雑渡さんと一緒! 25
卵を溶きながら昨日のことを思い出す。何かとんでもなく恥ずかしいことをいっぱい言った気がする。好きとか気持ちいいとか、もっとしてとか…いや、気のせいだ。気のせいということにしよう。でないと、雑渡さんの顔が恥ずかしくて直視出来ない。そうだ気のせいだ。
雑渡さんが朝ごはんをどのくらい食べられる人なのか分からなかったし、家の冷蔵庫には大した物が入っていなかったから簡単な物しか作れなかったけど、一応は完成した。
雑渡さんが起きてくる気配はない。昨日起こしてと言われたけど、何時に起こすのが正解なんだろうか。あまり早く起こすのも可哀想な気がして、しばらく待ってみることにしたけど、雑渡さんは10時を過ぎても起きそうにはなかった。
寝室のカーテンを開け、光を入れても雑渡さんは微動だにしなかった。安らかな顔ですやすやと眠っている。
「雑渡さん」
「………」
「雑渡さん、朝ですよ。10時ですよ」
「………」
「えっ。雑渡さんってば」
声を掛けただけでは全く変化のない雑渡さんをポンポンと叩いてみたけど、起きる様子がない。そんなことある?
ゆさゆさと雑渡さんを揺さぶると、やっと雑渡さんが声を出した。どう見てもまだ目は覚めていないけど、起こされることが迷惑だと言わんばかりに眉間に皺を寄せて唸り始めた。
「雑渡さん!ほら、起きて!」
「んー…」
「雑渡さん!雑渡さん!」
「うるさ…」
「もう。起こしてって言ったのは雑渡さんでしょ!?」
「あー…」
ようやく怠そうに目を開けた雑渡さんはぼんやりとした目で外を眺めた。今日はいい天気だ。お洗濯日和だし、シーツを洗ってしまいたい。色んな物がべったり付いているから。
しばらく寝惚けた顔で外を見ていた雑渡さんは急に起き上がった。あまりにも急だったから驚いて思わず座り込む。
「やばい!遅刻…っ」
「落ち着いて下さい?今日は日曜ですよ」
「日曜?あー…そうか…」
「起きました?」
「…はい」
「朝ごはん出来てますよ。もう冷めてますけど」
「ん…先に顔洗ってくる」
「ちょっと!服着て下さい!」
「あーはいはい」
怠そうに雑渡さんは服を着て洗面所に消えていった。
とりあえず冷めたご飯を温め直し、テーブルに並べていると、まだ眠そうな雑渡さんがソファに座った。私が動いているのをぼんやりと眺めている。珈琲を淹れるためにお湯を沸かし始めると、雑渡さんは煙草を吸い出した。煙を吐きながら楽しそうにくすくすと笑っている。
「そうか、そうだったね」
「はい?」
「昨日、したんだったね」
驚いて思わずカップを落としそうになった。恥ずかしいからわざわざ口に出さないで欲しい。そして、今思い出したのだろうか。そんなに寝起きは頭が動いていないのかしら。
珈琲を持って行くと雑渡さんは煙草を消して手を合わせた。
「昨日、可愛かったよ。いただきます」
「そんな枕詞いりません!」
「いや、だって本当に可愛かったもの」
「い、言わないで下さい…」
恥ずかしさに耐えられなくなってきて、珈琲を口にして誤魔化す。和食と珈琲の組み合わせはいかかなものだろうかと思わなくもないけど、雑渡さんは外食するといつも定食とお茶、珈琲を飲んでいたから、まぁ平気なんだろう。
お豆腐の味噌汁を飲みながら雑渡さんは時計を見た。
「まだ10時か…」
「まだ!?もう10時の間違いでは?」
「いや、休みの日にこんな早く起きるのは稀なことだから」
「付き合う前、10時に迎えに来てくれたじゃないですか」
「あぁ、あれ。頑張ったと思わない?この私がなまえと会うために早起きしたんだから。我ながらよく起きれたと思う」
偉い偉いと言いながら雑渡さんは玉子焼きに手をつけ始めた。大事そうに細かく割っているところを見ると、多分好きなんだろうな。普段の様子を見る限り、卵料理が特別好きってわけではなさそうだけど。
私も玉子焼きを一口食べて、お茶を飲んだ。
「雑渡さん、朝弱いんですね?」
「うん。低血圧でさ」
「はぁ…よく平日起きれてますね」
「部下に電話させてる」
「はい?」
「いや、だから部下に電話させて起きてる。目覚ましくらいではなかなか起きられなくてね。これから頼むね」
「えっ、私が起こすんですか?」
「他に誰がいるの」
食べ終わった雑渡さんは箸を置いて、珈琲を飲みながらのんびりと言った。私がこれから毎朝雑渡さんを起こすの?こんなにも寝起きの悪い人を?これからずっと?
私が露骨に嫌そうな顔をしたら雑渡さんは頼むよ、と言って苦笑いした。今日起こすだけで5分はかかったことを考えると、これからは予備の時間もみて10分は余裕を持って起きないといけないかもしれない。私は朝が弱いわけではないし、むしろ早起きな方だとは思うけど、ちょっと嫌だなぁと思ってしまった。同棲したら雑渡さんの嫌なところが見えるかもと思っていたけど、同棲する前から見えてしまった。だけど、仕方がない。朝が弱いのが雑渡さんだというのなら、私が受け入れてあげないと。ちょっと嫌だけど。面倒だから。
食器を洗っていると、雑渡さんは新聞と手帳を広げ始めた。カウンター越しに真剣な顔つきが見える。
「ふーん…そろそろ落とし所だな」
「お仕事ですか?」
「まぁ、そんなところ」
手帳に何ヶ所か株価を書き留めていた。その中に自分も知っている会社があって、何となく嫌な気持ちになって目を逸らす。あの人は今も偉そうにしているのだろうか。
結局、お昼近くになってから私たちは出掛けた。電気屋さんで大きな冷蔵庫を見たり、家具屋さんで衣装ケースを見たりした。そうだ、シーツも欲しい。洗濯のことを考えると絶対に一枚や二枚では足りないだろうから。雑渡さんの腕を引いて寝具売り場へ行こうとしたら、背後から男の人に声を掛けられた。私ではなく雑渡さんが。
「雑渡?」
「…あぁ、久しぶり」
ほんの少し雑渡さんは迷惑そうな、嫌そうな声を出した。それを聞いて男性は苦笑いをしたけど、その顔を見て雑渡さんはますます嫌そうな顔をして溜息を吐いていた。
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