焼き尽くせ涙
「こういった事態が起きた場合は、この書簡に例があるように…」
「あーもう駄目、」
「もう駄目もう駄目って何回目ですか、それ」
大人しく机に座る私と、先生よろしく立ちながら書簡の内容を事細かに説明する朱然。
まるでどこかの学問所のようだ。
「だったら先の戦のこと反省して下さいよ、呂蒙殿にもお小言言われてたじゃないですか」
「何でそれ知ってるのよ」
「見てましたから」
悔しさにぐうの音も出ない。代わりに両手で机にやつ当たった。が、包帯でぐるぐるになった右手に激痛が走る。あまりの痛さに腕を抱えるように背中を丸めるたら頭が机にぶつかった。踏んだり蹴ったり。
朱然が吹き出したのが聞こえた。
「笑うなぁ…」
「じゃあ真面目に俺の講義受けて下さいって」
悔しい。年下のくせに。
先の戦で利き腕を折るという大失態をおかさなければ朱然に笑われることもなかったし、呂蒙殿に怒られることもなかった。
周瑜殿に謹慎を言い渡されることもなければ、魯粛殿に苦笑いされながら頭を撫でられることもなかった。
あっ、最後のはご褒美か。
「大体一対一なのになんでこんな広い部屋借りてるのよ!余計惨めになるじゃない!」
「魯粛殿がここ使えって言ったんですよ」
「魯粛殿も意地悪だ…」
男前な低音で笑う声が聞こえた気がした。こっちは笑えない。
ヘマをしたわりに任務はなんとか遂行出来た。出来たというかごり押しに遂行した。ぼろっぼろになって帰陣して、軍医に運ばれながら怒られて、力が抜けて気を失って目が覚めた時も怒られて。
自分が十割悪いのだけど、命かけてすごく痛い思いしたのに重ねて怒られまくれば精神的に再起不能だ。
例えそれが朱然のものでも、講義なんて受ける気力はない。
「ああ、また傷増えたことになるのね…いち、に、さん…」
「数えなくたっていいじゃないですか」
「私だって心の片隅に女心の一つや二つ置いてるわよ」
「嫁に行けなくなるわけじゃあるまいし」
あなたは市場で服を仕立てるために布を買います。目の前にありとあらゆる布が並んでいますね。
その中に一枚ぼろ切れが混ざっています。わざわざそれを買いたいをお思いになりますか?なりませんよね。
「つまりはそういうことよ」
「俺は布と人が等しい結果になると思わないです」
「あらそう」
思ったことは何でも正直に口から出て行ってしまうのに、今日は慰めるようなことを言えるのか。何だか調子が狂う。
古傷満載の左腕を袖にしまい、ぐちゃっとわきに寄せた書簡を元に戻す。もうこうなったら早く終わらせられるように真面目に話を聞いてやろうじゃないの。
と思ったら、不意に左手を持ち上げられて甲に唇が落とされた。突然のことに声も出ない。唇が触れた部分は前に作った傷跡。
「な、な…」
「努力が目に見える人を価値がないだなんて言わせないですよ、俺は」
何をかっこつけたこと言ってるんだか。
と悪態をついてみるが、不覚にも心を揺さぶられてしまった。傷跡が目に見える努力だなんて、ものは言いようだ。
「口説くのが講義だなんて言わないでよね」
「思ったことを言っただけです」
じゃあさっきの慰めも慰めではなくて本音、と。ますます調子が狂う。
「そんなこと言っても私はぶれないわよ」
「目に涙溜めたまま言わないで下さいよ…」
だったら慰めるようなことを不用意に言うな!
後輩の前で泣きたくないのに。溜まってしまっているけど。流してはいない。
「撫でなくていい、やめて」
私の左手を置いて、今度は頭をぽんぽんと撫で始めた。
誰だ、朱然を上から可愛がられるやつだと言ったのは。上を可愛がってるよ。
撫でられた振動でぽろりと涙が落ちた。ああ、とうとう流れていってしまった。情けない。
「…止まらない」
「俺が燃やしましょうか」
「ぶつわよ」
涙を燃やすって、意味が分からない。
そう思って左手ではたく真似をすると、再び手を掴まれる。大小様々な傷跡にそれぞれ唇が触れた。
「なに、してるのよ、」
言葉につまりながら言えば、随分と嬉しそうにしていた。私も満更ではなくなる。完全にほだされた。
年上好みだと思っていたのに、まさかこんなことになるなんて。
「火傷覚悟して下さい」
「もうしてるわよ」
泣きながら笑って言う。誰のせいでこうなったと。
朱然が机の向こう側からこっちに回って来て抱きついてきた。体温高いな。
「一応それなりに心配してるんですよ、俺」
そう言って背中を優しくさすられた。そういうことは本当にしなくてもいいのに。戻りかけた視界がまたぼやけて来そうだ。
一方的に弱みを握られてしまったようで釈然としないけど、どうやら私はこの状態が嬉しいようだからされるがままになろうと思う。
怒られて罰としてここにいるはずなのに。何なんだろう、この展開。
勉強し直すためだったのに、これじゃあまた都督たちに怒られるかな。
焼き尽くせ涙
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