雑渡さんと一緒! 13


雑渡さんと話をすればするほど、どんどん雑渡さんの顔は曇っていった。そして、雑渡さんの悲痛な声が聞こえる気がした。一人にしないで、と。
私は雑渡さんを見ているようで見ていなかった。本当はこんなにも弱い人だった。こんなにも誰かから必要とされていることを望んでいるとは思わなかった。少しずつ雑渡さんの考えていることが分かっていく。本当は雑渡さんはずっと誰かを愛したかったのではないだろうか。誰かから愛されたかったのではないだろうか。誰かに理解して欲しかったのではないだろうか。本当は寂しかったのではないだろうか。
これは私の想像に過ぎない。だけど、雑渡さんは私に突き放して欲しいと言うのに、表情は私に受け入れて欲しそうに見えた。困った人だな、と思った。まるで子供のよう。


「雑渡さん。私、まだお願いがあるんです」

「…まだあるの?」


うんざりとしたように雑渡さんは言った。もう楽にして欲しいと、そう言いたそうな顔をしていた。
楽になんてしてあげない。私は昨日のことは絶対に許さない。あんな感情的な告白なんてしたくなかったのだから。初めての告白はもっと笑顔でしたかったし、それを笑顔で受け入れて欲しかった。だから、私は絶対に許さない。


「雑渡さん、もっと自分を好きになって下さい。ちゃんと自分のことを認めて下さい。自分を受け入れて下さい」

「…悪いけど、それは無理な頼みだ」

「どうしてですか?」

「なまえの言う通り、私は自分が好きではない。認めてもいないし、受け入れることなんて私には到底出来ない…」


そう言って雑渡さんは目を伏せた。
本当に仕方のない人。雑渡さんが自分を認められないのなら、私が認めるしかないじゃない。雑渡さんが自分を受け入れられないのなら、私が受け入れるしかないじゃない。


「雑渡さんは自分を好きにはなれませんか?」

「そうだね、無理だ。私には無理な話だ」

「そうですか。だったら、代わりに私が雑渡さんを好きになります。あなたの全てを受け入れられるよう強くなります」

「…待って。どういうこと?」

「好きです。私、雑渡さんのことが好き」


そう言うと、雑渡さんは驚いた顔をした後、戸惑ったように額に手を当てた。私のことがよく分からない、とでも言いたげな目で私をじっと見ている。その気持ち、よく分かりますよ。私も雑渡さんのことが分からなくて悩んだことがあったから。そして今だって、まだ少し疑っている。
答えを得るために私は雑渡さんの胸に手を当てた。雑渡さん、すごくドキドキしている。壊れそうなほど鼓動が早い。


「な、何をして…」

「雑渡さん、私と出掛けた時もこのくらいドキドキしてましたか?私にどうやって好かれようか悩んでくれましたか?」

「そんなの、当たり前じゃない…」

「よかった」


ぎゅっと雑渡さんを抱き締めると、雑渡さんは戸惑ったような声を出した。だけど、しばらくしたら抱き返してきてくれた。初めて会った時みたく確かめるように。
そして、雑渡さんは深い息を吐いた。それが呆れや苛立ちからではなく、自分を落ち着かせるためのものだと分かる。


「私はね、言っておくけど嫉妬深いよ」

「もう知ってます」

「それに、独占欲の塊のような人間だ」

「そうでしょうね」

「私は自分のいい所なんて何一つ知らない」

「それは問題ですね」

「だけど、なまえと一緒にいたら知れるかもしれない。だから、私と付き合って欲しい。ずっと私の側にいて欲しい」


抱き締められていた力が強くなった。どうか自分を受け入れて欲しいと言わんばかりに。
いつか、どこかにいる王子さまが私を迎えに来てくれる。私だけを愛してくれる、運命の人。その人さえいれば他に何もいらないと思える程に愛しい人がこの世のどこかにきっと、いる。ずっとそんな夢みがちなことを考えていた。
そして、出会えた。私は雑渡さんに愛された。初めに想像していたような人ではなかったけど、心から愛しいと思える人に出会うことが出来た。こんなにも幸せなことはない。


「雑渡さん。私、案外欲張りなんです」

「へぇ?」

「だから、絶対に浮気なんてしないで下さいね。雑渡さんはずっと私だけを見ていてくれないと嫌ですからね?」

「浮気なんて私に出来るはずがない。こんなにもなまえが好きなのに。どちらかと言うとなまえの方が心配だよ」

「文次郎のことですか?」

「…お前は度胸があるね。私の腕に抱かれていながら他の男の名を口に出来るとは。褒めてやろう。なまえは大した女だ」


ぎう、と頬をつねられた。すぐに頬は解放されたけど、ヒリヒリと痛む。私が酷い酷いと騒ぐと、雑渡さんは笑いながら優しく指で頬を撫でてくれた。そのまま指はゆっくりと唇をなぞり、思わずドキリとする。
雑渡さんは熱を帯びた目をしていた。その大人の男性の色気に満ちた顔があまりにもかっこよくて私がふるふると震えていると、雑渡さんは少し悲しそうに笑った。


「…ごめん。怖い?」

「いいえ」

「だって、震えているよ」

「雑渡さんのことが素敵だなと思っただけです」

「それはどうも」

「私、雑渡さんの笑った顔が好きです。本当に嬉しそうに、幸せそうに笑うから。表情で気持ちを伝えてくれるから」

「…それは初めて言われたな」

「あっ。雑渡さんも私と一緒にいながら他の女の人のこと考えているじゃないですか。人のこと言えませんからね」

「今のは不可抗力じゃない?」

「いいえ。許しませんからね」


私はそっと雑渡さんと唇を合わせた。恥ずかしくてすぐに離れていこうとしたけど、雑渡さんは足りないと言いたげに私を抱き締めてキスしてきた。やっぱり舌を絡められたし、昨日よりもずっと長いキスだった。息が苦しくなってきた頃、解放され、呼吸を整えているとまた深く吸われた。
好きだよ、と雑渡さんに優しく笑い掛けられ、私が笑い返すとまたキスをして。お互いの気持ちを確かめ合うように唇を重ねた。雑渡さんのキスは凄く激しかったけど、昨日したものとは違って、凄く優しいものだった。


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