雑渡さんと一緒! 41


「雑渡さん!走れば間に合いますよ!」

「いいよ、次で」


のんびりと歩きながら雑渡さんは時計を見た。
今日は映画を見に来た。走れば間に合う、だけどギリギリという上映回に合わせて来たわけだが、雑渡さんは急ぐつもりは微塵もなさそうで、どうやら私だけが焦っていたようだ。
次の回のチケットを購入してから、仕方なくブラブラとショッピングモールを見て回る。途中、雑渡さんに夏物のワンピースと可愛いミュールを買ってもらい、私がご機嫌になっているのを知った雑渡さんは単純だね、と笑っていた。
映画を見た後、唐揚げをつつく雑渡さんに聞いてみた。


「雑渡さんて走ることないんですか?」

「ない」

「あ、即答なんですか。そうですか」

「私をいくつだと思っているの?もう走れないよ」

「走る場面なんて日常にたくさんありませんか?」

「例えば?」

「信号が変わりそうな時とか」

「待てばいいじゃない」

「電車に乗り遅れそうな時とか」

「次の電車でいいよ」

「ひ、飛行機は!?飛行機なら流石に…」

「飛行機に乗り遅れそうになったことは流石にないけど、まぁ走るくらいなら次の便を使うだろうね」

「えぇ!?」

「だって、走ったところで間に合うとも限らないんだよ?状況が大して変わりもしないのに別に走らないよ」


雑渡さんの話す様子から、冗談を言っているというわけではなさそうだった。確かに雑渡さんは朝こそ弱いけど、時間にルーズではない。そう考えると、確かに走る機会というのは滅多にないのかもしれない。私なんていつも走っている。
だけど、雑渡さんらしいなと思った。滅多なことで慌てたり取り乱したりせず、いつも落ち着いている雑渡さんが走るなんて想像もつかない。私ももっと落ち着かないとだなぁ。
次の日も雑渡さんはなかなか起きなかった。もう、わざとやっているのではないかと最近、疑っているほど起きない。


「雑渡さん!ねぇ、起きて下さい!」

「あー…あと少し寝かせて…」

「駄目です!私、もう出ますから!」

「えー…もう行くの?早くない?」

「今日は大講堂で講演があるから別のキャンパスに行くって昨日言ったでしょ。朝ごはん置いてありますからね」

「あー…ありがと」

「食器は洗わずに置いておいて下さい。いってきます」

「…いってらっしゃい」

「起きて下さいね!?」

「はいはい…」


これだけしっかりと会話をしても起きていない可能性があるのが雑渡さんだ。大講堂に着いてから雑渡さんにメールを送る。すると、ちゃんと返信があって安心した。
講演を聞いた後、友達とランチをしにパスタ屋さんに行く。


「なまえの今日の服と靴、可愛いね」

「昨日買ってもらったの」

「はぁー。仲が良くて羨ましいわ」

「きぃちゃんも彼氏いるじゃん」

「居るけどさ、仕事人間なのよ、あいつ」

「雑渡さんもだよ?」

「でも、なまえを優先してくれるじゃん」

「優先って…それに、仕事を大切にするのは当たり前でしょ」

「私はなまえと違っていい子じゃないの。どうせあいつ、私が交通事故に遭っても慌てて来てもくれないわよ」

「流石にそれはないでしょ」


雑渡さんならどうするのかな。きっと大慌てで来てくれるんだろうな。いや、それとも心配はしてくれても、いつものようにのんびりと来るのだろうか。何にしても、仕事の邪魔をしてまで別に私は雑渡さんに優先して欲しいとは思っていない。雑渡さんが仕事を好きなことも、一生懸命やっていることも分かっているからだ。邪魔はしたくない。
友達と別れてから家に一度戻り、買い物に行く。今日は何にしよう、冷蔵庫に鰆があったから西京焼きにでもしようかな。付け合わせはほうれん草ともやしのナムル、後は今日は暑いから冷や奴にでもして、お味噌汁を作ろう。
献立が決まり、スーパーを出ると嫌な人に会った。


「…なに?こんな所で、何してるの?」

「仕事の帰りだ」

「そう。じゃあ、さよなら」

「待て。お前、家を解約したそうだな。今、どこにいる」

「離して!彼氏の所にいるのよ、放っておいて!」

「彼氏だと?何も聞いてない」

「何で言わないといけないのよ!」


私のやることを全て否定して、家から追い出したくせに。
踵を返して父から離れる。早く家に帰ろう。お部屋をエアコンで冷やして、ご飯を作る前に朝の片付けをしないと。それからシーツを洗って、ベッドメイクして、ご飯を作って雑渡さんを待つの。私の幸せな日常をこんな人に壊されたくない。私は雑渡さんと一緒に過ごしていくんだから。
急いで帰ろうと小走りになっていると、後ろから腕を掴まれた。そのままズルズルと車の方へ引っ張られる。


「離して!」

「少し自由にさせ過ぎたようだ。帰るぞ」

「私の家はあそこじゃない!」

「そうか。そのへんについても詳しく聞かせて貰う」

「やだ!離して!」


背の低い私は背の高い父に車に押し込まれ、実家へと連れて行かれた。雑渡さんに連絡を取らないといけないと思い、携帯を探して思い出す。今、家で充電中だ。
どうしよう、隙を見て逃げないといけない。よりにもよって私の部屋は二階だ。リビングを通らないと玄関には行けない。必死に必死に逃げる方法を考えたけど、何も思いつかなかった。時計を見ると、そろそろ雑渡さんが帰ってくる時間だった。助けに来てくれないかな、と思ったけど、雑渡さんは私の実家を知らない。父が卸売り業をやっていることも言っていない。もう私とは関わりのないことだからと私は何も伝えていなかった。今となっては、それが悔やまれる。
心配してるかな。それとも、私が家にいなくて怒っているのかな。外を眺めながら雑渡さんのことを想うと、涙が出た。


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