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2026 06/19

[chapter:囚われる]





「断固、反対します」
はっきりとそう言うマンドリカルドにヘクトールはため息をつきたくなった。だが、その気持ちを何とか押し留め、マンドリカルドを真正面から見つめる。
「だからな、後輩…」
「いや、ヘクトール様が言いたい事は分かるんすよ?城にあるであろう聖杯の情報が知りたい。でも霊体化は出来ないし、姿を現した状態で入るには王が許可しないと入れない。だから、許可を取って入るしかない。怪しまれないように入るなら、旅芸人の一座がいい」
「…分かっているようで、何よりだ」
説明を再びしようとするヘクトールを遮り、マンドリカルドは既に聞いている情報を繰り返す。それを聞いて、また出そうになったため息を何とか飲み込んだ。そんなヘクトールにマンドリカルドは言う。
「だから、言ってるんすよ」
言い争う自分達とは違い、城に入る仲間を見ながら言う。
「なんで、旅芸人の一座として潜入するメンバーにマスターが入ってんすか!しかも踊り子なんていう、エロい服を着なくちゃならない状態で!!」
ビシッと準備しているマスターを指差し、マンドリカルドはそう言い放った。そこには、マンドリカルド曰く「エロい服」を着たマスターがいた。そんなマンドリカルドの言葉にヘクトールはついにため息をついた。今度は頭を抱えたくなる気持ちを必死に抑えながら、説明を続ける。
「…だからな、後輩。あれでも、出来るだけエロくない踊り子の服にしたんだって」
「んじゃ、聞きますけどね、ヘクトール様。あの服を着ているマスターはエロくないんすか?まさか、ヘクトール様はあんなエロい服を着ているマスターがエロくないとでも言うんすか?なら、速攻でカルデアに戻って医務室に行って目の検査…いや、治療をする事をお勧めするっすよ」
ヘクトールの言葉にマンドリカルドは真顔でそう言った。目がどこまでも本気だから手に負えない。
こいつ、自分の恋人であるマスターが絡むと途端に心底面倒臭くなるな。俺への尊敬とか憧れとかはどこいったんだよ?お前の憧れのヘクトールが言っているんだから、いい加減頷きやがれ。
そう言いたくなる気持ちを必死に抑えながら、ヘクトールも準備をしているマスターを見るようにそちらに視線を向けた。
マスターの今の衣装は男の踊り子が着るものだ。マスターの瞳と同じ鮮やかな青色の布で胸元を隠し、黒の短パンを履いている。所々、魅力を引き立てる豪華な装飾品をつけ、口元を隠すように薄い青のヴェールを装着していた。際どい衣装から、ちらちら見えるそれなりに筋肉がついていながら、成長しきっていないからかどこか柔らかさを感じさせる肢体はなんとも卑猥で魅惑的だ。女性特有の柔らかい体ではなく、男性の多少筋肉がついている体だからこそ、艶かしい。
そんなマスターを見て、ヘクトールは一つ頷いた。
「…確かにエロいな」
「でしょう?!」
ぽつりと呟いてしまったヘクトールにマンドリカルドは全力で返した。その言葉にヘクトールはしまった、今のは失言だったと思うが、もう遅い。今だ、チャンスだ、いけ!とばかりに怒涛の勢いでマンドリカルドが畳み掛けてくる。
「ほらね、ヘクトール様!愛妻家の貴方すらエロいって言っちまうくらい、今のマスターは滅茶苦茶エロいっすよね?!あんなん見たら、誰だって襲っちまうっすよね?!ただでさえ、可愛くて綺麗で一目見ただけで誰でも虜になっちまう魅力的な俺の最高の恋人であるマスターだ!!あんな状態でマスターが王に近付いたら、どんな強固な理性を持つ王もころっと惚れちまって、どんな手を使っても囲い込んで常に隣に侍らせちまいますっすよね?!」
怒涛の勢いで惚気をさりげなく混ぜて畳み掛けてくるマンドリカルドにヘクトールはどう返すのが正解なんだろうか?と悩んでしまった。その間もマンドリカルドの勢いは止まらない。
「まして、相手は生前の俺っす!絶対にマスターに惚れやがるし、絶対にマスターに手を出しやがるっす!!そんな俺の前に、あんなエロい格好のマスターを見せるなんて、絶対に嫌っす!」
遠くに見える城…いや、中にいるであろう王をビシッと指差し、断言したマンドリカルドにヘクトールは結局それになるんだなぁ…と遠い目をしてしまった。
今回の特異点はタタール国。ロジェロに勝ったマンドリカルドが王になって治める国だ。大部分は広い草原が広がるが、小さければ村はあちこちにあり、また国の中心にはなかなか栄えた街がある。
