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2026 06/19
[chapter:交渉]
「どうしましょう?」
「本当にどうしようかねぇ?」
豪華な客室に通された二人はお互いに尋ねあった。黄色い衣装の女の踊り子と派手な見た目の男の演奏家。二人は顔を見合わせ、呟く。
昨日は芸を披露した後、城を追い出されるように帰されてしまった。仲間が一人いないと主張しても王の寝室に行ったと言われて、仲間を返してと言っても一向に聞かない。
散々交渉した結果、なら明日城に入る許可を出すから、今日は帰れと言われてしまった。身は拘束するが、今日は絶対に手を出さないと言われたので、渋々引いたのである。これでは侵入した意味もない上に大事なマスターが捕まってしまったので、ゼロどころかマイナスだ。
ちなみに、それを聞いた彼の恋人は城を一人でも攻め落とさんばかりの勢いで飛び出したので、止めるのに本当に苦労した。城を守る結界がなかったら、そのまま国を更地にした方が楽なくらい大変だったので、本当に返して欲しい。城を守る結界があって良かったな、タタール国。
「待たせたな」
その声に二人が振り向くと、そこには仲間の彼より少し年を取った彼がいた。傲慢でありながらも王として有能な彼に声をかける。
「あの子を返してちょうだい」
「せめて、椅子に座らせろ。話はそれからだ」
踊り子の言葉に王はため息交じりに返した。どかりと二人の向かいの席に座ると口を開く。
「で、いくらだ?」
「は?」
「あいつを買うのには、いくら払えばいいんだ?と聞いている」
王の言葉に踊り子は一瞬ぽかんと目と口を開いた。そんな踊り子に王はあっさりと言い放った。戸惑う踊り子ににやりと笑いながら言う。
「あぁ、勿論一晩の相手の額じゃない。あいつの一生分の時間の額だ。いくらでも金を払ってやるから、金額を言え」
「ふざけないで!」
王の言葉に、思わず踊り子は身を乗り出して目の前のテーブルを叩いた。そんな無礼な踊り子に王の兵士達が武器を向けようとするが、王はそれを手で制する。そんな王に踊り子は叫んだ。
「あの子は物じゃないわ!私達の大切な仲間よ!!まさか貴方、私達が大切な子を相手が一国の王とはいえ、よく知らない奴に売るとでも思っているの?!」
「ふむ…金では売らない位の情はあるようだな。まぁ、あいつ相手なら、そうなるか」
踊り子の反応を見て、王は呟く。しばらく考えるとこう言い放つ。
「じゃあ、それに対してはこう返そう。俺の嫁にすると言ってもか?」
「…は?」
「ほう?」
王の言葉に踊り子は目を見開き、演奏家も驚いたように目を見開いた。そんな二人に王は笑いながら答える。
「踊り子を王の嫁にしてやると言ってるんだ。しかも、男。なんなら、正室にしたっていい。悪い話じゃないだろう?」
その一言に踊り子は絶句した。演奏家も見開いた目を細め、王を見つめる。そんな二人を王はにやりと笑いながら見つめた。
なんて事だ。捕らえられた彼の恋人が一番恐れていた事が起こってしまった。それも、最悪だと言わんばかりの状態になっている。昨日出会ったばかりだというのに、何故そうなった?
この時代に男の妃なんて、いたことがない。当たり前だが子は男女でしか作れないし、もし男を招いても精々側室か後宮が限度。王が男を正室にするなんて言ったら、国民は元より周りの臣下は黙っていない。最悪、クーデターを起こされ、国が滅びる。
踊り子と演奏家といえど、それくらいは分かる。だが、目の前の男は事も無げにそう言ったのだ。とてもではないが、正気とは思えない。
だが、だからこそ、それくらい目の前の男は捕まえた仲間を愛していると言っているのだ。自分達以外の人物がいる前で、そのリスクも承知して。それくらい、愛しているのだと言ってきたのだ。何故、そこまで一日で気に入ったかは全く分からない。確かに彼は魅力的だが。もしかして、彼の恋人の言う通り、『マンドリカルド』は漏れなく彼を好きになるのか?
