接触する



アジア予選決勝まで二週間を切った。
これまで何かと色んな面倒事はあったが、あとは突っ走って行くしかない。
じゃねーと、俺に目をかけてくれた響木さんにも、切り捨てちまった鈴目たちにも面目が立たねえ。

響木さんと言えば。

「……ない」

ポケットに手を突っ込んで、思わず呟く。
乱れた髪を直そうとしたらこれだ。俺の櫛どこ行った。

(店に忘れてきたか?)

昨日最後に使ったのは、響木さんとの練習の後だ。あの日はいつもより少し遅くなったから、響木さんが何かチャーハン作ってくれて、それで。
その後、ちゃんと櫛をしまった記憶がない。

無いと分かると余計気になってきた。
取りに戻りたいが、今は練習中だし休憩時間になったとしても、それが終わるまでにここに戻ってこれるほど超人並に足が早い訳じゃない。
マネージャーの誰かに借りるなんて選択肢は勿論ハナから皆無だ。

今日は仕方ない。

(夕方になるまで待つしかねーか……)

聞こえたホイッスルの音に従って、コートから出る。
差し出されたボトルとタオルを握りしめて、溜息を吐いた矢先だった。

「――あれ、誰かしら?」

新人らしいマネージャーが小さく呟く。
それに釣られて、全員がその視線を辿ると校門に辿り着いた。
そして、俺は一人固まる。

(な、んでここにいるんだよあいつ……!)

やけにデカイクーラーボックスを担いで、門の外でキョロキョロしている女。
紛れもなく、あれは名前だ。
走り寄っていったマネージャーと一言二言交わして、笑顔を浮かべたあいつはこちらにやって来る。
何となく、見つからないように俺は数歩後退した。

「こんちわ、響木名前です! 叔父さんに言われて差し入れ持ってきました!」
「おじさ……えっ? 響木さんの親戚?」

やけに明るい声で挨拶するあいつにキャプテンが声を上げた。
キャプテンは響木さんとの付き合いも割と長いらしいが、姪の存在は知らなかったらしい。他にも、驚いた表情を浮かべるやつが数人。

「てことでハイどーぞ!」
「あっ、おにぎり!」

クーラーボックスに群がるチームメイトを後目にしていると、不意に袖が引かれる。
目を向けると、あいつが依然笑みを浮かべたまま俺を見上げていた。

「飛鷹くんはこっちね」
「あ?」

ポンと手に乗せられたのは、ハンカチにくるまれた薄いもの。怪訝に思いつつ中を開くと、中身は俺の櫛だった。

「……さんきゅ」

小さく詫びると、あいつは頬を綻ばせて「どういたしまして」と笑う。

「昨日、お店に忘れて行っちゃったでしょ。ホントはこれだけ届けに来るつもりだったんだけど……それだと飛鷹くん、悪目立ちしちゃうかなって思って」

つまり、あの差し入れは囮ってことか。
思ったまま呟くと、あいつはさも心外だとでも言いたげに頬を膨らませた。

「勿論、ちゃんと誠意を込めて作ったよ!」
「……お前が作ったのか」

店でのあいつは、掃除をしているか食器を洗っているところしか見たことがない。勿論、素人が作った飯を客に出すわけにも行かないからそうなるのは自然と言えば自然だが。
意外に思っていると、あいつは嬉しそうに歯を見せて笑った。

「はーっ、美味かった! ありがとな!」
「あれ、もう食べちゃったの? 早いなぁ」

目を丸くしながら、あいつはクーラーボックスを抱え直す。

「んじゃ、私はこれで! みんな頑張ってね〜!」

手を振りながら走り去るあいつに、キャプテンたちは手を振り返す。
すると、赤い眼鏡を掛けたマネージャーがわざとらしい興味深げな顔をして腕を組む。

「響木さんに姪っ子がいたとは吃驚ですね。ところで飛鷹さん!」
「な、何だよ」

急にぐるんとこっちを振り向いたそいつに多少後込みしながら聞き返す。
何だってこんな面白そうな顔をしてるんだこいつは。いや、こいつに限らず後ろの方にいる数人もだ。さっきからちらちらと俺を窺うような視線を向けている。

「随分と仲良さげにお話ししてましたけど、もしかしなくても彼女さんだったんですか!?」
「違う!!」

結局その後の練習中は、その質問が頭を離れないせいで集中できなかった。
……櫛、持ってきて貰って良かった。