったか、ボールは信助の手を押し除け──ゴールポストで跳ね返った。
「何っ……!?」
完璧ではなかったものの、初のセーブにワッと歓声が上がった。その盛り上がりに反し、ザ・ラグーンたちは立ち尽くすSARUの背中を呆然と見つめる。SARUのシュートが止められたのを、初めて目にしたのだ。
転がったボールを押さえ、天馬はSARUと相対する。我に返ったSARUは動揺と腹立たしさに顔を顰めた。
「ッ通さん!!」
「“そよかぜステップ”!!」
猛進してきたSARUを、天馬は一陣の風が通り抜けるように軽やかに抜き去る。
流れを掴んだ今なら分かった。僅かではあるが、SARUは明らかに焦っている。そしてその焦燥は、少しずつだが確実に仲間にも伝播している。
絶対的な強さを持っているが故に、彼らは綻ぶということに慣れていない。クロノストームが折れない心で『いつものサッカー』をしたことで生まれた僅かな綻びは、ついに大きなチャンスへと身を結んだのだ。
「行くぞ!!」
キーパーを含めた仲間全員が一丸となり、パスを繋いでザ・ラグーンを翻弄する。次々と注ぎ込まれたエネルギーはボールに蓄積され、フィールドに走る軌跡はまるでイナズマのようだった。
「必殺タクティクス、『グランドラスター』!!」
十一人分のエネルギーで満ちたボールが天馬の元へと戻ってくる。目一杯息を吸い込み、天馬は再び化身アームドを発動させた。
「“ゴッドウィンド”!!」
光に満ちたボールが、爆発的なエネルギーを纏って放たれる。天馬の渾身のシュートはキーパーの必殺技を打ち破り、ザ・ラグーンのゴールを貫いた。
ホイッスルが鳴り響き、ようやく取り返した2点目に天馬たちは疲れも忘れ歓喜の声を上げる。
それをどこか遠くに感じながら、SARUの胸中は穏やかではなかった。ずっと旧い人類だと見下していた、その上自分たちより過去からやって来た何の力も持っていないはずの人間たちが、自分たちを少しずつ追い詰めようとしている。あまりにも許し難い事態だ。
「嘘だ……こんなことは認めない……!」
苛立ちに目を釣り上げるSARUの意に反し、天馬の1点を切っ掛けにクロノストームはどんどん調子を上げていった。前半戦と違い、明らかに互角に戦えている。それが余計にSARUの焦燥感を煽った。
「お前たち如きが、この僕らに敵うはずがないッ!!」
絶叫するSARUの正面を、フェイがすり抜けていく。その一瞬でボールが奪われたことに気付き、SARUは絶句した。
「“王者の牙”!!」
放たれた必殺シュートはキーパーの腕をすり抜け、ゴールネットに突き刺さる。これで3点目だ。
あと1点で同点に追いつける。喜びに肩を叩き、激励しあうクロノストームを見つめ、SARUは呼吸を荒くした。
「この僕たちが、3点も……!?」
自分たちは選ばれた人間、SSC。それが旧時代の人類に負けて良いはずがない。
そんな焦りがよりプレーに精彩を欠いていくことにも気付けずに、SARUは追い詰められていく。
「どきやがれェ!! 地球最強の小市民、ザナーク様のお通りだ!!」
「僕らの力は、こんなもんじゃないッッ!!」
激昂したSARUは、爆走してきたザナークに激しいショルダーチャージを仕掛けた。しかし同等の能力を持ったザナークを押し退けるには力が足りず、二人は刹那肩をぶつけ合った状態で睨み合う。
「させるか!」
だが、今のザナークにはそれをフォローする仲間がいる。すかさず浮いたボールを天馬がコート外に蹴り出したことで、試合は一時中断となった。
「どうしてだ……どうしてこいつらは僕たちと渡り合えるんだ!? SSCの僕たちと……!!」