普通の旅芸人だったなら、そこまで知れば引いただろう。そこまで愛しているなら、目の前の男は捕まえた仲間に非道な事はしない。むしろ、大切に大切に愛し尽くしてくれる。そう思い、男に渡していた。大切な仲間だからこそ、仲間の幸せを考えて渡していたかもしれない。
だが、残念。自分達はサーヴァント。ここへは特異点を修正する為に、聖杯を手に入れる為にやってきた。いくら、大切なマスターをどんなリスクを恐れず怯まないくらい愛していると言われても渡せない。何より彼には恋人がいる。お互いに愛し合っていて、お互いに幸せを感じる恋人が。
だから、絶対に渡せないのだ。
「…それでも、渡せないわ。絶対にね」
踊り子の言葉に王はじっと相手を見た。演奏家の方も見ると、こちらも同意だと言わんばかりに真剣な眼差しで自分を見ている。そんな二人を見た王は少し考え込んだ。
なるほど。自分の思い人はしっかりと仲間に愛されている。ここまで愛していると伝えても王である自分相手でも一歩も引かない。ますます不思議な旅芸人の一座だ。思い人もそうだが、この二人も不思議な存在だ。
もしかしたら、思い人に恋人がいるのも知っているのかもしれない。そして、恋人も思い人を思っているのかもしれない。少なくとも、これに関しては自分の考えは間違っていないだろうと判断できる情報を持っている。この仲間はそれを知っているから、ここまで抵抗するかもしれない。
だとすると、尚更疑問が湧いてくる。
そこまで愛しているなら、何故恋人に卑しい踊り子をさせるのだ?踊り子なんてさせず、ちゃんと責任を取って養えばいい。そうすれば、思い人はこんな目に合わなかった。まぁ、自分も思い人に会えなかったが。
だが、養えない状況だから、思い人に踊り子をさせているのか?愛していても、ちゃんと責任を取れない状況なのか?なら、自分が…
いや、待てよ?もしかして、わざと踊り子をさせているのか?そして何か意図があって、この城に来させたのか?ならば…
「ならば、お前達にチャンスをやろう。お前達が欲しいものを得られるチャンスを」
「チャンス?」
「どういう事だい?」
考えをまとめた王は仕掛ける事にした。王の言葉に二人は尋ねてくる。交渉していた踊り子はまだしも、演奏家もだ。そんな二人に王はにやりと笑った。やはり、かかったか、と。
食いついてきた二人に王は餌を揺らしてみる事にした。
「こちらが交渉に有効だと判断できるものを一つ出せたら、そちらの要求を一つ飲む。悪い話ではないだろう?」
「なら…」
「おっと。先に言っておくが、お前達の要求があいつを返せとかは駄目だ。そういう事をするなら、この交渉自体をやめる。お前達にチャンスは二度とやらない」
王の言葉を聞いた踊り子が口を開きかけると、王は遮るようにそう言った。その一言に踊り子は眉を寄せる。先手を打たれて不満だと言わんばかりに。そんな踊り子に王は笑う。そうは問屋が下さないぞと言わんばかりに。
ここぞとばかりに仕掛けることにした。
「じゃあ、最初はどれくらいの基準が有効か教える為に、こちらから要求を教えよう。そうだな…『男同士のやり方を教えろ』」
「え?」
「おや?」
王の言葉に二人は声を漏らした。意外な要求だと言わんばかりの表情だ。まぁ、そうだよなと思いながら、王は説明する。
「恥ずかしい話だが、俺は男同士のやり方は知らん。タタールにそんな文化はないし、旅をしていた頃にそういう事があるのは知っていたが、俺はその良さも分からなかったし、女で十分だから、知ろうとすらしなかった。だから、せいぜい酒の席で出された猥談程度だ」
「…なるほど。確かに知らなくても不便はないわね。性欲処理も子作りも女がいれば成り立つのだから」
忌々しいとばかりに顔を歪めながら説明すると、踊り子は頷いた。それに王はますます顔を歪めながら、頷いた。
本当は口に出すのは嫌な事実だが、これは口に出して説明しないといけない事なのだ。でなければ、王族の貴方が夜の知識を知らないのか、タタールは夜の知識すら真っ当に教えない無能な国なのかと思われてしまう。それはタタールという国の王として、国の尊厳を守る為に回避せねばならない。