マンドリカルド王は昔はただの傲慢な暴君であったが、ヘクトールの武具を得て国に帰ってから何かが変わったのか、性格は傲慢なままでありながらも、国を問題なく治められるくらいには有能な王であった。国民も性格以外は尊敬と敬意を向けるくらいには王を認めていた。実際、タタールの国で情報収集した時、住人達は傲慢な性格さえなければ、いい王だと言っている。
そんな街の中心にマンドリカルド王の城があった。様々な情報から聖杯が城にあるのは分かったが、流石にどこにあるかの具体的な情報は手に入っていない。その為、城の内部に侵入する事に決めた。
しかし、マンドリカルド王の城は他と比べると比較的小さいながらも防衛はしっかりとされており、侵入は難しい。そして、何か魔術的な術が施されているからか霊体化が出来ず、またマンドリカルド王の許可がなければ入れない。その為、旅芸人の一座となって王の為に芸を見せる名目で侵入する事にしたのだ。
「マタ・ハリとアマデウスだけじゃ、駄目なんすか?!」
「非戦闘系の二人だけじゃ、心許なさ過ぎる。せめて、マスターの支援がないと危険だ」
「なら、燕青は?!あいつ、強いっすよ?!」
「用心棒として入れようとしたが、断られた。見た目から強いのが分かったのか、あいつを入れるなら、入城の許可は出せないと言われたんだ」
マンドリカルドの言葉にヘクトールは苦々しく言う。そう、本当はマタ・ハリ、アマデウス、燕青の三人が侵入する筈だったのだ。しかし、許可をとる時に、どういう人物が入城するか情報を出さなくてはならなくなった時、特徴を伝えたら、そんな危険人物は入れられないと断られてしまったのだ。そこで、ヘクトールは仕方なくマスターを入れる事にしたのである。
そんなヘクトールにマンドリカルドは尚も詰める。
「それなら、俺が潜入するって言ってんじゃないっすか!俺なら、背格好がマスターに近い!!体型も割りかし細身っす!鍛えてるっすけど!!マスターで許可が出たなら、俺だっていいでしょう?!」
「だから、相手は生前のお前さんだから、お前さんは不味いんだって!そもそも、お前さんを今回の特異点の攻略に編成したのは、タタールをよく知るのはお前さんだけだから、仕方なくだ!!お前さんは、いざという時に城に単騎で突入出来るように待機させるという策にしか使えないって言ってんだろ?!今回のメンバーでライダーなのは、お前さんだけでもあるんだから!」
「だから、燕青の変装技術で何とかすれば…!」
「それでもバレたら、どうすんだよ?!侵入時にお前さんの事がバレたら、後々厄介でしょうが!」
何度もやり取りした言葉を繰り返されて苛立ったのか、ヘクトールにしては珍しく語気を荒げた。しかし、怒鳴るヘクトール相手でもマンドリカルドは引こうとしない。なんとか、マスターを潜入メンバーから外そうとするが、
「マンドリカルド」
マンドリカルドが口を開く前にマスターが名前を呼んだ。そんなマスターにマンドリカルドは顔を向ける。心配そうに見つめるマンドリカルドにマスターはにこりと笑った。
「そんなに俺が潜入するのは心配?」
「当たり前じゃないっすか!誰がエロい姿の恋人を他の男、それも生前の俺なんて一番嫌な奴に見せなきゃいけないんすか?!」
「じゃあ、他に策はあるの?」
叫ぶマンドリカルドにマスターはにこりと笑いながら言った。その一言にマンドリカルドは思わず詰まる。視線をマスターから外し、ウロウロとあちらこちらを見る。そんなマンドリカルドから視線を外す事なく、マスターは言った。
「オジサンよりも良い案があるなら聞くよ。俺だって、こんな恥ずかしい格好を君以外の前でしたくない。でも、これしかないなら、するしかないだろう?」
マスターの言葉にマンドリカルドは下を向いた。悔しそうに唇を噛み、地面を睨むように見る。そんなマンドリカルドにマスターは近づく。
「確かに危険かもしれない。君の言う通り、マンドリカルド王が俺を好きになって、とんでもない事を俺にするかもしれない。でもね、マンドリカルド。俺は数々の苦難を乗り越えてきたから、君程ではないけど、それなりに強いし、抵抗する事は出来るよ」
「マスター…」
マスターの言葉にマンドリカルドは顔を上げる。確かにマスターは沢山の困難を乗り越えてきた。それなのに、その事実を否定する事はマスター自身を否定する事になる。それはマンドリカルドの本意ではない。
だが、それでもマンドリカルドは嫌だった。誰よりも嫌悪する生前の自分の元に大切なマスターを送るなんて。自分を殺したロジェロや因縁深いローランよりも激しく嫌悪する生前の自分に誰よりも愛しているマスターを会わせるなんて。しかも、エロい格好で。
