03


「鈴森はよー」

「はよー」


1時間目が始まる時間ぎりぎり。野球部の朝練をしてきた様子の倉持が登校してきた。どさっと鞄を置き、どかっと椅子にかけると、大きな欠伸をした。朝から本当にすごいなぁと関心していると、倉持は右足を左足に組むように乗せ、右足首を手でゆっくりと回した。


「どうしたの?」

「あー…痛くはねぇんだけど、なんか足首に違和感あってなー」


「朝練でポール間ダッシュしたときに変な踏み込みしちまってよ…」と呟きながら溜め息をついていた。先日、野球部のグラウンドで遭遇して以来、倉持とは野球や野球部の話をするようになった。足で稼ぐことが自分で売りでもあると本人は言っていたので、きっと朝練ではその足に磨きをかけていたのだろう。そんな足に違和感。大丈夫なのだろうか。


「腫れてる?」

「腫れはねぇし、ちょっと違和感あるだけで痛くはないんだよな」

「そっか。テーピングしておいたほうがいいんじゃないかな」

「やっぱり捻挫っぽいよなー」


そして先ほどより大きな溜め息をした。わかる。認めたくないかんじ。自分が真剣に打ち込んでいることに支障を来すアクシデントって認めたくない。「テーピングやってもらわねぇとなぁ」と落胆する倉持はやってらんねぇとでも言いそうな雰囲気。まだ高校入って1ヶ月ちょっと。高校での野球部の練習に追いつくだけでも大変なことなんだろう。


「あとでテーピングやってあげようか」

「え、なに鈴森、できんの?」

「わりと上手くできると思うよー。昼休みに保健室からテープもらってくるよ」


倉持が意外そうな顔をして私の顔をまじまじと見る。そんな会話をしていると、始業のチャイムが鳴り、いつの間にか来ていた1時間目の数学の先生が日直に号令をかけるように声をあげていた。







「どう?」

「おお、いい感じだわ」


昼休み。保健室からテープをもらい、倉持の足にテーピングをした。足を内側に曲げると顔を顰めたので、やはり内反捻挫のようだった。きっと放課後もがっつり練習するだろうから、少しでも足の痛みが気にならないように、しっかりとテーピングをした。


「テーピング慣れてんのな」

「父親のジム手伝ってたから、それで」


某プロ野球球団お抱えのコンディショニングトレーナーだった父親。数年前に仕事で出会ったほかのトレーナーの人たちとアスリート専用のトレーニングジムを開いた。いまはフリーのトレーナーとして、各方面のスポーツ選手から呼ばれることもあるそうだが、基本はジムで仕事をしている。触って学べ、慣れろ。そう言う父親の教えがあって、野球にはまった頃からジムの手伝いをさせられていた。だからテーピングはわりと得意だ。
「全然楽だわ、サンキュ」と、倉持は立ち上がり言った。足にテーピングをするために座り込んだままだった私は上を向き「あんまり無理しないでね」とだけ言った。


「すごいね、鈴森さん」

「わ!」


突然、私の隣に並んでしゃがみ込む男子生徒一人。テーピングをしてある倉持の足をじっと見ている。隣に来られる気配がなかったものだから、派手に驚いてしまった。
隣にいる男子生徒は入学したときに隣の席だった茶髪の黒縁眼鏡の人。そういえば、顔はわかるけど名前がわからない。鈴木くん?酒井くん?北村くん?顔と名前が一致していない人の苗字をとりあえず思い浮かべてみたけど。


「こいつセンスあるぜ、御幸」


あ、御幸くんか。いたいた、そんな苗字の人。
隣の席だった期間は短く、すぐ席替えをしていまの席になった。だからあまり御幸くんとはあまり会話をしなかった。というよりもいつもスコアブックを見て、誰も近寄るなオーラが滲み出ていた。
あ、そういえば。この前、野球部の練習を見に行ったときに愛ちゃんが言っていた"同じクラスの御幸くん"はこの御幸くんのことか。いろんなことがやっと一致した。


「倉持から聞いてるけど、鈴森さんって野球好きなんだよな」

「ある程度」

「ヒャハ、ある程度ってレベルじゃねぇよ」

「え、そうなのかな」


なに勝手に私の話をしているのだ、倉持よ。
たしかに倉持と野球の話をするようになってからは、「お前、わりと野球バカだな」とか言われることもしばしば。そこまで変な発言してるつもりはないんだけど。野球部の君よりは知識も浅いし野球バカではないと思ってるけどね、ということは言わないで黙っている。


「こうテーピングとかしっかり出来てるとマネージャーとしてうちに入ってほしいなーって思うんだけど」

「あー、ダメダメ。そこんとここいつ頑ななんだよなぁ」


さらっと勧誘してきた御幸くん。さらっと私の代わりに否定してくれた倉持。人からのお誘いとかを断るのは正直苦手で。慣れている人だったら素直にはっきりと言えるが、そうじゃない人にはたじたじな対応になってしまう。だからこそ、いま倉持が先にそう言ってくれたのはありがたかった。御幸くんとはほとんど話したことがないから、もし私が話していたら「あー、まあ、うーん、あんまり部活はね…」と歯切れの悪い返答をしていたと思う。


「そっか、残念だな」

「勿体ねぇよな」

「あ、あはは…」


言葉では諦めているように聞こえるけど、諦めているように見えない表情は気のせいなのだろうか。



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