エピソード/グルッペン
そういう選択も充分に出来た。それを選ばなかったのはおれの方だ。いくつもある選択肢の中で、選んだのは自分の好奇心、興味、欲。
でも、傷付くのは、おれじゃない。
静まり帰った学校で、使われていない空き教室がおれたちの溜まり場だった。全員で色んなものを持ち寄って、おれたちの国だ!と幼心が叫んだ。教師にバレて全部捨てられて、これで4度目だった。
声がして。教室の、扉の前で立ち止まった。これを開ければ友人たちが集まっている。それなのに、扉を開けるという行為だけが、それだけが、今のおれにはできないでいる。
いけない、だめだ、と本能が言っていた。早く扉を開けて中に入るか、ここからいなくなるか、それが最善の選択であると、分かっている。でも、それでも、聞きたかった、知りたかった。おれのこと、グルッペン=フューラーのこと。
「おれは、思い出させるべきじゃないと思うねん」
「なんでや」
「何度も言うけど、グルッペンも、#name1#も、なにも覚えとらん。なら、そのままのが絶対にええ、絶対に」
扉の奥から聞こえるトントンの声が、頭に響く。
なあ、トントン、おまえならどんな選択をした?
おれはみんなとは違って、なにも、覚えてはいなかった。
ただ、自分がグルッペン=フューラーという人間であった、ということだけが、幼いころから自分を縛りつけていた。幼馴染をトントンと呼び、本名を呼。そう本能が、おれ自身に語りかけてきていた。
それは、親を、教師を、周りを、困らせた。どうしたらいいのかわからなかった。物心ついたときにはもう、おれは、グルッペン=フューラーという人間に成ってしまっていたのだ。
おれという人間と、グルッペン=フューラーというおれ。
おれが、おれという人間が、グルッペン=フューラーに成っていくのを、抗えなかった、抗う術がなかった、だってそれは、おれ自身だったから。
でも、おれは、グルッペン=フューラーしか、覚えていなかった。
それに気付いたのは、トントンがいたからだった。
おれよりも、だれよりも先に、グルッペン=フューラーの存在に馴染み、トントンと呼ばれることを受け入れた。まるで、そうなることがわかっていたかのように、そうなることを待っていたかのように、そうなることを望んでいたかのように、
おれを、グルッペンと呼ぶ、あいつは、元々居たおれなんか最初から見てなんていなくて、ずっと、ずっと、グルッペン=フューラーを、見ていたのだ。
そんな彼からグルッペン=フューラーを聞くのは容易いことだった。嬉しそうに、懐かしみ、慈しみながら、トントンはよく、グルッペン=フューラーを語った。
おれはなにも、覚えちゃいなかった。
それを伝えたときの、トントンの表情は、言葉では言い表せない。ごめん、おれ、ごめん、と謝ったトントンの気持ちはいくら考えても、ずっと、いまも、分からずじまいだ。
そのあとトントンはおれにグルッペン=フューラーの話をすることはなくなった。
おれはグルッペン=フューラーで、幼馴染はトントンで、それだけ。ただ、それだけが残った。
でも、それでも、トントンはずっと、おれにグルッペン=フューラーを求めているんだろう。
それはいまでも、痛いくらいに感じている。
ただ、トントンがそうなったことで、おれはグルッペン=フューラーを受け入れやすくなっていた。おれはただ、グルッペン=フューラーで居ればいい。それだけでいい。
「トン氏はずっとそうやもんな」
「なにが?」
「グルッペンからずっと記憶を遠ざけてる」
「あ〜そっかおまえら、小学校からの付き合いか」
それなのに、それは、一人の男によって、おれたちは、おれは、いとも簡単に壊されてしまった。
教卓に立った、幼い眼がおれを写しては真ん丸く見開かれていた。
知っている。
そのままトントンを横目で見れば、おれと、同じ顔をしているではないか。
男の隣に立った教師が、みんな仲良くしてあげてね〜と言っているのなんて気付かなかったように、おれたちは、おれたちだけは、違う世界にいた。
鬱先生。
