※ゲーム設定
「記憶が消えるとはどんなものぞや」
古典の教科書を音読するかのように淡々と尋ねた私に、緑川くんはキョトンとした。
その拍子に、彼がリフティングしていたサッカーボールがボンと跳ねて私の頭にぶつかる。
「…いたい」
「ごめん!」
慌てて駆け寄ってきて、ボールの当たった部分を撫でる緑川くん。「コブできてないか?」なんて、何で緑川くんの方が泣きそうになってるのさ。
「あのくらいじゃコブなんて出来ないって。心配性だな」
「そ、か」
ふにゃりと笑った彼に、私は「それで」と話を戻す。
「どんなもんなの?」
「え?ああ、記憶のことか」
普通、そんな聞き辛いこと尋ねるもんかな?と苦笑した緑川くんに、私は聞く、と真顔で答えると、緑川くんはガックリとうなだれた。
「だって私だったら、急に記憶が無くなって試しに鏡を見たら、抹茶ソフトで電波ファッションな自分がいるなんて耐えられない」
「名字さんってさり気なく毒吐くよね…人の古傷を抉るっていうか」
「それはどうも」
「誉めてない、誉めてない」
緑川くんはボールを抱きかかえて、私の隣に腰を下ろす。
「でも、正直さ。記憶が無くなるってやっぱり怖いよ。何もかもが分かんなくなるんだから」
「やっぱりそうだよね」
記憶喪失、なんてテレビや漫画でしか見たことない。
だけど、昨日までのことが欠片も残らず消えてしまうなんて、私は想像しただけでも泣きそうになった。
「俺、また記憶が消されそうになったら死ぬ気で抵抗する」
「そりゃそうだ」
「だって今のチームのこととか好きな人のこととか楽しいこともいっぱいあるの忘れたくないし」
ん?
ノンブレスで言い切った緑川くんの台詞の中に、少し聞き慣れない単語が混じった。
「…緑川くんって好きな人いたんだ」
「え。あ、うん、まぁ…」
途端、ものすごい挙動不審になる緑川くん。ああそうか、好きな人いたんだ。
気のせいかな、何か目頭が熱くなってきた。
「でもさ、」
緑川くんは誤魔化すように言いながら立ち上がる。ボールを小脇に抱え、私から数歩離れて、笑顔を作った。
「もしもまた記憶が消されても、俺はもう一回名字さんのこと好きになる自信があるよ」
「……は」
口から、熱を持った息が漏れる。
開口したまま緑川くんの顔を見つめると、緑川くんはじわじわ顔を赤くして「何か反応が欲しいんだけど…」と、さっきの場所に座り直した。
「えっと」
「うん」
取りあえず口を閉じて、私は緑川くんが足下に置いたボールを見つめる。
「今のは、緑川くんが好きな人は私なんだと思って良い感じですか」
「思って良い感じです」
こくりと頷いたのが視界の端っこで見えて、私の顔はじわりと熱くなる。
おかしいな、さっきまで悲しくて泣きそうだったのに、今度は嬉し泣きしそう。
「……記憶」
「え?」
「私は、記憶がなくなっても…緑川くんが好きってことだけは、覚えていたい、よ?」
ぼわっと私の熱が上昇する。恥ずかしい告白をしたからではなく、緑川くんが言い終えた瞬間抱きついてきたからだ。
「名字さん、好きだ!!」
「な、何で改めて言い直すの!」
「ごめん何か感極まっちゃって」
思わずぐいっと緑川くんのポニーテールを引っ張ると、緑川くんは痛そうにしながら渋々離れてくれた。
「記憶なんてもう二度となくさないよ」
だって、もう一回名字さんを好きになっても、こんなことになる可能性が100%ある訳じゃないしね。
私の手をギュッと握って、緑川くんは赤い顔ではにかんだ。
ふりだしには戻させない
タイトル/エッベルツ