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「そんな、いりませんよ。私、お金ないし…」

「だから、そんなこと気にしなくていいって」

「でも、そう言っていつも雑渡さんに出してもらっているので申し訳ないというか…流石に金額が大き過ぎるというか…」

「それより、これ使いやすそう?」

「まぁ、2ドアで冷凍庫も野菜室もも大きいので…」

「よし、決まりね。はい、次」

「えっ、いや、待って。え、決定!?決定したの!?」


なまえはまだ私が支払うことに対して抵抗がある様子だった。それはデートでも日々の食費でもそうなのだから、流石に大型家電は抵抗どころの話ではないのだろう。


「あの冷蔵庫40万でしたよ!?」

「それ、高いの?」

「どう考えても高いでしょ!」

「相場が分からないから何とも言えないけど。まぁ、どうせ長く使う物なんだし、性能がいい方がいいでしょ」

「そうかもしれませんけど…」

「何度も言うけど、私はなまえに対してお金を掛けることは嫌ではない。というか、本当はもっと掛けたいと思っているし、もっとねだって欲しい。その方が仕事に対する意欲も上がるし。おまけに今買っている物は私も使う物なんだから、なまえがそんな気にする必要は絶対にない。分かった?」

「う…」

「それに、今夜も頑張ってもらうわけだし?」

「はい…はい!?」

「いや、楽しみ楽しみ」


肯定はしないけど、否定もしないなまえを連れてフロアを移動する。後は何を買うんだっけと考えていると、背後から声を掛けられた。振り返ると面倒くさい男が女を連れて立っていた。何ヶ月か前にすれ違った時とは別の女だ。相変わらず、見た目だけの作ったような顔をした女。こいつ、こういうのが好きなんだろうな。私は絶対に嫌だけど。


「…あぁ、久しぶり」

「珍しいな、こんな所で」

「まぁ、ちょっとね」


照星が隣にいたなまえをまじまじと見ていることに気付き、咄嗟になまえを背後に隠す。言われることは分かっている。どうせ、若い女に手を出してとか言うつもりだろう。
面倒だった私は話を切り上げて早急にこの場から離れたかった。だが、残念なことに照星は既に見つかっているなまえに話し掛けてきた。そうすることで私が逃げられなくなることを理解した上で間違いなくやっているのだろうから、こいつの性格の悪さを改めて思い知らされる。


「はじめまして、雑渡の友人で照星といいます」

「は、はじめまして…?」

「君は随分と若く見えるけど、今いくつかな?」

「19になりましたけど…」

「そうか、それはよかった。法的には問題なさそうだが…雑渡、お前、こんな若い子を連れて何をするつもりだ」

「お前には関係のないことだよ」

「そういうわけにはいかん。手を出すにしても相手は選べ」


ほらね、やっぱり言った。予想通り過ぎてうんざりする。
私と照星は長い付き合いだ。といっても、一度関係は高校生の時に絶たれている。照星は佐武に貰われていったから。大学も違うし、もう二度と縁がないと思っていたのに、まさか仕事を始めてから職場で再会するとは思わなかった。それも、まさかうちの顧問弁護士を二年目で任されるほど優秀になっているとは。
照星のことは嫌いではなかった。口うるさいけど、私のことを理解してくれていたから。だけど、照星の名字が佐武になってしばらくした頃から照星は変わった。見た目だけの女とばかり付き合うようになった。大抵すぐに別れる。まるで見た目しか取り柄のない私を間接的に馬鹿にされているような気がして、嫌気がさし、私から離れた。
照星とは考え方があまりにも違う。私は愛していない女とは付き合いたいとは思えないが、照星はとりあえず付き合ってみて惹かれれば結果オーライという発想をする男だった。だけど、結局好きにはなれずにすぐ破局する。結果として、高校では私は誰とも付き合わない遊び人、照星は誰とでも付き合う遊び人と言われていた。どっちもどっちだ。どちらも歪んでいる。それでも照星がまっとうな職に自分自身の力で就くことが出来たのは他でもない佐武のお陰なのだろうし、それ自体はよかったと思っている。
が、私の女に気安く近寄らないで欲しい。間違いなく照星は遊びで私がなまえと一緒にいると思っているのだろう。


「お前になまえのことを言われる義理はない」

「なまえ?そうか、またなまえか」

「うるさい。お前がとやかく言う話ではないから」


私は昔からなまえという名の響きに何故だか惹かれた。名前だけで抱いた女もいたくらいだ。だけど、どうしても違うと思い知らされて、それもやめた。それはそうだ、だって私が欲しているなまえはこの子だけなのだから。
私が照星と話をしていると、照星の連れの女がなまえに話し掛けていた。あからさまに困った顔をしていることに気付いた私はなまえの手を取り、その場から慌てて離れた。
気分を変えたくて煙草が吸いたかった私は休憩がてらカフェに入ることにした。席に座るなり煙草を口にするとなまえは困ったような顔をして笑った。


「何というか、仲のいいお友達なんですね」

「照星が?いいや、全然」

「あの人、雑渡さんのことを心配してそうでしたよ?」

「どこが」

「分からないんですか?」

「全くもって分からないし、分かりたくもない」


照星が私を心配している?馬鹿にしているの間違いだろう。照星とはもう終わった仲だ。もう仕事以外では繋がりがない。連絡先すら、もう知らない。たまにこうして偶然会っては言葉を交わす程度の関係性でしかない。
そういえば、なまえは照星の女から何を言われたのだろうか。恐らくロクなことではないだろうが、気になってなまえに聞いてみると、とても言いづらそうな顔をした。


「その…雑渡さんがかっこいいねって。別れたら紹介してって…そう言われました」

「気色悪い…」

「そこまでは言いませんけど…そんなことを言うなんて、照星さんと上手くいってないんでしょうか」

「さぁね。そうなんじゃないの?」


ここまでがワンセットみたいなところがあるから。高校の時はいつもいつも照星と別れた女は大概私と関係を待ちたがった。馬鹿じゃないのかと心底軽蔑したから誘いには絶対に乗らなかったけど。どういう神経をしているのか疑わしい。だから女は嫌いなんだ。どいつもこいつも気色悪い。
私が嫌なことを思い出してイライラしているのを察してか、なまえは私の手を握りながら困ったような顔をして笑い掛けてきた。そうだ、せっかくのデート中なんだ、ましてや同棲に必要な物を買いに来ているんだ。さっきまであんなに楽しかったんだ、照星なんかに掻き乱されたりしたくない。


「ごめんね、迷惑を掛けて」

「迷惑ではありませんけど…」

「そうだ。後はシーツだったね。あぁ、電子レンジは?」

「私、オーブン持ってますよ」

「なに、オーブンて」

「グラタンとかピザのチーズがトロトロになるやつです」

「何それ。あ、夜はグラタン食べたい」

「じゃあ、食材も買って帰りましょう」

「うん」


食材を買い込んで車に乗せる。こんなに車に物を積んだのは初めてのことだ。どれも新しい生活のために買った物。二人で生活するために二人で選んだ物。物に執着心のない私でもこれは大切にしてしまうかもしれない。
私には親も友人もいない。だけど、別なまえがいてくれるから別に寂しくはない。ほんの少し胸が痛むのは気のせいだ。そう思うことにして、家路へと車を走らせた。


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