「賢二郎さ、ぶっちゃけ名前とはどういう関係なの?」
ただの幼なじみじゃないだろう、と意地の悪い顔で聞いてきた天童に、白布は瞑目して考える。
そうして幾ばくも無く、呟くように答えた。
「『平行線』ですかね」
なんとも詩的な表現で白々しく、煙に巻くかのような印象を受ける。
当然、天童は露骨に嫌そうな顔をした。
しかし、当の白布はといえば先ほどからまったくもって表情に変化がない。
それは「平行線」という言葉が、白布の持つ語彙の中で最も適当であると心底思っている証だった。
白布は思う。
これが理解できるのはきっと、自分と名前だけなのだと。
平行とは、一生交わることのない線で構成されている。
交わったが最後、それは平行ではなくなる。
交わらないから、平行。
交わってはいけないから、平行。
白布と名前は、正にそんな関係だった。
「全部知ってて聞くなんて、天童さんも意地が悪いですね」
「…知らないよぉ、『全部』なんて。だってそんなの、当事者の賢二郎と名前しか知らないじゃん」
そう吐き捨てるかのような鋭い言葉を最後に、天童は監督の怒声が響く体育館へと消えた。
振り返れば、雲1つない晴れやかな空の下、ロードワークから戻ってくるチームメイトの姿がある。
そのまま仰ぎ見た先の、校舎の一角。
ピアノが日の光で傷まないように、半分だけ暗幕が引かれた部屋を眺めて夢想にふける。
「どうした、白布。お前もバテたか?」
牛島と張り合い、自分のペースを見失いがちな五色を拾って学校まで戻る。
通称、五色係は日替わりで担当が変わる。
今日は瀬見だった。
ふらふらと危うい足取りの五色の横に並び、顔を覗き込んでくる瀬見に、軽く首を振って答える。
「何でもないです」
名残惜しくも、視線を外す。
聞こえるはずもないピアノの音が聞こえた気がした。
「名前、私あれ聞きたい、グノシエンヌ」
「またサティ?何番?」
「1番。今、いい感じに怖くなってきたから」
「ポーを読みながら聞く曲じゃないんだけどなぁ」
何だかんだと言いながら楽譜を広げる名前を茂里は文庫本越しに窺う。
冒頭の音を緩やかなテンポでさらい、軋む古ピアノ椅子の位置を確かめる。
友人としての贔屓目もあるだろうが、この時の名前が1番可愛いと思っている。
ピアノを弾けるという喜びで溢れているから。
「今日、賢二郎眠そうな顔してなかった?」
「さぁ?私、白布が溌剌としてるとこなんて見たことないし」
「あー、それは私もないかなぁ」
だからこそ余計に、この時の名前が好きになれなかった。
笑顔は温かく、声は慈しみで溢れているのに、どこか諦めを含んだその様は、何もかも受け入れる聖母マリアのようで。
まだ高校生の、平均寿命の半分も生きてない人間の見せる表情としては、まるで似つかわしくない。
茂里の目には名前と白布が互いに相手を思いやり過ぎて、身動きが取れなくなっているように映っていた。
「平行線」だという2人の関係は、欠けたり、交わったりすることを恐れての呼称ではないだろうか。
「名前、白布のこと好き?」
「好きだよ。まほろちゃんは?」
「私は嫌い」
「それは残念。では、お耳を拝借」
名前の両手が滑らかに鍵盤を叩き始めたところで、茂里は本へと視線を戻す。
白布の居ないこの空間がずっと続けばいいのに。
そんな細やかながらも強欲な願いは、いつだって叶わない。
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