19


雑渡さんにとてつもなく酷いことを言われた。私のことをずっとそんな風に思っていたのかと思うと悲しくて、悔しくて涙が出た。しくしくと泣きながら、テーブルの上に置いてあるレポート用紙を眺める。
グループワークでどうしても集まらないといけないことがある。それは、これからもあること。だけど、雑渡さんに言って心配を掛けるくらいなら言わなくてもいいと思った。本当に何も思っていない男の子。普段、話もしないような関係性なのに、まさかあんなに怒るなんて思わなかった。
翌日、約束の時間を過ぎても雑渡さんは迎えに来てはくれなかった。まぁ、昨日の今日だしね、とも思うけど、ここで会わなかったら次はいつ会うんだろう。このまま仲直りできずに別れてしまうのだろうか。だとすれば、それは不本意だ。
私は意を決して雑渡さんの家に行った。話をしないといけない。それで、謝って、雑渡さんにも謝ってもらいたい。でないと、絶対に後悔することになる。そう思った。
雑渡さんはリビングにはいなかった。だけど、玄関に靴はちゃんと置いてある。車の鍵もあるし、出掛けているような感じではない。ということは、まだ寝ているのだろうか。
一応ノックしてから私は奥の扉を開けた。リビングもさることながら、寝室もシンプルなもので、ベッドしか置いてない。私のベッドよりも少し大きなベッドで雑渡さんは寝ていた。私がこんなにも一晩悩んで全然眠れなかったというのに雑渡さんはすやすやと寝ているのかと思うと頭に来て、叩き起こしてやろうかと思った。だけど、それは出来なかった。雑渡さんはうなされていた。苦しそうに息をしているし、泣いている。どうしよう、これは起こした方がいいんだろうか。起こした方がいい…よね、うん。私なら嫌な夢の時は起こして欲しいもの。
雑渡さんを揺さぶると、すぐに目を開けた。しばらく呆然としていたけど、私と目が合うなりぎゅっと抱き締められる。


「なまえ…なまえ…っ」

「はい。おはようございます」


雑渡さんは震えていた。まだ息が荒い。
よしよしと頭を撫でると、雑渡さんは次第に落ち着きを取り戻していったのか、いつもの調子に戻っていった。


「…あれ、何でここにいるの?」

「だって、約束の時間を過ぎてるのに来ないから」

「来ないからって…昨日、喧嘩しなかったっけ?」

「しましたね。でも、約束は約束なので」

「あぁ、そう…」


雑渡さんは溜め息を吐いた。さっきまでの弱々しい感じはどこにいったのだろうか。切り替えが速すぎる。
怠そうに雑渡さんは時計を見た後、私の顔を見てまた溜め息を吐いた。本当に怠そうに。これはあまりにも失礼な態度なのではないだろうか。頭に来た私は雑渡さんに馬乗りになってやる。昨日の文句を言ってやろうと思ったのだ。顔の横に手を突くと、雑渡さんはギョッとした顔をした。


「えっ、ちょっと…」

「雑渡さん!もう、話をしないと解決しませんよ!?」

「分かった。分かったから…」

「全然分かってないでしょ!?」

「いや、分かったって。だから、退いて」

「本当でしょうね!?」

「本当だから退いて。この体制は流石にまずい…」

「この体制…?」


はたから見たら私が雑渡さんを襲っているように見えるかもしれない。それも、ベッドの上で。身体が密着している。普段密着しないような所が。
急に恥ずかしくなって、私はベッドから飛び降りた。


「ぎゃあっ!」

「わぁ、色気のない悲鳴が出たね」

「ち、ちちち違いますからね!?」

「はいはい。でも、以後気を付けて。特に私以外の男にしようものなら…言わなくても分かっているだろうね?」

「しませんよ!こんなこと!」

「あ、そう」


雑渡さんは怠そうに欠伸をしてから立ち上がった。そのまま二人でリビングに行く。雑渡さんの髪はスプレーで固められたまま乱れていて、昨日お風呂に入っていないことがよく分かる。きっと、あのまま寝たんだろうな。
煙草を手にした雑渡さんはまた溜め息を吐いた。


「で?話ってなに」

「謝って下さい!」

「私が?」

「そうです!昨日のは酷過ぎます!」

「あぁ…」


煙を吐きながら雑渡さんは怠そうに返事をした。まさかこの人、昨日私に言ったことを覚えていないのだろうか。
またムカムカしてきていると、雑渡さんは私を睨んだ。


「なまえの方こそ、言うことがあるんじゃないの?」

「それは…っ、内緒で男の子を家に入れたことですか?」

「他に何があるの」

「確かに悪かったかなとは思いますけど…でも、雑渡さんが気付かなければいいかなとも思っていたというか…」

「それ、浮気する時に考えるやつだよ」

「そうなんですか?」

「いや、知らないけど。そうでしょ?」

「違います!」


浮気のつもりで家に人を入れたつもりなんてない。私には雑渡さんがいるのに、浮気なんてするつもりは絶対にない。私がそう言うと、雑渡さんは短く返事をして黙った。
お互い、とても仲直りをする態度ではない。だけど、仲直りをここでしておかなければいけないということは少なくとも私は分かっていた。
雑渡さんはしばらく黙った後、怠そうに謝ってきた。


「昨日は言い過ぎた」

「それが謝る態度なんですか!?」

「なまえも人のこと言えるの?」

「それは…っ、まぁ…で、でも。私、これからも集まりには参加しますからね?一応、これからは言いますけど…」

「なに。喧嘩売ってるの?」

「だって学校の課題なんですよ?仕方ないじゃないですか」

「そう。何が仲直りだ、馬鹿らしい…」


雑渡さんは煙草の火を消して立ち上がった。そのままバスルームに消えて行ってしまった。取り残された私は、どうしたらいいのか必死に考えた。考えて考えて考えたけど、どうしたらいいのか分からない。だって、私は別に好きで男の子と一緒のグループになったわけでもなければ、好きで家に招いたわけでもない。ただ、ジャンケンで負けただけだ。本当にただそれだけだ。
雑渡さんだって仕事で女の人と関わることがあるだろう。なのに、どうして私ばかり責められないといけないのか。私だって雑渡さんに女の人の影が見えることは不安だし、凄く嫌だ。だけど、ずっと我慢してきた。雑渡さんは私を愛してくれているからとずっと自分に言い聞かせてきた。なのに、どうして雑渡さんは一方的に私を責めるのよ。
また涙が出てきた。もう、駄目なのかな。これで終わりなのかな。人と付き合うってこんなにも難しいことなのかな。
私が泣いていると、雑渡さんが戻ってきた。私が泣いているのを見てギョッとした顔をした後、立ちすくんでいた。私は私で、もう泣くことしか出来ず、何も言葉が出なかった。


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