「それにね、マンドリカルド。俺は信じている。俺がどうしようもない危機に陥ったら、他ならぬ君が助けてくれるって。俺の一番のサーヴァントで、俺が誰よりも好きな恋人が助けに来てくれるって」
「!」
マスターの言葉にマンドリカルドは目を見開く。そんなマンドリカルドにマスターは恥ずかしそうに笑った。
「物語の白馬の王子様みたいに俺を助けにきてよ、マンドリカルド。君の愛馬のブリリアドーロに乗って。君のマスターを…いや、恋人のピンチを救うんだ。きっと、最高に格好いいよ」
その言葉にマンドリカルドは頷いた。あまりにも臭い台詞を言ったからか恥ずかしがるマスターの手を掴む。
「…分かりました、マスター。あんたが危機に陥ったら、俺が助けに行くっす。あんたの一番のサーヴァントで、あんたの恋人の俺が」
「うん、待ってるよ」
手の甲に掴み、誓うように口付けながら言ったマンドリカルドにマスターは笑うのだった。
「それはそれとして、カルデアに戻って部屋で二人きりになれたら、そのエロい服着たマスターとエロい事をしたいっす」
「なんて事を言うんだ、後輩。せっかくいい感じに話が終わろうとしていたのに」
「いいよ。今、我慢してくれるご褒美ね」
「いいのか〜。マスター、いいのか〜」
「よっしゃ!」
「せめて、隠れた所でガッツポーズしなさいよ、後輩」
二人のやりとりにヘクトールは思わずツッコミ、遠い目をした。若い子って凄いな、なんてズレた事を思いながら。
準備を終えた潜入メンバーは馬車に乗り、城へと向かった。門番に王に芸を見せる約束を果たす為に来た旅の一座だと伝えると、門番は城の中に入る。この為に事前に申請し、アポを取っておいたのだ。しばらくすると城門に貼られていた結界が緩んだ。どうやら、王の許可が降りたらしい。門番の指示通りに城の中へと入っていく。
披露する芸の準備を終えると、メンバーはいよいよ城の内部へと潜入した。
「それで…」
「はははは。お上手だ」
王と側近の前でマタ・ハリとアマデウスが芸をする。立花は客にお酌するように次々に準備した酒を注いだ。その合間に中心にいる王をちらりと見る。
歳の頃はサーヴァントのマンドリカルドより幾つか年上。サーヴァントのマンドリカルドより、しっかりとした体格で王としての威厳を感じる。マンドリカルド王は独特の民族衣装のような服を着ていて、色合いは落ち着いたもの。今まで旅してきたどの国のデザインの物ではないそれはマスターの目には珍しい物に見えた。しかし、王に相応しく一目見て威厳さと高貴さを感じさせる上等な物であるのは間違いなく、物珍しくも上品だ。
微かにだが、王から聖杯のような魔力を感じる。それに気付いたマスターは頭を下げ、近づく許可を得た。マンドリカルド王がそれに頷くのを見ると、マスターは近付く。
「高貴なるお方。哀れで下賤な踊り子風情にお酌をさせていただく慈悲を下さい」
「おう」
マタ・ハリから事前に習っていた台詞を言うとマンドリカルド王は杯を突き出すように差し出した。そんな王に礼を述べながら、頭を下げて杯に酒を注ぐ。中に酒が入れられた王は、ぐいと飲んだ。そして、目を見開く。
「…ふむ。悪くないな」
そう呟くとマタ・ハリとアマデウスの芸を見た。先程までつまらなそうにマタ・ハリの踊りとアマデウスの演奏を見聞きしていたが、目を細める。注意深く見ながら、マスターに声をかけた。
「あの女の踊り、珍しいな」
「あぁ、我々はあちこち旅していますからね。少しずつ、旅していった場所独自の踊りを取り入れて、変えていっているんです」
「あの男が演奏している楽器は?」
「遠い異国の物です。物珍しいでしょう?」
「…ふーん」
マスターに次々と質問していくマンドリカルド王。マスターの答えを聞くと、どこかぼんやりとしながら、気の抜けた返事をする。そんなマンドリカルド王にマスターは話しかけた。
「マンドリカルド王は大英雄ヘクトールの武具を求めて、旅したと聞いております。数多の時と幾多の困難を乗り越え、王は憧れのヘクトールの武具を手に入れたとか」
「…まぁな」
マスターの言葉にマンドリカルド王はうんざりしたように頷いた。きっと、何度も似たようなやり取りをしたのだろう。そんなマンドリカルド王にマスターはにっこりと笑いながら言った。
「実は、私も大英雄ヘクトールが大好きなんです。宜しければ、語り合いませんか?」
「…ほう。俺にヘクトールを語るか」
立花の言葉にマンドリカルド王は目を細め、にやりと笑った。そんなマンドリカルド王にマスターは話をし出した。しばらくマスターの話を酒を飲んだり相槌を打って聞いていたマンドリカルド王だったが、段々と身を乗り出していく。
「ヘクトールが泣いて嫌がる息子の為に兜を脱ぐ場面、いいですよね」
