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「お前さぁ、酒弱いんだから飲むのやめなよ」

「だって!課長の一人勝ちじゃないですか!」

「なにが」

「課長には彼女がいるのに、モテてモテて…狡いです!」

「知らないよ、そんなこと」


というか、迷惑だよ。未だに声を掛けてくる奴は何を考えてるんだろうか。彼女がいると会社中の噂になっているのに、どうしてまだ平然と誘ってこれるのか。どんな神経をしているんだろうか。信じられないし、面倒だからやめて欲しい。
会社の飲み会は好きではない。というか、嫌いだ。男女問わずに睨まれるわ、小言を言われるわ、誘われるわ。逐一相手にしきれなくて、早々に帰りたくなる。
尊奈門を適当にあしらって人混みから離れる。あー…帰りたい。なまえに会いたい。せっかくの週末なんだから夜更かしして、一緒に寝たい。というか、今日本当に唐揚げだったらどうしよう。せめて残しておいて欲しいなぁ…
そんなことを考えていると、佐茂が話し掛けてきた。


「よぉ、色男」

「話し掛け方がウザい」

「何だよ、機嫌悪いな」

「もう帰りたい」

「もう終わりになるだろ?」

「だといいんだけどねぇ…」


多分、尊奈門が潰れる。それを処理しないと帰れないだろうな。いつもいつもいつもいつもあいつは本当に…
私が溜め息を吐くと佐茂は苦笑いした。お前の所はいいね、部下が有能で。一人も新人残らなかったけど。まぁ、うちも三人しか残らなかったけど、これでも残った方だろうし、みんな忍軍にいた奴らだから辞めないだろう。多分。


「彼女と上手くいってんのか?」

「まぁね。もうすぐ同棲するし」

「同棲!?」

「なに?何か文句でもある?」

「いやー…本当に惚れ込んでんだな。お前が同棲か」

「まぁね。ただ…」

「何か問題でもあるのか?」

「いや、別に。ただ、心配ばかり掛けているなと思って」


私が弱いばかりになまえを不安にさせてしまった。だけど、どうして言えようか。私が前世で潮江くんを殺そうとし、その結果なまえが死んだなんて。ましてや、なまえは前世のことなんて何一つ覚えていないのに。
なまえは随分と私のことを理解してくれている。それ自体は喜ばしいことだったはずなのに、ほんの少しの隠し事も難しくなってきている。このままでは、いずれバレてしまう。その前に解決しないといけない。だけど、どう解決したらいいのか分からない。どう立ち回っても、最悪の未来しか見えてこない。それだけは回避しないとまたなまえを失う。


「天下の組頭様も相変わらず恋には疎いってことか」

「なに、その天下の組頭様って」

「そのまんまの意味。お前、昔からそんな感じなのか?」

「え…お前、まさか私を知っているの?」

「知ってるに決まってるだろ?お前を城で知らない奴なんて一人もいなかったぜ?忍び組頭が色に溺れたって女中が泣いていたなぁ。お陰でお溢れを貰えたわ、俺。ありがとな」

「いや、それ私関係ないじゃない。というか、佐茂も私のことを知っていたんだ…悪いね、お前のこと覚えてなくて」

「面識ねぇからな。佐茂有南の息子なんだよ、俺」

「あぁ、あの鉄砲隊の…」


成る程、佐茂有南の息子か。確かに面識はない。そして、会社に佐茂という名はこいつしかいない。ということは、佐茂有南は別の所で仕事している、もしくは死別しているということか。何にしても、よくこの激務に耐えるだけの根性があるものだと思っていたが、それは辞めないはずだと思った。


「親父の会社さ、実は先月うちの会社と合併したんだよ」

「えっ」

「ほら、小さい町工場買い取っただろ?あれだよ」

「あぁ、あの…それは悪かったね」

「いや、別に?あの通り昔からポンコツだからさぁ、親父」

「それは息子の前では何とも返答し難いね」

「それ、もう返答になってるから」


豪快に佐茂は笑った。そうか、こいつは私が誰だか分かった上でこうして話をしてくれていたのか。過去を恨むこともなく、媚びることもなく、ただただ同期として接してくれていた。成る程、この会社にも私の味方がまだいたとは。
佐茂になら話しても害はないだろうと判断した私は潮江くんのことを全て話した。佐茂は過去にあったことも含めて心底驚いた様子だったが、いつもの軽い口調で返答した。


