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「好き」


1人の女子高生がうっとりとした表情でそう呟いた。この場には彼女一人だけではない。そばには1人の男子高生がいる。二人だけの密室空間。
とろんとした目で一点を見つめる女子高生──鈴森かよこは胸元近くで両指をぎゅっと組んだ。そんな彼女のそばにいる男子高生──御幸一也は彼女とは打って変わった態度だった。深いため息をひとつつき、呆れたような表情でかよこのことを見ている。ルックスで言えば御幸は学年問わず、女性から注目の的であると学内で噂されている。野球強豪校である、ここ青道高校野球部の正捕手を務めていることもあり、注目度はさらに上がる。
しかしながらこのかよこもそういった注目の的という意味では負けていない。かよこは幼いころから芸能活動をしていた。というのも、彼女の母親は所謂ステージママで、そのルックスや努力が高じて芸能界で成功したかよこの知名度は高い。いまは雑誌のモデルなどでたまに出る程度で、テレビで見かけることは全くない。露出度が一気に減った理由は、先ほどのかよこの様子が全てを物語っている。
そう、彼女は自分が素直に好きと思えることを見つけたのだ。


「好き」

「はいはい」


御幸の適当な扱いに眉をひそめるかよこ。御幸はそれに構う様子はまったくないようだ。彼女の姿から目を逸らし、彼はまた深いため息をついた。なんでこんなこと付き合わなければならないのだろう、と御幸は思いながらも、嫌じゃないからという理由で断れずにいる。
ちなみに二人がいる場は御幸の部屋。ここ青道高校の野球部寮である青心寮の一室。男子寮に女子がいることでいくつかの誤解と問題は発生しそうだが、いまのところはなんとかやり過ごせているようだ。


「…御幸」


かよこは物欲しげに御幸を見つめた。薄目で彼女を見る御幸はいまにも怒り出しそうな表情だった。それに気づかないでいるかよこはじっと彼は見続ける。なにも知らずにこの場をそっと覗き見ている者がいるとすれば、生唾ひとつ飲むような光景であることに間違いはない。どくんどくんと心臓の音が聞こえてしまいそうなほど静かな夜の静かな部屋。じっと見つめるかよこはまっすぐ御幸を捉えていた。

──そのときだった。
二人きりの空間はなんの予告もなしに打ち破られたのだ。バタンと大きな音を立て、彼の一人部屋の扉は開かれた。


「あれ、まだ鈴森いんのか」


そこに現れたのは倉持洋一。御幸、かよこと同じ2年B組のクラスメートだ。彼も御幸と同じく青道高校野球部レギュラーの一員、内野の要である遊撃手だ。
そんな倉持はノックもなしに御幸の部屋に入り込んできた。しかもかよこと二人きりということを知ったうえで。彼のいきなりの登場に御幸とかよこは肩をびくりと揺らしていたが、たいした驚きもなく、部屋に侵入する彼を許した。


「倉持、御幸が意地悪する」

「良い子のかよこちゃんは帰りなさい」


喚くかよこは自分自身が作り出した先ほどまでのムードを一気にぶち壊した。御幸の胸倉を掴み、ぐわんぐわんと目が回りそうなほど彼の上半身を揺さぶった。はあ…とため息をつくのは倉持で、彼も「おめーは早く帰れ」とかよこの頭を軽くどついた。彼女がぷくっと頬を膨らませて睨めば、「ぶりっ子してもダメだからな」と、続けざまに辛辣な言葉をお見舞いされる。
観念したかのようにかよこは大きなため息をつき、テレビを見た。


「もっと試合見てたいのに」


彼女が見ていたのは各高校の 野球部の試合が映された偵察班の録画。対戦校の研究をしていたのだ。しかし途中から脱線し、過去のデータとなってしまった昔の試合記録や、はたまたプロ野球の試合を見始めてしまっていたのだ。
彼女が熱中している好きなもの、


「「野球バカはさっさと帰って寝ろ」」


彼らと同じく野球が好きだった。


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