「そうそう。家族思いな、あの方らしい場面。俺も好きだ」
「それから、攻めてきた軍を策で翻弄し、逆に追い詰めた場面。知将ヘクトールの手腕が発揮されていて、いいですよね」
「あぁ。あの場面もいい。話を聞くたびにあの方の頭の良さと手腕の凄さを感じる。さすが、兜輝くヘクトールだ」
「それから…」
マスターの話にマンドリカルド王は楽しそうに頷き、憧れの大英雄ヘクトールの話をした。そんな彼にマスターも相槌をし、自分の知っている大英雄ヘクトールの話をしていく。
この話の情報源はサーヴァントのマンドリカルドがマスターに話したものだ。友達のような関係の時からしていたので、マスターはよく覚えている。
死後の彼が語った場面を次々に出すとマンドリカルド王は食いつき、自分も負けじと大英雄ヘクトールを語った。さすがは本人から聞いた話。マンドリカルド王のツボを捉えたらしい。マンドリカルド王はマスターと話をし、二人は大いに盛り上がった。
「あぁ、マンドリカルド王。申し訳ありません。お酒が無くなってしまいましたね。お酌をさせていただく慈悲を下さい」
「いや、いい」
酒が無くなったのに気付いたマスターがマンドリカルド王に何度目かの懇願をすると、マンドリカルド王は首を横に振った。杯を乱暴に置くと、立花の細い腰に手を回す。それに目を見開いて驚いていると、マンドリカルド王はマスターを立たせた。
「気に入った。お前に俺の部屋に入る許可を出してやる」
「え?」
「慈悲をくれてやる。そこで酌をしろ」
そう言うと、他の客達には宴を続けるように告げた。給仕に酒を持ってくるように命令し、自分は立花を連れて部屋へと向かう。
「ほら、酌をしろ」
「はい」
部屋に行くとベッドに座り、傍らのテーブルの上にあった杯を取ってマスターに差し出した。それに頷いたマスターは給仕によって届けられた酒を注ぐ。そんなマスターを見て、マンドリカルド王は満足そうに笑った。
「今まで、俺にヘクトールの話を振るやつは何人もいたが、お前ほど話の合う奴はいなかった。お前も本当にヘクトールが好きなんだな」
「実は私の知り合いから、聞いたんです。その人もマンドリカルド王のようにヘクトールが好きで…」
「…ほう。そいつは、なかなか見る目があるな。お前が話すヘクトールの話は俺の好みに似ている。直接会って話したら、余程愉快な事になるだろう」
マスターの言葉に笑うとマンドリカルド王は酒を飲んだ。そんなマンドリカルド王にマスターは誤魔化すように笑う。さすがに死後の貴方から聞いた話だとは言えない。
その後もマスターはマンドリカルドから聞いたヘクトールの話をする。マンドリカルド王はそれに時に頷き、時に上機嫌に酒を飲む。
「そうそう。私の知り合いにもヘクトールという名前の男がいるんですよ。これが中々に食わせ者でして…」
「ヘクトールと同じ名前を持つ男だと?あのヘクトールに憧れる者は多いからな。そんな奴は山程いるが…いや、だが、お前の話はなかなか面白い。よし、許可を出すから、話せ」
そろそろマンドリカルドから聞いたヘクトールの話題がなくなってきたマスターはさり気なく話を変えた。そんなマスターに上機嫌にマンドリカルド王は許可を出す。マスターは礼を言うと、カルデアにいるヘクトールの話をした。
「妻子のいない中年で腰痛持ち?長い茶髪を一つに束ね、顎には髭?隙あらば、仕事をサボろうとする?なんだ、そいつは」
「でも、戦いでは槍を振るい、的確に助言をして戦いを勝利に導いてくれるんです」
「確かに、そこはヘクトールと似ているが…いや、だからといって、仕事をサボろうとするのは駄目だろう…なんだ、その男は…」
立花の言葉にマンドリカルド王は呆れながら呟いた。だが、機嫌自体は良いらしく、楽しそうに杯を傾け、酒を飲む。そんなマンドリカルド王にマスターは楽しそうに話した。
「でも、ヘクトールと同じ家族思いでもあるんです。歳の離れた弟がいるんですけど、これが中々に癖が強く、しょっちゅうトラブルを起こすのです。でも、彼は表向きは嫌がったり面倒臭そうにしますが、毎回トラブルを解決します。一度も見捨てた事はありません。また、自分の後輩達にも的確に助言し、成長を促します」
「あぁ。その辺りはヘクトールと似ているな。家族思いな所とか、人材育成とか…その部分はヘクトールを真似ているようだな…」
そう言うと、マンドリカルド王は杯を傾け、煽るように飲み干した。そんなマンドリカルド王にマスターは思わず眉を寄せる。
かなり飲んでいる筈だが、一向に酔う気配はない。ザルなのか、かなり酒に強いらしい。サーヴァントの彼もそこそこ強かったが、ここまで飲めば酔ってしまう。さすがに体に悪いのではないだろうか?
