命長ければ恥多しなんていうけど。正直、これはないと自分でも思う。
ズキズキ痛む膝と掌、そして慌てたような表情で俺を見下ろす彼女に、少し泣きたくなった。

名字さんは、何でもマネージャーの友人らしく。よく手伝いしに来たと言ってマネージャー業の補佐をしている女の子である。
飾らない感じの大らかな雰囲気を持つ彼女に恋心を抱いたのは、まだ最近の話だ。

閑話休題。自主練と称して合宿所の周りを走っていた俺は、視界の端でテクテク歩いている彼女を捉えてしまって。それに気を取られた次の瞬間、足をもつれさせてうっかり転んでしまったのである。
これが、誰もいないような場所ならまだ良かったものの。当然ながら、彼女は俺が地面と衝突する音を聴いてしまったわけで、振り返った名字さんは青い顔で持っていたコーンを落としそうになったのだ。

「大丈夫、緑川くん!?」

そんな流れで冒頭に戻る。

名字さんに助け起こしてもらいながら(こんな形で手を繋ぐことになるなんて…)、ユニフォームの砂埃を払う。

「あはは…やっちゃった」
「やっちゃったじゃないよ…ほら、血が出てる」

治療するから戻ろう、と。名字さんは母性の強い人なのか、俺の手を引いたまま合宿所に入る(こんな形で、以下略)。
中に入ると、マネージャーの木野さんが驚いたような顔でこっちを見た。繋がれてる手と、血が滲む俺の膝を見て。

「救急箱は、医務室の中だよ。多分、今は誰もいないと思う」

にっこり笑って、そっちの方を手で促した。ひょっとしなくてもこの人は、俺が名字さんのことを好きだってことを知っているんじゃないだろうか。

「ん、ありがと秋ちゃん」
「うん。頑張ってね」

あ、これ絶対知ってるな。
「傷も残さないよ!」と見当違いな意気込みを名字さんは見せているが、後半の台詞はほぼ俺に向いていた。頑張ってって、あれですか。告白ですか。
ぼぼぼと赤くなった俺に気付かず、名字さんは医務室の扉を開ける。中には確かに、誰もいなかった。

「とりあえず、傷口洗ったらそこに座っててね」

言いながら棚を漁り始める名字さんの背中を盗み見ながら、血が固まり始めたそこを水で洗い流す。椅子に腰を降ろしたところで、救急箱を持った名字さんが振り返った。

「緑川くんさ」
「え?」

消毒液を付けた脱脂綿に顔をしかめながら。首を傾げると、名字さんが俺を見上げた。

「強くなりたいっていうのはわかるけど、やっぱり無理しすぎちゃダメだよ」
「…う、うん」

どうやら彼女は、俺が疲れを体に溜めたせいで転んだと思っているらしい。
まさか君に気を取られて転びましたなんて言えるはずもなくて、俺は曖昧に頷く。

「ちゃんと、自分を心配する人間もいるんだってこと。忘れないでね?」

格好悪いところを見られてしまったけど、何も悪いことばかりじゃなかったかな、何て。
少し顔を赤くして口を尖らせた彼女を見て、そんなことを思った。


アンビバレンス
110102