ごっこ遊びは終わり
ごっこ遊びは終わり
思春期も全て飛び越してこの歳まで来てしまった、なんて、私が思ってるだけだったのだろう。
知らぬ間に甘寧は、私を一人の女として見ていたんだ。ずっと。
手につかず投げ出したままにしておいた書簡は、どの道部屋に帰って来ても手につかなかった。
「もっと早く言えば良かったのに」
気付いて無かっただけで、はなから性別を越えた友情なんてのは崩れていたんだ。
それはまあ理解出来る。受け入れられる。仕方が無いのだと。
でも今の今まで、甘寧の気持ちを押さえつけていた事実だけは、どうしても罪悪感があった。
私を幼馴染として扱えと、演じろと、無言の圧力を無意識にかけていたんだ。思わず気持ちが掠れた声になる。
でも。もしもっと早い段階で想いを告げられていたとしても、私はその想いにどう応えるつもりだったのだろう。
今でさえ気持ちの整理がつかないのに。
「おう」
「…ごめん、最後まで言わせなくて」
傷つけるような態度を取ったのに、奴は部屋の前まで来ていた。
部屋には入って来ず、戸越しに声をかけて来る。なんでこんなに優しいんだか。
「悪りい」
「何で甘寧が謝るの」
「言ってしまえば全部終わっちまうのは分かってんだけどよ、」
「終わりって何」
何も終わってないよ。
そう言えば、向こうは黙ってしまった。表面に出て来ただけで、私がそれを認識した以外何も変わっていない。
「俺も後がないと思っちまった。
もう家に嫁を迎えなきゃならねえ。でもお前を離せねえ。離したくねえ。
今更俺の隣に新しい誰かを置くのも居心地が悪かった」
だから思い切った。
聞いて、思わず涙が出そうになった。まだ子供でいたい頑固な自分がいた。
もう子供ではいられないことに、涙が出そうだった。
情けないのは分かっている。良い歳して、いつまでも子供でいることを望んでいたなんて。
あの頃はもうとっくに無くなっている。それを見て見ぬ振りしていた。
先にそれに気付いた甘寧は、私が大人になるのを待っていたに違いない。私はそれを拒否し続けていた。
過剰な“幼馴染ごっこ”をすることで現実から目を背けて安心に浸った。
「でもお前が嫌なら、俺は諦める。一生家庭を作らねえか、お前以上の女を見つける」
鈴がちりりと鳴った。
その言葉に、体に警鐘が響く。この後に及んでまだ奴を傷つけるのか。
握りしめていた筆を机に投げるように置いて、戸に飛びつく。開けると、壁に背を預けた甘寧がいた。
「無理だよね、それ」
そう言うと苦笑いをして、まあな、と覇気無く答えた。
何年も私を待ち、時折別の相手を探し回った果てにまた飽きず私を待っていたんだ。
無意識に刷り込み続けた子供でいたい心をすぐに手放す自信はない。
けど、きっと私にとっても甘寧以上の隣はないと思う。
「隣にいてあげるよ。ずっと。
子供じゃなくて、大人として。女として」
「いちこ、」
「甘寧がいるのに、今更どこの誰の隣に行くのさ」
居場所をくれていたのは甘寧だ。その環境を守ってくれていたのも甘寧だ。現実に引き揚げてくれたのも。
親よりもずっと与えてくれるものは大きかった気がする。
まるで鳥かごに閉じ込められた鳥みたいに思われるかもしれない。
でも鳥かごのまま何処へでも連れて行ってくれていたから、まるで不自由なんかなかった。
きっと、この先もそれは変わらない。今度は私が、何か出来れば。
「気付けなくて、ごめん」
筋肉隆々とした腕が背中に回った。新しい感覚だと思った。色んなことをして来たけど、抱きしめられたことは無かったことに気付く。
おずおずと慣れない手つきで、私も腕を出す。手のひらが甘寧の半裸の背中に触れた時、これでいいのだと思えた。
「長かったな」
「ごめん」
「謝らせたくて言ってんじゃねえ」
「ありがとう」
「…ありがとう」
色々な想いが混じって、視界が歪んだ。何も言わずでかい手が頭を撫でる。ぽろりと一粒落ちた。
何の涙だろうな。一つ大人になれたことに喜ぶ涙だろうか。
自分とも、甘寧とも向き合って行けたら良いな。
終焉
言うまでもないが、そのあとは「収まるところに収まった」と皆に言われる羽目になった。
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