「あの、マンドリカルド王…もうお酒は…いえ、貴方様にお酌をしたのは、私ですが…」
「…ふん。ようやくか」
「え?」
マスターの言葉にマンドリカルド王は不機嫌になる事はなく、むしろ上機嫌に唇を歪めて笑った。杯を捨てるように放り投げると立花をベッドに押し倒す。上にのしかかる様に覆い被さるマンドリカルド王にマスターは嫌な予感がした。
「あ、あの…マンドリカルド王…?」
「慈悲をくれてやると言っただろう?」
「…え?」
伺う様にマスターが尋ねるとマンドリカルド王は不敵に笑いながら、言った。意味は分からないが、本能は警鐘を鳴らす。背筋に冷たいものが流れ、恐々とマンドリカルド王を見上げる。そんなマスターにマンドリカルド王はにやりと笑うと、マスターの口元を覆うヴェールを力づくで剥ぎ取った。
「王直々の慈悲だ。有り難く受け取れ」
そう言うと、マンドリカルド王は強引にマスターの唇に己のそれを重ねた。それにマスターは目を見開いた。ようやくマンドリカルド王が何をしようとしているか気づき、慌てて逃れようとじたばたと暴れ出す。そんなマスターの体を押さえつけながら、マンドリカルド王はマスターの耳朶をかぷりと軽く喰む。
「はは。お前は誘うのが上手いな。嫌がるふりして俺の気を煽ろうとは、なかなかの策士じゃないか」
「嫌だ…!嫌だ…!!」
「ふふ。本当に面白い奴だ。口で嫌だと言っておきながら、体をくねらせる。そんな事をされたら、お前のお望み通りに何が何でも抱いてやろうとしたくなるだろう?」
暴れる体を押さえつけながら、マンドリカルド王はマスターの首筋へと舌を滑らせた。首筋を辿るように舐め、鎖骨の辺りに吸い付き、跡を残す。
マスターはその感触にびくりと体を震わせるとマンドリカルド王を見た。すると、王は見せつける様にぺろりとそれを舐める。マスターを見つめる灰色の瞳は情欲に染まり、獰猛な獣のようにぎらぎらと熱を孕んでいる。
そんなマンドリカルド王にマスターは青ざめ、更に抵抗した。その様子を見たマンドリカルド王は不思議そうな顔をする。どうやら、本気で嫌がっているのに気付いたようだ。
「なんだ、その反応は?お前は踊り子だろう?どうせ、慣れている癖に…」
「ち、ちが…!違う…!!」
「男同士なんだ。そう大した事じゃないだろう?」
その言葉にマスターは顔をカッと赤らめ、目を見開いた。何が大した事はないだ。本来は出す部分を使って、体の中に雄を受け入れるのだ。そんなの、恋人以外にしたくはない。
だが、そんなマスターにマンドリカルド王はますます首を傾げた。
「別に男性器を擦り合わせるくらい、いいだろう?女みたいに膣に入れるんじゃないし」
「…え?」
その一言にマスターは驚きのあまり、一瞬抵抗するのをやめた。目を見開き、マンドリカルド王をそっと伺うように見つめる。そんなマスターにマンドリカルド王は首を傾げたが、すぐに何かに気付いたのかまたにやりと笑った。
「そうか、違うのか。だから、お前は嫌がったんだな?」
その一言にマスターは自分の反応を間違えた事を悟った。再び逃れようと暴れ出す。そんなマスターの体を軽々と抑え込むと、マンドリカルド王は嬉々としながら尋ねてきた。
「おい、やり方を教えろ。俺は女は散々抱いたが、男はお前が初めてなんだ。俺の初めてをお前なんぞにくれてやるから、有り難く頭を垂れて説明するんだ」
「嫌だ!嫌だ!!絶対に教えない!」
「そんな反応をするという事は知識と経験があるな?なら、教えろ」
その一言にマスターは更に青ざめた。何故、そんな事が分かった?!確かに恋人のマンドリカルドとは何度も愛し合っているが、さすがにカルデア以外でバレるような事はしていない。旅先でなんてしないし、そもそもそんな暇なんてない。
だが、そんなマスターを嘲笑う様にマンドリカルド王は言った。
「暴れたのは知っていたからだ。そして、教えないという事は余程恥ずかしい行為だからか、それとも恥ずかしい事だと経験しているからだ。違うか?」
「ふざけるな!愛し合う行為が恥ずかしい事な筈はないだろう?!」
「という事は、経験済みだな?しかも、そんな事を言うなんて、恋人が相手か」
マンドリカルド王の言葉を聞いたマスターは恥ずかしい行為という言葉に反応し、思わず怒鳴ってしまった。それを聞いたマンドリカルド王は笑いながら聞き返す。そんなマンドリカルド王の言葉にマスターは慌てて口を両手で塞いだ。これ以上余計な事を言わないようにだ。そんなマスターにマンドリカルド王はにやにやと笑い続ける。
「そうか、お前には恋人がいるのか。だから、その相手の為に嫌がるんだな?恋人の為に体を許さないなんて、卑しい踊り子にしてはいじらしいじゃないか」
「……」
「可愛い所があるじゃないか。ますます欲しくなった。お前の体を暴き、隅々まで俺で染めて、お前を恋人から奪ってやろう。だから、やり方を教えろ。この俺に愛されるんだ。お前だって、嬉しいだろう?」
