衝動の源は
我ながら身勝手な行動をしたと思っている。
いちこがどう思っているのかも分からないというのに連れて行きたいだのと、優しい彼女もさすがに不道徳な男だと感じただろうか。
言い訳をするのであれば、会って話そうにも時間も機会にも恵まれなかった焦り故だ。
さらに言うのであれば、私は自分が思っている以上に強引な男だったと言うところだろう。
失礼にも布切れに文を書いて渡したのは昨日のこと。
いちこの様子が気になって仕方ないものの、そちらを気にしていては執務は減らない。
兼業を出るまで半月もないが、引き継ぎと最低限の仕事は全て片付けなくてはならないのだ。
いちこから返答がなければ、自分はそれまでの男だったと言うこと。
前のめりな気持ちを目の前の仕事にぶつけていた。
「失礼いたします。陸遜様宛の書簡のお届けに参りました」
「ありがとうございます。そちらの棚の上にお願いします」
「承知しました」
机から顔を上げずに応えたが、ふと待っていた声だったことに気づく。
声がした方を見るも、丁度戸を閉めて部屋から出て行ってしまった。
声の主はいちこだったはずだ。何も言わなかったと言うことは、やはり海昌まで行くのは嫌だっただろうか。急激に心が重く冷えて行く。
集中力が切れてしまったので、硯に筆を投げ捨てるように置いた。立ち上がり、今しがた届けられた書簡を手に取る。
すると、書簡に隠れるように置かれた布が目に入った。まさか、と勢いよく畳まれた小さめの布を開く。数える程しかない文字を、間違いないように何度も読み返した。
ご一緒させてください。
これほどに胸を熱くさせる一文があっただろうか。
このように彼女と何度か密書を交わした後に、海昌に向かうに当たっての上官との打ち合わせにて、掛けに出ることにした。
ごく簡単な嘘と、上官への交渉。彼女の立場を守りながら希望を叶えるための策だ。
今日より以前に、いちこにも彼女の周囲に一つ嘘を浸透させるように依頼している。
「下女を一人連れて行きたい?どうしてまた」
「こう見えて暑がりでして…
一生懸命に洗濯や身の回りの整理を手伝う方がいて下さると、大変心強いのですが」
「そうなのか?心配せずとも当然その類は同行させるつもりでいたが…
まあ、そういうことであれば女の方が何かと良かろう。話をつけておく」
「ありがとうございます」
単に暑がりだからと言う思い付きのような嘘ではあるが、ひとまず要望は通った。あとは、いちこが選ばれるかどうか。
彼女には、一家が海昌に越すため下女を辞めることになるかもしれないと、周囲に触れ回るように伝えた。
その話が下女の取りまとめ役にまで聞こえていれば、計は成ることだろう。
ここまで時間と機会を逃し、ぎりぎりの勝負に出たのも私の至らなさ故だ。己の心から答えを得るまで時間を浪費してしまった。
不安定な幼少期を支え、その後の私の精神に少なからず影響を与えたのは彼女である。
この歳で再会が叶ったのは、私が心のどこかでいつも願っていたことだからではないだろうか。
そして城内において、控えめでありながら人一倍的確な優しさが心に染みる。
故に私の心の半分は彼女で出来ていると思うのは、いけないことだろうか。
この心をもって築き上げられる平らかな世を、一番に見ていて欲しい。
これが私の衝動の源だ。
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