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テスト期間真っ只中だ。そして、雑渡さんも月末で忙しい。私は教科書を、雑渡さんはパソコンを睨んでいる。
お互い集中して、作業に取り組んでいるから無言だ。だけど、案外二人で別々のこととはいえ作業すると捗るものだ。雑渡さんは0時には仕事を終えることが出来た。


「あぁ、今月も終わったー…」

「お疲れ様です。もう寝ますか?」

「勉強みてあげようか?」

「いいんですか?」

「どうせ分からないんでしょ?」

「バレてましたか」


こうして雑渡さんは仕事が終わった後、毎日私の勉強を見てくれた。忙しいし、疲れているだろうに。だけど、その優しさが嬉しくて、つい好意に甘えてしまう。
英語を教えてもらい、おおよそのヤマを張ってもらう。


「大丈夫、いけるよ。絶対に単位は落とさないでよ?」

「はい。もちろん」

「四年で卒業してよね、本当」

「はい、分かってますから」


四年後、私は雑渡さんと結婚するのだろうか。雑渡さんはその気なのだろう。私だって雑渡さんと結婚できるのなら嬉しい。だけど、雑渡さんの気が変わってしまわないかな。
教科書にマーカーを引きながらぼんやりと思う。雑渡さんは私といて退屈ではないのかな、と。これだけ頭のいい人なのだから、きっともっと身の詰まった会話をしたいのではないだろうか。私は時事問題も詳しくないし、むしろ苦手な方だ。だから、雑渡さんは政治経済の話は私には決してしてこない。分からないと思っているのだろうし、事実として分からないからぐうの音も出ない。


「なんか、つまらないこと考えてるでしょ」

「バレましたか」

「分かるよ、なまえの顔を見ていたら」

「雑渡さん、私といて退屈じゃないのかなぁと思って」

「退屈?どうして」

「私、頭が悪いから。申し訳ないです」


私が雑渡さんのように新聞を読んでも雑渡さんほど深くは理解できないだろう。私が新聞で一番目を通す欄がテレビ欄の時点で残念なことだ。
雑渡さんは溜め息を吐いた。至極不快そうに。


「つまらないことを考えないでくれる?」

「そうですか?」

「そうだよ。というか、集中してないでしょ」

「バレましたか」

「はぁ…じゃあ、もう終わりにしよう。続きはまた明日」

「休みの日くらい、出掛けたいです」

「勉強が第一でしょ。ケーキくらい食べに連れて行ってあげるから、ちゃんと週末は勉学に励みなさい」

「はぁい…」


思わずしゅん、としてしまう。せっかくの夏なのだ。海にもプールにも行きたい。あと、水族館。ペンギンが見たい。
雑渡さんは寝ようと言って寝室にさっさと行ってしまった。


「ねぇ、雑渡さん」

「なに」

「雑渡さんは夏休みってあるんですか?」

「流石にあるよ、お盆休みくらい」

「じゃあ、たくさん一緒に過ごせますね」

「そうだね」


私が笑い掛けると、雑渡さんも微笑んでくれた。
手招きされるがままに雑渡さんの腕に抱かれる。そのままベッドに押し倒されて、唇を喰まれた。舌を絡められ、そして絡め返し、深い深いキスをする。唇が解放されると髪を撫でられ、額に優しく唇を落とされた。そして、首筋を吸われる。ぞくりと身体が震えた。この後されることも、与えられるであろう快感も嫌というほど理解しているから。
そっと雑渡さんの頬に手を伸ばす。雑渡さんは幸せそうに目を伏せて笑いながら手を重ねてくれた。そして、合わせられた目があまりにも熱くて、身体がじわりと疼いた。


「随分と俗的に染められたものだ」

「誰がそうしたんですか」

「もちろんだ私だよ。他は許さない」


パジャマに手をかけられ、ゆっくりと身体が露わになる。舌先で舐められ、熱いものを感じた。
私はこの人ともう何度こうして身体を重ねたのだろう。雑渡さんの手つきも、与えてくれる快感も全て覚えているのに、こうしていつまでもドキドキしてしまう。気持ち良くて、愛されていることが幸せで、未だに泣きそうになる。


「あっ、や…っ」

「はぁ…まだ慣れないよ、私は」

「なに…?」

「なまえの中、気持ち良過ぎておかしくなりそう」


苦しそうに息をしながら雑渡さんは腰を振った。気持ちいいし、雑渡さんの吐息が熱くて私もおかしくなりそうだ。
雑渡さんは凄く忙しい。最近、経営の勉強を始めたこともあって、家でも仕事のことを考える時間が増えた。だけど、私が話し掛けると必ず振り向いてくれるし、必ず答えてくれる。優しい顔で。それが私は凄く嬉しかった。大切にされていると伝わってくるから。こうして雑渡さんと身体を重ねている時は私のこと以外は見ていない。雑渡さんの時間を独り占めできることが凄く幸せだった。
だから、私はせめてテストでいい点数を取ろう。雑渡さんの生活を支えてあげよう。そう思った。私は難しい話は出来ないし、お仕事の役にはたてない。だけど、雑渡さんが家ではリラックス出来るように環境を整えてあげたい。そして、それで私に少しでも価値を見出してくれるのなら、嬉しい。雑渡さんに一緒にいてよかったと思ってもらえるように私は私なりに努力していこう。
私が一人そんな決意をしていると、雑渡さんが怪訝な顔をした。はっきりと不快であると言わんばかりに睨まれる。


「…なんか、またつまらないこと考えてるでしょ」

「バレましたか」

「あのね…っ、いい度胸じゃない」


足を抱えられて奥を突かれる。情事は激しさを増していき、あっという間に視界が真っ白になった。肩で息をしていると、雑渡さんは嫌そうに溜め息を吐いた。


「あー…もう…っ」

「雑渡さん?」

「…私に抱かれている時くらい、私だけを見てよ」

「見てますよ?」

「嘘つき。つまらないことを考えていたくせに」

「ふふ。雑渡さんって本当に私が好きなんですね」

「何を今さら」

「よかった。私も大好き」


ぎゅっと雑渡さんに抱き付き、考えていたことを伝えると雑渡さんはまた溜め息を吐いた。とても嫌そうに。
そして、つまらないことを考えるんじゃないと怒られた後、二人で抱き合って眠った。テストが終わったら夏休みだ。たくさん雑渡さんと一緒に過ごそう。雑渡さんのことをたくさん知って、もっと雑渡さんのことを好きになりたい。そして、私のこともたくさん知ってもらって、雑渡さんにもっと好きになってもらいたい。こんな風に人に愛され、そして愛することが出来るのはとても幸せなことなのだから。


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