ふん、と馬鹿にするように鼻で笑うとマンドリカルド王は言い放った。
「どうせ、お前に卑しい踊り子なんてさせる奴だ。という事は、行為の責任すら取っておらず、お前を養ってやる甲斐性もない。それならば、王の俺にした方がいいだろう?」
このマンドリカルド王の一言にマスターはカッと頭に血が上るのを感じた。押さえつけてくるマンドリカルド王の体の下から腕を引くと、容赦なく振りかぶって頬を叩く。
「俺の恋人を馬鹿にするな!あいつ程俺を気遣い、俺に向き合って対等に接してくれる奴はいない!!あいつ程頼りになって、俺を愛してくれる奴はいない!俺の大切な恋人の事を何も知らないあんたが、あいつを馬鹿にするな!!」
「…へぇ」
自分の頬を叩き、怒鳴ってくるマスターをマンドリカルド王はゆらりと体を揺らし、頬を掴むと強引に自分と向き合わせた。その灰色の相貌は隠そうともしない怒りで満ちている。
「お前、よくもこの俺の頬を叩いたな…その上、俺に説教か…いい度胸をしているじゃないか」
静かだが圧をかけるように睨みながら、マンドリカルド王は言った。だが、マスターは怯む事なく、睨み返す。真正面から自分を睨むマスターを見ていたマンドリカルド王だったが、しばらくすると再びにやりと笑った。
「お前は本当に面白い奴だ。上手く俺を煽っておきながら、恋人の為に体は許さない。それどころか、恋人を馬鹿にすれば、この俺の頬を叩き、恋人の為に説教すらする」
にやにやと笑いながら自分を見つめるマンドリカルド王をマスターは睨み続けた。そんなマスターに不敵に笑いながら、マンドリカルド王はとん、と指刺すように静かにマスターの鎖骨の辺りを叩く。
「そんなお前がますます欲しくなった。無理矢理にでも恋人から奪いたくなった。嫌がるお前の体を無理矢理にでも暴き、俺色に染め直したくなった。お前を恋人から奪ったら、お前の恋人はどう思うんだろうな?」
その言葉にマスターはまた頭に血が上るのを感じた。
こいつはどこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだ?さすがのマスターもここまであからさまに恋人を侮辱されれば、怒りを覚える。マスターにしては珍しく憎々しげにマンドリカルド王を睨んだ。マンドリカルド王はそんなマスターをじっと見つめると、体をまたとん、と指で軽く叩く。
「だが、俺は残念ながら、男同士のやり方を知らない。だから、今日は引いてやろう」
そう言うと、マンドリカルド王はそっと体を退けた。言葉では散々な事を言っていた割にはあっさりと引いたのである。そんなマンドリカルド王をマスターは不思議そうに見つめた。その眼差しに気付いたマンドリカルド王は軽く鼻で笑う。
「なんだ?無理矢理にでも抱かれたかったのか?お前が知識を教えるなら、今すぐにお前を抱いてやってもいいぞ?」
その言葉を聞いたマスターは再び青ざめると即座に首を振った。そんなマスターにマンドリカルド王は一瞬つまらなそうな表情をする。だが、すぐに楽しそうに笑った。
「俺が男同士のやり方を知ったら、抱いてやるから、楽しみにしていろ。そのベッドは貸してやるから、今日は休むんだな」
「え…?」
「王たる俺の部屋で寝具を使えるんだ。卑しい踊り子のお前にとっては過ぎる褒美だろう?だから、今日はもう寝ろ」
マンドリカルド王の言葉にマスターは思わず声を漏らした。目を見開いて自分を見つめるマスターに笑いながらそう言うと、マンドリカルド王は部屋を出て行く。そんなマンドリカルド王を見送ると、マスターはしばらく考え込むのだった。
「ん…」
声を漏らすと、マスターは身を捩った。瞼の裏が眩しい気がする。どうやら、朝まで眠っていたらしい。あの後、しばらく考えていたマスターだったが、いつの間にか眠ってしまったようだ。
眩しさにむずがりながらも、恐る恐る瞳を開くと目の前に目つきが鋭いながらも端正な顔をした男の顔があった。それにマスターは目を見開いて驚くと、反射的に後ずさる。それを見た男はつまらなそうに呟いた。
「なんだ、もう起きたのか。もう少し寝ていても良かったんだぞ?」
目の前の男…マンドリカルド王はそう言うと、身を起こした。ベッドから離れ、何かを取りに行く。そんなマンドリカルド王を警戒しながらも、マスターも体を起こした。すると、足元からりんという音がする。
「え…?」
その音にマスターが足元を見ると、足首に枷がつけられていた。鎖ではなく、丈夫に編んだり巻き込んで作られた布製のそれ。足首は傷つけないためか柔らかそうな布が巻かれていたが、その先はしっかりと編み上げられていて、頑丈なそれは千切れそうもない。それに驚いたマスターがびくりと体を震わせると、またりんとなった。よくよく見ると足首に巻かれている布に鈴がついている。
