「おう、若利。今開けるな」

瀬見の弾んだような声と、インターフォン越しにも伝わる賑わいに、牛島は密やかな笑みを溢した。
エントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。
頼まれて買ってきた飲み物は、空調との温度差で薄らと汗をかいていた。
玄関の呼び鈴を鳴らす。
間髪入れず開いた扉の先で待ち構えていたのは天童だった。

「若利くん、チョコアイス買ってきてくれた?」
「チョコパイを買ってきた」
「なんで!?」
「冷凍庫にソーダアイスがあると白布が言っていたからな。お邪魔します」
「ソーダとチョコじゃ全然違うのに!はーあー…洗面所、電気点けとくね」

膨れたビニール袋を天童に預け、靴を脱ぎ揃える。
手洗いうがいを済ませ、リビングに足を踏み入れると、まず初めに大平と五色が囲碁板でオセロをやっているのが目に入った。
その横では、天童が一升瓶を抱えてうとうとしている山形の額に目を書いて悪戯している。
人が足りないとキッチンを覗けば、瀬見が器用にフライパンを返し、川西が食器棚を開けては閉めを繰り返していた。

「迎えに行けなくてすみません。迷いませんでしたか?」
「問題ない。遅れて悪かった」
「いえいえ、もう皆、結構出来上がってるので早めにアルコール入れた方がいいかもしれません。ビールでいいですか?」
「ああ」
「太一、牛島さんにビール」
「おー…なぁ、大皿何処にあんの?」
「流しの上の戸棚」
「なんだ、こっちか」

無事、大皿を見つけたらしい川西は自分と牛島の分のビールとグラスを手にリビングへと戻ってきた。
駆けつけ3杯でしたっけ、と冗談交じりにグラスをビールで満たす。
1杯だろう、という大平のツッコミを耳に入れつつも、結局、牛島は軽々と3杯を飲み干した。

「苗字は寝てしまったのか」
「さっきまでは起きてたんですけど…起こしますか?」
「いや、そのままでいい。またいずれ、話す機会もあるだろう」

白布の肩に寄り掛かり、寝息を立てる名前。
その表情は、牛島が白布の合宿不参加を伝えた時の蒼白さとは比べものにならない穏やかさを見せていた。

「結婚するのか?」
「はい、…多分」

まだ先のことですけど、と付け加えて白布はグラスに口をつけた。
大学在学中、2人の間に結婚の話が持ち上がったことがあった。
牛島はその時、てっきり名前が言い出したことなのかと思っていた。
白布の性格上、収入の安定しない学生のうちに結婚するなどと決心するはずがないし、牛島が聞く限りではあれ、大学での白布は安穏とした日々を過ごしていたようだった。
しかし、どんなに傍目から落ち着いて見えようと、白布は名前との関係に安心しきれなかったらしい。
諫める家族や、天童の反対を押し切ってまで結婚しようとしていた白布を止めたのは、他でもない名前だった。
依存するだけの関係なら前と変わらないと無情にも切って捨て、白布に冷静さを取り戻させた。
白布は名前に早く「家族」をつくってあげたかったのだと、後からこっそりと牛島らに打ち明けていた。
たった紙1枚の上の約束とはいえ、誰もが認める確かなものを名前に捧げたかったのだ、と。
けれどそれは、一生拭い去れない罪悪感から生まれた決意だった。

「情けないことに、最近まで俺の罪悪感が自分だけでなく名前も縛り付けていたことに気づかなかったんです」

眠っている彼女に囁くように静かに呟く。
その落ち着いた声や表情は、既に大人ものだった。

「俺が過去に縛られている限り、わだかまりは残ったままで…。勿論、どう頑張ろうとあの事実が綺麗さっぱりなくなるなんてことはないけれど、俺以外の誰にも終わらせることはできないから。忘れるんじゃなくて、思い出にすることを名前は笑って許してくれたから。だから俺は、今度こそ本当の意味で名前を見守っていこうと決めたんです。これからは一人で立って、その上で共に歩んでいこうと」

高校時代よりもやや長くなった名前の髪に指を絡めながら、ゆっくりと、それでいてはっきりと言い切った白布を見てほっと息をつく。
根拠なく思う。
今の2人ならば大丈夫だ、と。

「結婚式には呼んでくれ。演し物くらいする」
「演し物?若利くんが?何すんの?」
「…サーブで的当てとか」
「マジか!超見たい!」
「無難なビデオレターとか出てこないのが若利らしさだな」
「つか、それなら俺もやりたい」
「あ、俺も」
「いっぱいマス作ってビンゴにしたら良くね?」
「ビンゴになったら牛島さんと握手!みたいな?」
「こうなってくると若利の存在が演し物だな」
「だねぇ。若利くん、本番は『演し物は俺だ』ってちゃんと言うんだよ!」
「分かった。覚えておく」
「天童さん、悪乗りしすぎです」

親族席から追い出しますよ、と告げる白布の一声に各々から笑い声が漏れ出る。
明るい未来語りは尽きそうにない。
それは何よりも幸せなことだと、牛島は胸の奥で呟いた。


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