雑渡さんと一緒! 42


玄関を開けると真っ暗だった。そして、靴もない。
つい先日夜に出歩くなとあれほど言ったのに…と思わず頭に血が昇った。苛々しながらなまえの携帯に電話を掛ける。どう言い訳しても今回はそう簡単には許さないから。
呼び出し音が耳元で鳴ると同時にリビングから着信音が鳴り響いた。疑問に思いリビングに行くと、携帯は充電器に繋がれている。なまえのリュックもソファに置いたままだ。キッチンには私が朝使った食器がそのまま置いてあるし、いつも綺麗になっている灰皿には今朝私が吸った煙草が二本入っている。つまり、家に一度帰ってきたけど、すぐに家を出た可能性が高い。携帯を置いていくということは短時間で戻るつもりだったのだろう。なのに、まだ帰って来ていない。
途端に動悸がした。なまえはどこに消えた?もう20時近い。何か事件に巻き込まれたか、それとも事故か。何にしても、なまえを探さないといけない。ただ、探すにしても手掛かりがあまりにもなさ過ぎる。私はなまえの交友関係も家族も知らない。知っているのは大学名と学部、学年のみ。こんな時間に大学に行くことはないだろうし、今日は別のキャンパスに行くと言っていたから大学絡みの可能性は低いだろう。となれば、最早どこを探せばいいのか検討もつかない。
少しでも手掛かりを掴みたくて、なまえの携帯を開く。ここ最近、毎日夕方に同じ番号から着信があるが、全て不在通知になっている。そして、掛け直したりはしていなかった。少し悩んだが、この番号の主がなまえに接触して来た可能性があると考え、藁にも縋る思いで電話を掛けてみることにした。せめてこの電話で何かしらの手掛かりが掴めるといいが、何の関係もなければいよいよ詰むことになる。
祈る思いで応答を待つと、相手が出た。携帯から男の静かで低い声が聞こえ、思わず身構える。


「…お前は誰だ?」

「それはこちらの台詞だ」

「私はなまえの…」

「彼氏、とでも言いたいのか」

「そうだ。なまえの行方が分からない。何か知らないか」

「知っている。それで?」

「なまえをどこにやった!?言え!」

「呆れたものだ。ロクな男ではないと思っていたが…それが人に物を聞く態度か。貴様がどういうつもりでなまえと一緒にいたのかは分からんが、俺は父親として貴様のような礼儀を知らない男は認めん。よって、貴様に話すことは何もない。こちらから言いたいことはそれだけだ。二度と関わるな」


電話が強制的に切られた。何度か掛け直したが、出る気はないようだった。
あれがなまえの父親。話に聞いていた通り、冷たい印象を受けた。だが、これは私にも落ち度がある。私はなまえの父親に同棲の挨拶をしていなかった。何度かなまえに話を持ち掛けはしたが、なまえは頑なに嫌がったからだ。
取り敢えず、なまえの安否は分かった。だが、どこにいるのかまでは分からない。恐らくはなまえの実家だろう。この広い日本のどこにあるのかも分からないが。
時間だけが過ぎていく。焦る気持ちが加速していく。なまえの両親について話題になったのは、あの時の一度限りだ。その後はどんなに聞いても嫌がって教えてはもらえなかった。似ているのかと聞いたら、嫌がっていた。興味本位で会ってみたいと思ったのが今となっては懐かしく、そして呑気にきっと似ているのだろうなと考えていた自分が腹立たしい。
ここで一つの仮説が浮かんだ。ふと見せる表情といい、性格といい、あの二人はどことなく似ている気がする。だが、名字が違う。親子という線は薄いだろう。しかし今は何も情報がない以上、気になったことは一つずつ潰していかねばならない。なまえを見つけるためには今出来ることをする必要がある。迷ってなどいられない。
私は慌てて職場へと戻り、書類を漁る。契約を締結したのが最近だったため、すぐに契約書類や基礎情報が出て来た。業種は卸売り、従業員は20人、資本金は1000万、創業日は…


「なまえ…」


創業日はなまえの誕生日だった。ただの偶然かもしれない。だけど、私はもう確定だと思った。あの二人は親子だ。
自宅の所在地を調べると、昨日出向いた会社の裏手だった。あの辺りは商業地で、道がかなり狭く、駐車場もない。タクシーを待つ時間も惜しかった私は慌てて駅に向かう。冷静に考えればタクシーの方が早かっただろう。だが、少なくともこの時の私は冷静ではなかった。なまえの居場所を早く掴みたくて、私は必死に走った。こんなに走るのなんて学生の時ぶりだ。息が苦しい。それでも、どうしても早くなまえの安否を知りたくて、必死に足を動かした。
ようやく目的の家に着いた頃には息をするのもやっとで、だけど、呼吸を整える時間も惜しかった私はチャイムを鳴らした。しばらくするとドアが開き、昨日ぶりに会う男が出て来た。私を見て随分と驚いた様子だったが、玄関になまえの靴があることに気付いた私は叫んだ。


「…っ、なまえ!」


私が叫ぶと、時間を空けずにドアからなまえが出て来た。そのまま両手を広げてなまえを抱き止め、その温もりを感じてようやく私は安心することが出来た。


「雑渡さん…っ!」

「よかった、無事で…」


泣くなまえの頬を撫で、その場に座り込む。安心したら一気に息が苦しくなった。歳だから走りたくないと言ったばかりだというのに、勘弁して欲しい。もう二度とこんな思いはしたくない。肉体的にも精神的にもおかしくなるかと思った。
息を整えていると、昨日と同じように水を差し出された。だからさ、どうしてこういうことが出来るのだろうか。もう私がなまえの男だということは分かっているだろう。認めないと言っておきながらも私の心配をするとは、本当になまえによく似ている。この二人は親子だった。どこか似ていると思っていたが、私の勘は間違ってはいなかった。


「まさかお前がなまえの男…だというのか?」

「…ご名答。あと、悪いけど水貰うよ」


左腕になまえを抱きながら水を一気に飲み、息を整える。冷えた水が喉を通ると呼吸がようやく楽になってきた。


「どうも。雑渡昆奈門です、お父さん」

「お前が…っ、絶対に俺は認めないからな!」


一際大きな怒鳴り声が響いた。相変わらずよく怒鳴る男だ。何時だと思っているんだ、近所迷惑な奴。
なまえを取り戻したが、これからもう一波乱ありそうだ。



[*前] | [次#]
雑渡さんと一緒!一覧 | 3103へもどる
ALICE+