「魔術を施した鈴と魔術を施した布を使って編み上げた強度の高い紐だ。鈴が外れれば俺にお前の拘束が外れた事を知らせるし、紐の方は非力なお前では千切れまい。残念だったな」
自分の足を拘束するそれを見たマスターが愕然としていると、そんなマスターを見たマンドリカルド王は楽しそうに笑いながら、近づいてきた。悪趣味なマンドリカルド王を非難するようにマスターは睨みつける。だが、マンドリカルド王は笑いながら、マスターに持ってきたものを差し出した。
「食事だ。食え」
マンドリカルド王が持ってきたのは、料理の入った皿だった。深めな皿の中には食べる時用のスプーンが添えられ、この時代の王族が食べるような立派な料理が盛り付けられている。マスターは警戒するようにマンドリカルド王を見ながらも、それを受け取った。
「…ありがとうございます」
礼を言うマスターにマンドリカルド王は一瞬目を見開いた。だが、すぐににやりと笑い、マスターの隣に座る。
「おう。王である俺自らが与えた食事だ。有り難く思いながら、食え」
それには何も言わずにマスターは料理を食べていった。黙々と食事をする隣のマスターをマンドリカルド王はじっと見つめる。
「…毒が入っているとは思わないのか?」
「何でですか?」
マンドリカルド王の言葉にマスターはきょとんとしながら尋ね返した。じっと自分を見つめるマンドリカルド王にマスターは言う。
「だって、殺すつもりなら、眠っているうちにするでしょう?足に枷なんてつけずに。その方が抵抗なくできる。媚薬の類を入れるくらいなら、昨日の時点で抱いている。なら、この食事に毒や薬の類は入っていない」
「…ふーん」
マスターの言葉にマンドリカルド王はつまらなそうに呟いた。まぁ、マスターは毒耐性があるから、毒があっても大丈夫なのだが。それを教える気はない。
自分を見つめ続けるマンドリカルド王から視線を逸らすとマスターは食事の続きをした。
「…ご馳走様でした」
「…ん?」
食事を終えたマスターが手を合わせて呟くと、マンドリカルド王はそれを見て眉を寄せた。怪訝そうにマスターを見つめる。
「なんだ、それは?」
「え…?料理を食べたので、ご馳走様って言っただけですけど…」
「は?何だ、それは?」
「え?」
自分の言葉に驚くマンドリカルド王にマスターは戸惑いながら、答えた。すると、その言葉にマンドリカルド王は目を見開いて驚き、自分を見つめる。そんなマンドリカルド王にマスターも驚いたのか、目を見開いてマンドリカルド王の方に振り向いた。そんなマスターにマンドリカルド王は説明した。
「俺はそんな習慣は知らないぞ?タタールでそんな事をする奴はいないし、旅していた時ですら、そんな事をした奴はいない。精々、キリスト教の奴らが食事を食べる前に神に感謝したくらいだった」
「あ…!」
その言葉にマスターはまた自分が間違った行動をしたのを理解した。慌てて手で口を抑える。
そうだ、食事の時に「いただきます」や「ご馳走様」というのは、マスターの故郷だけの習慣だ。カルデアでもやるようになったのはマスターがするのを見て、皆が真似するようになったからなだけ。旅先は大体野営での食事で皆がいるからか、ついうっかりいつもの癖で言ってしまった。
タタールにも周辺諸国にも、この習慣はない。つまり、マスターはマンドリカルド王に自分は周辺諸国出身ではないという情報を安易に伝えてしまったのだ。
マスターの行動を見たマンドリカルド王はにやりと笑いながら、言った。
「そうか。お前はこの辺りの国の出身ではないのか。少なくとも、お前は俺が旅したことのある国や地域の出身者ではないんだな?」
「…俺の出身国は東の果てにある島国なんですよ」
マンドリカルド王の言葉にマスターは逃げるように視線を逸らし、俯きながら迷った末にそう言った。そんなマスターをマンドリカルド王はじっと見つめる。ぽつりぽつりとマスターは話し出した。
「ここから、凄く凄く遠い東の果てにある島国。大陸の東から船に乗り、何日もかけた末に辿り着く広いけれど小さな島国。ちょっと危険な事も起こったりするけど、基本的に平和な国です」
「何故、そんな故郷を出た?基本的に平和なんだ。それなら、故郷で暮らし続けた方が良かっただろう?」
マンドリカルド王の言葉にマスターは顔を上げて王を見た。その顔は酷く困ったように笑っていて、マンドリカルド王はそんなマスターを見て鋭い目を見開かせた。だが、それ以上語ろうとしないマスターにマンドリカルド王は首を緩く横に振ると両手を伸ばし、そっと頬に添えて自分に向き合わせる。
「…お前は本当に不思議な奴だな」
マスターの顔を見つめ、マンドリカルド王はぽつりと呟く。
