雑渡さんと一緒! 14


「うわぁ…っ、こ、これ…食べてもいいんですか?」

「どうぞ」

「嬉しい。いただきます」


なまえと付き合うことになった翌日の昼過ぎ、誕生日を祝うためになまえが行きたいと言ったカフェに来た。運ばれてきた三段になっている皿の上には苺をメインにしたスイーツが乗っていた。それを見るなり感嘆の声をなまえはあげ、嬉しそうに笑いながら手に取る。あまりにも喜ぶものだから、連れてきて良かったと思った。
なまえはスッと皿を差し出してきた。上には小さなハンバーガーと中身のよく分からないパイが乗っている。


「はい、これは雑渡さんの分」

「私、甘い物は食べれないんだって」

「これは普通の食事ですよ?」

「本当だろうね?違ったら帰りの運転に支障が出る」

「本当ですって。アフタヌーンティーなんだから」


そんな知らない文化を口にされても納得はし難い。確かに軽食を摂るには良い時間だったが、万が一にもこれがハンバーガーを模したケーキだったら明日から寝込むかもしれない。
まじまじと見つめてから口に入れると、本当にハンバーガーとベーコンのパイだった。思いの外、美味しい。


「何で普通の食事も乗っているの?」

「アフタヌーンティーだから?」

「説明としては不十分なんだけど」

「それより、野菜のジュレも食べます?」

「絶対に要らない」


色味こそ綺麗だが、どう見ても野菜だ。生野菜なんて極力口にはしたくない。私の偏食を治すとなまえは息巻いていたが、流石に生野菜は無理だろう。手の加えようがない。
なまえが作ってくれるご飯はどれも美味しい。昨日、あんなにも野菜を出されたのに、この私が全て食べることができたのだから。それは私がなまえを好きだからそう感じるのか、それとも本当になまえは料理の腕が立つからなのか。きっと、どちらもなのだろう。何にしても、心だけではなく私の胃袋まで掴んでくるのだから本当に恐ろしい子だと思った。


「ところでさ、何でこれがよかったの?」

「はい?」

「普通、誕生日といえばショートケーキとかじゃない?」

「あぁ、そうかもしれないですね」

「なのに何でアフタヌーンティーにしたの?」

「だって、そうしたら雑渡さんと一緒に食べられると思って。雑渡さんと一緒に美味しい物を共有したかったんです」

「…お前は本当に恐ろしい子だね」


胸がきゅうっと締め付けられるような感覚に陥る。どうしてなまえはこんな可愛いことを平然と言ってのけるのだろう。こんなことを言われてなまえを好きにならない男がいるのだろうか。いや、いないだろう。
きっと、なまえは特に計算して言っているわけではないのだろうが、それがまた余計に怖い。他に愛想を振り撒いてもらうわけにはいかない。他の男と争ったら多分私は負ける。
なまえに自分を好きになって、認めて欲しいと言われた。多分、無理だと思う。幼少の頃からの環境も相まって、この考えはきっと生涯変わらないだろうと思っている。だけど、一人では息苦しいこの世界もなまえといられるのなら楽しいと感じることが出来る。私が生きることに意味をもたらしてくれる。なまえと出会うことが出来て私は本当に幸せだ。なまえは過ちを犯したにも関わらずこうして私の側にいてくれ、心を差し出してきてくれる。私の心を掴んで離さない。


「はぁー…美味しかったぁ」

「凄いね。結局、全部食べた。気分悪くないの?」

「むしろ幸せですが…明日から痩せないとですね」

「どうして?」

「間違いなく太ったから」

「いいじゃない、別に」

「よくないです。雑渡さん、スタイルいいのに」

「別に私はなまえが健康なら何キロでも構わないけど」

「本当ですか?100kgを超えても?」

「それで体調を崩さないのなら、何か問題ある?」

「大有りですよ!どんな価値観しているんです!?」

「だって、なまえはなまえじゃない」


体型が変わろうとも私の好きななまえであることには変わりない。優しくて、思いやりがあって、純粋で、だけど芯は強い。私の大切な女の子であることには変わりない。
ジャケットのポケットから小箱をなまえに差し出す。


「何ですか?これ」

「誕生日プレゼント」

「えっ。そんな、別にいいのに…」

「よくない。少なくとも、潮江くんに出し抜かれたことは未だに根に持っているからね、私は」

「いや、出し抜かれたって…」

「事実でしょ。本当、私はお前が浮気しないか心配だよ」

「しませんよ、失礼な…えっ」

「うん?」

「雑渡さん、これ…」


小箱に入っている指輪を見てなまえは驚いた顔をした。左の薬指に挿れるとサイズもピッタリで安心する。
まじまじとなまえはしばらく呆けた顔で指輪を眺めていたけど、急に何かに思い至ったようで、慌てて指輪を外そうとした。私はなまえの左手を握り締め、それを制止する。


「駄目。それは絶対に外さないで過ごして」

「こ、これは頂けません」

「どうして」

「私、まだ大学生なんですよ?結婚は早いというか…」

「結婚?…あぁ、それはただの男避けだよ」

「…男避け?」

「だいたいね、私がプロポーズでそんな安物をなまえに用意するとでも思っているの?心外なんだけど」

「安物って…これ、ダイヤですよね?プラチナですよね?」

「そうだね。普段使いに丁度いいサイズのダイヤでしょ?」

「ひぇ…っ」


悲鳴に近い声を出したなまえの左手を両手で包む。なまえの小さな手は私の手で覆い隠されたが、私の冷たい指先を温めてくれる。この小さな手が私を光へと導いてくれる。
どうか、私の側からいなくならないで。そして、誰も私からこの子を奪わないで。私はなまえでないと駄目だから。


「いつか、この指に結婚を約束する物を贈らせて欲しい」

「い、いつかって…」

「だって、今渡しても断るんでしょ?」

「私は卒業するまで結婚は出来ません」

「えっ、そんな先なの?」

「当たり前です。待てませんか?」

「いや、待つけどさぁ…」


本当は今すぐ結婚したいくらいだけど、仕方がない。これはなまえと家族になるまで長期戦だな。まだ四年も先のこと。
それまではこの指輪に繋いでもらうしかない。だけど四年後には必ず私と揃いの指輪を身に付けてもらう。必ずだよ、となまえに言うと特に返答は貰えなかった。だけど、私は満足だった。なまえは嬉しそうに笑ってくれたから。


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