「全部彼女に話せばいいんじゃねぇの?」

「はぁ?何も覚えていない上に私が嫌われるようなことをあえて話せと?なに、お前、私たちを別れさせたいの?」

「そんなこと思ってねぇよ、俺は」

「俺は?」

「兎にも角にも、このままお前一人で抱えきれる問題でもないだろ?どのみちバレるなら早い方がいいって、絶対に」

「お前は相変わらず楽観的でいいね…」


この前向きさが羨ましい。なまえに全て話してしまうことが出来るのならどれほどいいか。一人で抱えるにはあまりにも重すぎる。だけど、そもそも信じて貰えるかも疑わしい。仮に信じたとして、受け入れて貰えるかも分からない。僅かに受け入れて貰える可能性があったとしても、ごく僅かな可能性だろう。私から離れていってしまう確率の方がずっと高い気がする。だとすれば、敢えて話す必要性はない。そんな博打打ちは私にはできない。なまえを失うくらいなら、私が一人で苦しむ方がずっとマシだ。
溜め息を吐くと、遠くで尊奈門が倒れたのが見えた。あぁ、やっぱりね。もう恒例行事化している。


「悪い。もう行く」

「雑渡」

「なに」

「彼女のこと、もっと信じてやれよ。彼女はずっとお前がちゃんと話をしてくれるのを信じて待ってると思うぜ?」

「さぁ、どうだか。考えておく」


佐茂はいい奴だ。だけど、私にはあまりにも眩し過ぎる。
尊奈門の所に行く前に話し掛けられた。振り返るともう名前も思い出せないが、私が最後に遊びで抱いた女がいた。


「課長!この後、話があるので時間をください!」

「私にはない」

「目を覚まして下さい!」

「は?」

「課長には彼女はあまりにも若過ぎます!あの子よりも私の方が課長を理解し、支えられます!私を選んで下さい!」

「万が一にもそうだとして、私がお前を好きになる可能性は僅かにもない。私はお前のような癇癪持ちの愚かな女は好きにはなれない。人を見掛けで判断するような低俗な女を側に置くくらいなら、生涯一人でいた方が遥かに有意義だ。金輪際、話し掛けてくるな。見ていて吐き気がする。失せろ」

「課長!私…諦めませんから!」


話にならない。面倒ごとの前に面倒ごとを片付ける羽目になった。いや、もう放っておけばいいか。本当、面倒くさい。
尊奈門を介抱し、無理矢理タクシーに乗せて私も帰宅する。酒も大して飲んでいないし、食事に至っては口にもしていない。空腹と苛立ちでおかしくなりそうだった私は冷蔵庫を祈るように開けた。どうか唐揚げがありますように、と。しかし、残念なことに冷蔵庫は空だった。
なまえに文句の一つも言いたくなって、寝室のドアを乱暴に開けたが、ベッドには誰もいなかった。合鍵を使ってなまえの部屋に入ったが、そこにも誰もいない。時計を見ると深夜1時過ぎ、遅めの夕飯というわけではないだろう。
そう。私、出掛けるなんて何も聞いてないんだけど。人が嫌々仕事の飲み会に参加しているというのに、無断でなまえは出歩いているのかと思うと流石に頭に来た。深夜だろうが知ったことか。携帯でなまえに電話を掛ける。長い長い呼び出し音を聞いた後、ようやく応答があった。


「なまえ!お前、いま何処にいる!?」

「なまえなら俺の家で寝ている」

「…どうして、君がなまえの電話に出るのかな?」

「さぁ?どうしてだろうな?」

「潮江…文次郎っ」


争いはどうやら避けられそうにもないようだ。もういい。君がそれを望むのなら、この勝負、受けて立とう。この私の女に手を出したらどうなるのか再び思い知らせてやる。


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