図書室で偶然出会った人に恋をした。

「俺もこの本好きなんだ」

そう言った彼の笑顔が、好きになった。
だが如何せん私は、好きになったら即アタック、みたいなアグレッシブな性格はしてなかった。ただ、図書室に行く度、あの人に会えるだけでも嬉しかった。

時には休み時間、時には昼休み、時には放課後。
ちょっとした時間が開くだけで、私は図書室に走った。
息を整え、扉を開けて見える席に座るあの人がこっちを見る。声に出さず、口の形だけで「やあ」と言ってもらえるだけで、私は、幸せになれたのだ。

だから、こんなこと、想定内だったんだよ。

「好きです、基山くん」

いつもみたいに、借りた本を返そうと放課後の図書室に寄った。
扉に掛けようとした手が、聞こえた声にピタリと止まる。一拍置いて、聞き覚えのある声が耳に届いた。

「…ありがとう。でも、ごめん」

俺、好きな子いるんだ。
体の芯から冷え切っていくような感覚。手から、本が滑り落ちそうになって私はぎゅっと自分の体ごと、本を抱きしめた。

「じゃあ、部活があるから俺はこれで」

あ、やばい。
きゅっ、と上履きを響かせて私は一歩後退した。
その瞬間、ガラリと扉を開けて出てくるあの人。
一瞬驚いたような顔をした彼は、眉を少しだけ下げて、笑った。

「…やぁ、名字さん」
「こ、んにちわ」

私は彼に目も合わせずに、図書室へ駆け込む。
中では、棚の影に隠れて女の子がうなだれていた。少なくとも泣くことはしていなくて、私はちょっと安心しながら本を戻し、一瞬戸惑った後、あの時読んだ本をもう一度借りることにした。

図書室を出ると、あの人の姿はもう見えなかった。




本の返却期日になった。
あの日以来、図書室には近づいていない。

私は大分日の傾いた放課後、図書室の扉の前で深呼吸した。この時間なら、あの人も部活でいないはず。

だったのに。

「…久しぶり」

夕暮れの光を背中に浴びて、あの人が儚げに笑っていた。
私は本を抱き抱えて、小さくこんにちわと零す。

「ここ二週間来てなかったから、何かあったのかと思った」
「あ、いや…あの。ごめんなさい」

あの人は挙動不審な私を見下ろすと、少し辺りに視線を投げかけ何か確認するような仕草を見せる。
そして、

「─この前の。名字さん聞いてたよね?」
「あ」

口から乾いた空気が漏れた。やっぱり、気付いてたんだ。いやだ、いやだな。盗み聞きするような人間だって思われたかな。

「それでさ。ちょっと、確信も持てたから。君に伝えたいことがあるんだ」
「伝えたい、こと?」

何だろう。確信って、私が基山くんのことが好きってこと?伝えたいことって、私もふられちゃうってこと?
じわじわと目頭が熱くなっていく。私は泣かないように必死にまばたきを繰り返した。
基山くんは、ちょっとだけ首を傾げながら続ける。

「俺が何で、いつも図書室にいたか知ってる?」
「ほ、本を読むため?」

一般的に図書室に寄る人は、本に用がある人だ。
私の答えに基山くんはちょっと笑うと、一歩だけ、私に近づいた。
基山くんの赤い髪の毛が、夕日に照らされて燃えるような色に変わる。
─頬の辺りも少し赤く見えるのは、私の最後の悪足掻きの見せた、幻覚なんだろうか。

「俺が好きなのは、君なんだよ。名字さん」

バサリと持っていた本が床に落ちて、─ああ、そう言えば彼が自分も好きだと言ってくれたこの本は、恋愛物だったなぁなんて、私は彼の顔も直視することも出来ず、ただ無残に広がった本を見下ろしたまま、顔を熱くしながら呆然と思ったのだった。