怒号にも似た声で叫び、SARUは仲間たちを前に握り拳を天に掲げる。
「僕たちは特別な力で繋がった、最強のチームのはずだ!!」
「みんなを繋ぐのは力なんかじゃない! もっと色んな思いで、人は繋がれるんだ……!」
そんなSARUの背中に、天馬は堪らず訴えかける。
「違うッ!!」勢い良く振り返るSARUに、天馬は思わず肩を縮こませた。
「SSCの力……この力が新しい未来を築くんだ!! 旧い人間たちに決して実現出来ないことを実現出来る力、この素晴らしい力こそが、フェーダのみんなを繋げ支えている!!」
「SARU……聞いてくれ」
怒りに任せ、声高に叫ぶSARUにフェイはあくまで落ち着いた声音で語りかける。
「今なら分かるんだ。フェーダは心細くて寂しい思いをした者たちの集まりだった。だからこそ、身を寄せ合って支え合って生きて来たんだ。力で繋がっていたんじゃない、」
「違う!!」
フェイが話し終えぬうちに、SARUは強い語気でそれを否定した。その反応に、ザ・ラグーンの面々が僅かに表情を変える。依織はそれを一瞥して、少し目を細めた。
「僕たちを繋ぐものは力……力があるからこそ結束してるんだ! 力を持ったもの同士、大人にも誰にも頼らず生きている。だからフェーダには価値があるんだ!!」
「力だけで……力だけで繋がって、誰にも頼らず生きていくなんてほんとにそれで良いの?」
怒りや悲しみをない混ぜにした声で、天馬は根気よく問いかける。
「上手く言えないけど、みんなを繋いでいるのはそんなんじゃないよ! 胸の中が熱くなって、涙が溢れてきて、一緒になって喜んだり悲しんだり……そうやって、強く繋がっていくものなんだよ!」
「繋がっていく……?」
一瞬面食らったように口を噤んで、生まれて初めて聞いた言葉のようにSARUはそれを剣呑な目で反復した。
「友達さ……友達になるんだ。本当の仲間になるんだ! それが、誰にも断ち切ることの出来ない深いところで繋がっている絆なんだ……!」
必死の思いで語りかける天馬の横顔に、フェイは込み上げてきたものをグッと唇を噛んで押し留める。そうしないと、涙が出そうだったのだ。
「……そう……そうなんだよ。僕らは時空最強イレブンを探して旅してきた。だけど、その旅で手に入れたのは時空最強イレブンよりも、もっと大きくて大切なものだった。それがみんなとの絆だったんだ」
「絆……?」
フェイは頷いて、一歩SARUに歩み寄る。
彼に理解して欲しかった。理由や切っ掛けがどうであれ、フェイにとってのSARUは初めて孤独を分かち合った同士で──言葉を変えればきっと、それは“友達”に違いなかったのだ。
「僕は君たちと同じ、独りぼっちだった。だけど、天馬たちと出会って友達の大切さを知った。友達は……家族と同じくらい、素晴らしいものなんだよ」
「……違う……僕たちは特別なんだ。特別な力を持っているもの同士、繋がっているんだ! 友達なんかじゃない、僕たちは組織であり同士なんだ!」
「ッ力があったって無くたって、みんな同じ人間だろ!?」
「違う!! 僕たちは特別なんだ!!」
天馬やフェイの言葉に対するSARUの叫びは慟哭に近かった。周りに語りかけているのではない、自分に言い聞かせる頑なな声音。フェイは自分の知らないSARUの過去を垣間見たような気がした。
しかし、試合の残り時間はあと僅かだ。得点はザ・ラグーンが1点リードしている状態、クロノストームがここで勝ち越しの点を入れなければ今のやりとりも全て意味のなかったものになるだろう。
「お前ら如きに……!!」
瞳を憤怒の炎で燻らせてクロノストームを睨みつけるSARUの背を、彼の仲間たちはどこか不安そうな表情で見つめていた。