知っている。おれは。
そこからは早かった。
おれが抱いたグルッペン=フューラーに対する葛藤と、トントンがおれにぶつける視線を、鬱先生は全て奪っていった。
おまえはおまえを演じればええ、と鬱先生はおれに言って、鬱先生という存在はトントンを助けた。
おれはグルッペン=フューラーという存在であることを自分自身て認め、トントンは同じ記憶持ちの存在を喜んだ。
そして、相手がいなかっただけでぶつけられることのなかったそれは、相手がいることによって、溜まった水が溢れるように、トントンの口から鬱先生へ向けてこぼれていく。それでもトントンは、おれがいる前ではしなかった。
結果その行為は、おれの、グルッペン=フューラーに対する興味を増幅させるに材料として充分過ぎていた。
そこになにかあると分かっているのに知らないふりができるほど、おれはできた人間ではないのだ。
トントンはわざと、おれを記憶から遠ざけている。
トントンがだめなら。今のおれには、他がある。おれを、グルッペン=フューラーを知る人間は増えた。はずだったんだが。
結局、トントンに対して、流石だと言わざるを得ない結果となってしまった。彼はしっかりと、鬱先生に口止めをしていたのだ。グルッペンから何を聞かれても絶対に答えるな、と。
そしてトントンはまた、おれに、ごめんなあ、ほんま、ごめん、と謝ったのだ。
そしてパタリと、彼は、彼らは、記憶の話をすることはなくなった。
トントンが、そこまで固執することに、おれは負けるしかなかった。
また結局、おれはグルッペン=フューラーで、幼馴染はトントンで、転校生は鬱先生で、ただそれだけが残った。
「でもな、このまま隠すのはもう無理やろ」
「たしかになあ。グルッペンも可哀想やけど、トントンが一番しんどいんちゃうん?」
しかしまあ、そう、簡単にいくわけがなかった。
グルッペンに引き寄せられてんなあ、おれら。と鬱先生は笑って、トントンは喜びと悲しさを混ぜたような顔を、おれのせいでした。会いたかったと心で思いながら、会いたくなかったと顔に出す。そして同じようにそいつらに、おれのことを口止めするのだ。
オスマン、コネシマ、シャオロン、
知っている、おれは。
「それでも、あかん」
「なんでそんな固執するん…」
「守らなとあかん!絶対に、!グルッペンも、#name1#も!もうおれは…!…失いたくないんや……」
結局、おれはいまでも、なにも思い出すことはない。
トントンがそうさせたせいか、ただ思い出せないだけか、おれのどこかで思い出すことを拒否しているせいか。おれはこんなにもグルッペン=フューラーを思い出したい、知りたいと感じているのに。
まあ、きっと、前世の記憶、なのだろう。おれたちはどこかで一緒に生きていた。そういう前世がある。記憶がある。そして、どちらがほんものなのか、えらんでいる。
「#name1#が、自殺したことを思い出したら絶対に、グルッペンは壊れる、だから」
「なあ〜、いまグルッペン走ってったけど」
「?!!」
「なん?みんなしてグルッペンのこといじめたん?」
「グルッペンどっち行った!!!?」
「え!右やけど」
「もう最悪や!!」
「ええ!?!なに〜!?ちょお仲間外れせんでや〜!!」
会わなければ、会わなければ
会いたい
弾かれたようにおれの足は走り出していた。
小さい体を抱き締めて、名前を呼ばせよう。今度こそ、失くさないように。はなさないように、
おれの、たいせつな
「#name1#!」
振り返って、おれの顔を見る。ゆっくりと微笑んでおれの名前を呼ぶ。その手を引いて、抱き締めた。
おれの、たいせつな
「#name1#」
「グ…」
「ちゃう、…そんな名前じゃない…」
もう、手放したりしない。
ぜったいに、この手をはなさない。
どんな手を、使っても。
おれの、 たいせつな
「おにい、ちゃん」
「グルッペン!!」
いもうと
20180713
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