ときめく
いつものように響木さんのところに行く途中。道の先に、フラフラして今にも倒れそうな見覚えのある背中を見つけた。
「……おい」
「うわっ!?」
後ろから声を掛けたせいか、大げさな程驚くそいつ(周りの通行人に変な目で見られた)。
そろそろと振り返ったあいつは、ホッと息を吐いた。
「何だぁ、飛鷹くんか。びっくりしたー」
「……悪い」
心臓を抑えるあいつのもう片方の手には、やけにでかいビニール袋がふたつ。
俺の視線に気付いたあいつは、「あ、これ?」とそれを持ち上げてみせる。
「お店の買い出しだよ。何か、ストックが丁度切れちゃったみたいで」
「ふーん……」
「うん。飛鷹くん、これから叔父さんとこに行くんでしょ? 一緒に行こうよ」
返事も聞かず、そのまま歩き出すそいつ。
前々から思っていたが、本当によく喋る奴だ。見た目がコレな俺にも、臆さずにどうでもいい世間話を持ちかけてくる女なんてそういないだろう。
そんなことを考えながら、一歩手前を歩くあいつの背中を見る。
右にふらつき、左にふらつき。時々何もないところで転びそうになる。危なっかしいとかそんなレベルじゃない。
「……ったく。おい、貸せ」
「うおっ」
ぱっと手に持った袋を奪い取ると、女とはかけ離れた声を漏らしてまたふらつくあいつ。
空になった自分の片方の手と俺の手に取られた袋を見て、……何と言うか、花が咲いたみたいに笑った。
「男前だね飛鷹くん!」
「……お前、見てて危なっかしいんだよ」
答えになってないことを言って足を早める。別に照れたわけじゃない。
「あ、待ってよー」慌てて俺を追いかけたあいつは、やっぱり何もないところで転びそうになった。
「――ていうかさ」
隣に追い付いたあいつは、少しだけ息を切らしながら唐突に切り出す。
「飛鷹くんは、たまには私の名前を呼んでみようとは思わないのかい」
「何でだよ」
「おい、とかお前、とか、熟年老夫婦間でしか通じない呼び名だと思うんだ」
それはお前の偏見だ。思ったことをそのまま言ってやると、不満げな声が漏れた。
名前で呼ぶって言ったって、どう呼べってんだよ。
「別に、私の名前忘れたわけじゃないでしょ?」
「……響木名前だろ。名字で呼ぶのは響木さんを呼び捨てするみたいでしっくり来ねえんだから、どう……」
「下で良いじゃない」
あっけらかんと俺の言葉尻に被せていったそいつは、さも当然のようにそれを提案する。
「呼び捨てが一番無難だと思うけど?」
そう言いながら、顔を覗き込んでくるあいつは多分何も考えちゃいないんだろう。
……まぁ、確かにいつも、あいつあいつと言うのも疲れるし。
仕方ない、か。
「……名前」
「……おお……」
自分でそう呼べと言っておいて何だその反応は。
俺が怪訝な顔になったのが分かったのか、あいつ――名前は、笑顔を浮かべた。にっこり、何て表現が一番合ってるだろう。
「何か照れる」
「おっ、お前が呼べって言ったんだろうが!」
「あっ、うそうそ怒らないで! ほんと、その、あれなんだよ」
何かすごい嬉しいんだよ。
幸せそうに顔を綻ばせて、名前は言う。
その顔が赤く見えたなんて、多分夕日のせいだ。
ついでにいうと、自分の顔まで熱くなってきたのも多分、夕日のせいだ。
そう思わなきゃやってらんねえ、なんて思ってた矢先。
「私、好きだなぁ。飛鷹くんみたいな人」
「…………は?」
呆然とした俺の手からあっという間に袋を奪い返した名前は、「先に行くね!」と道を走っていく。
その背中が、さっき以上にふらふらしていたのは多分、気のせいじゃない。