「卑しい踊り子の癖に絶対に恋人以外に身を許さない。恋人を貶められれば俺にすら手を上げ、説教する。それなのに、毒が入っているかもしれない食事をぺろりと食べて、俺を非難した口で食事に毒なんか入れないと平気で告げる」
ふっと笑いながら、マンドリカルド王はそう呟いた。マスターを見つめる眼差しは今までと違い、酷く優しく、慈愛に満ちている。そんなマンドリカルド王にマスターは目を見開いた。
先程までは荒々しく傲慢な暴君だったのに、今はどうだ?まるで、自分の恋人が自分に向けるような優しい眼差し。その差が激し過ぎて、ただ驚く事しかできない。
「…いいな。お前は実にいい。卑しい踊り子の癖に恋人以外には体を許さない貞淑な所も実に俺好みだ。顔は愛らしいし、体も鍛えていながらもしなやかで美しく、だが未成熟なせいか柔らかさを感じる。魅惑的で卑猥で俺をその気にさせる位、唆らせる」
そう呟くとマンドリカルド王はそっとマスターの唇に自分のそれを重ねた。それにマスターは目を見開き、非難するようにマンドリカルド王の体を叩いて抵抗を示す。だが、マンドリカルド王はそれを全て無視し、薄く開かれた唇の隙間から舌を入れた。
歯列をなぞり、上顎を撫で、舌を絡める。その触り方は昨日の乱暴な口付けとは違い、酷く優しく、まるで宝物に接するようだ。優しく愛するようにマスターの口内を貪る。そんなマンドリカルド王にマスターは今自分の唇に口付けているのが、自分の恋人のマンドリカルドと錯覚しそうになってしまった。
「あ…」
舌が口の中から引き抜かれ、唇が離れるとマスターの口から思わず声が溢れた。縋るような声にマンドリカルド王はふっと笑うと、宥めるように触れるだけの口付けを一度だけする。
「堪らないな…あぁ、可愛くて堪らない。お前の口から溢れる声も可愛い癖に、俺を見つめながら、とろりと蕩けるこの青い瞳も実に愛らしい」
唇を離すと、マンドリカルド王はマスターの青い瞳を見つめながら、間近で囁いた。片方の手で頬を撫で、もう片方の手でそっと目尻を撫でる。
「昨日はあんなに俺を睨みつけていたから、何て忌々しい瞳だと思っていたが…これは駄目だ、この空のように美しい青い瞳を愛でたくなる」
ふふ、と軽く笑っておきながら、熱のこもった眼差しで青い瞳を見つめる。うっとりと見つめながら、熱烈な言葉で口説いてくる。言葉は傲慢なままなのに、だからこそ本心からの言葉だと分かってしまう。そんなマンドリカルド王をマスターはじっと見つめた。



『綺麗っすねぇ、立花。あんたは本当に綺麗っす。姿形だけじゃない。生き方が美しいっす』



この人より若い姿の恋人は、よくそう言って自分を褒める。普段は卑屈で隠キャを自称する元ヤンなのに、自分に対しての愛は惜しまない。しかも、こちらが照れて恥ずかしがっても本心を言っているだけと言って照れる事すらしない。
目の前の彼は、ただの傲慢な暴君な筈だった。だが、愛を伝えてくる言葉は全て熱烈な上に本心で、彼が出てくる話で彼が好きになった人を熱心に迫ったという話を思い出し、酷く納得した。
恋人と似ていながら、全く違う人。自分を思い、自分に対等に接してくれる恋人と違い、傲慢な暴君で場合によっては気分次第で人を殺してしまう王。
それでも、彼も自分の恋人と同じ『マンドリカルド』だと…マスターは思った。
だが、違うのだ。マスターの恋人は…マスターの『マンドリカルド』はサーヴァント。生前の彼ではなく、死後の彼。マスターの一番のサーヴァント。誰よりも自分を思い、誰よりも自分に対等に接してくれる彼なのだ。
複雑な思いを抱きながらも、マスターは顔を逸らす事で視線を外した。意図的に顔を背ける事で王を拒絶したのだ。
そんなマスターを見たマンドリカルド王はしばらく黙って彼を見た後、そっと体を引いた。
「…昼にまた来る。せっかくだから、お前のような卑しい踊り子では一生堪能出来ないであろう極上な寝具で休んでいろ」
そう言ってベッドから降りると、そのまますたすたと部屋の扉へと向かった。マンドリカルド王が去ってしばらくすると、マスターはベッドを降りようとした。だが、足を拘束する紐はそこまでの長さはなく、精々ベッドの上しか自由に移動出来ない。それにトイレはどうしようと周りを見ると、大きな花瓶のようなものがあった。手に取って見ると、花瓶にしては嫌にでかい上に口が広い。それを見て、マスターはため息をつく。
「…これで用を足せって訳か」
意図を察したマスターはそう呟いた。確かに現代でも体が動かせなければベッドで済ませられる専用の道具はある。時代と地域によっては、こういう物がトイレ代わりだったのも知っている。だけど、マスターとしては専用の場所か外で用を足したがったが…
いや、ここで漏らしたりするよりは、あるだけマシかと考えたマスターはそれを元の位置に戻した。

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