一応、昨日の夜に思い人を部屋に残して去った後に確認したが、城にいるものは誰もやり方を知らなかった。王が思い人にのめり込み、子作りを疎かになるのを防ぐ為に意図的に隠した可能性もなくはないが。勿論、王はそれに対処する策はあるが、今出すものではない。
なら、これに関してはそういう知識を持っているであろう、旅芸人の一座の二人に聞いた方がいいだろう。交渉に使う道具にするのは心底業腹だが、貴重な一回を消費してでも得たいくらい、今の王にとって必要な知識なのである。
「なら、それに対してこちらはこれを要求するわ。『全てを教え終わるまで、あの子に手を出さない』。それが、こちらの要求よ」
「まぁ、そうなるか。条件付きなら、その要求を飲んでやろう」
「条件って?」
踊り子の要求が予想通りだったのか、王はそう言ってきた。王の言葉に踊り子は聞き返してくる。そんな踊り子に王はにやりと笑った。
「条件は『教える知識は全て正しいもの』であること」
「!」
「当然だろう?俺は男同士のやり方の正しい知識が欲しいんだ。嘘の情報なら、いらん。有効だと判断しない」
王の言葉に踊り子は目を見開いた。そんな踊り子に王は畳み掛けるように言う。そんな王に踊り子は舌打ちしたくなった。
しまった、二重の意味で失敗した。嘘の情報で時間を延ばすこともできなければ、交渉も相手が常に有効と判断できる条件にまで毎回引き上げられる。相手が有利な状態で交渉に出てしまった。
ならば、交渉自体を変えるしかない。
「なら、交渉条件を対等なものにするまで、応じないわよ?」
「なんだ、はっきり言わないと分からないのか?この交渉方法でなければ、お前達にチャンスは二度とやらない。俺は別にお前達の要求に応える必要はないんだからな。だったら、卑しい旅芸人の一座らしく、王直々の慈悲に歓喜に震えながら、こちらの提示するやり方を受け入れろ」
険しい表情で要求する踊り子に王は嘲笑いながら答えた。それに踊り子は内心地団駄を踏みたくなった。
そう、王は別にこちらの要求に応える必要は全くないのだ。何故、自分に有利とはいえ、交渉のチャンスを与えたかは分からないが、それをこちらが受け入れられないなら、自分達を城から追い出し、二度と入れなくすればいい。そうするのが手っ取り早いのだ。こちらは目的の情報は得られないし、仲間を助ける機会も失ってしまうのに、王は仲間を捕まえられたままだ。正直、交渉なんかするより、こちらの方がメリットがあるように感じる。
最初から、自分達は不利な状況なのだ。なら、少しでも状況を打開すべく、粘り強く交渉するしかない。不利だと分かっていても、応じなければいけない。一番大切な要求が決して拒絶されないように手を尽くし、求めるしかない。
「…分かったわ。『教える知識は全て正しいもの』という条件を受け入れるわ」
「そう、それでいいんだ。俺の寛大さに感謝するんだな」
踊り子の言葉に王は満足そうに頷いた。自分を煽るように徹底的に馬鹿にしてくる王に踊り子は唇をきつく結び、堪えるように噛み締める。
なんて嫌な奴だ。不遜で傲慢。だが、それでいて隙を見せないくらい頭がいいなんて。こんな奴なら、仲間の彼だって嫌うに決まっている。いくら生前の自分といえど、黒歴史とまで言い切り、誰よりも嫌悪する。死後とはいえ後悔して反省するし、性格だって変わり過ぎだと言われるくらい変わってしまう。
そこまで考えた踊り子はハッとした。慌てて首を左右に振り、感情を落ち着かせる。
駄目だ、交渉の場で冷静さを失うなんて。一番の悪手だ。一時の感情に流されて、本当に要求したいものが分からなくなってしまう。それだけは避けなければ。
もしかしたら、王はそれも狙っているのかもしれない。わざと煽る事で怒り狂わせ、判断を誤らせる。そこまで考えている可能性もある。
それなら、尚更冷静に慎重に交渉しならなければならない。不利な条件でも、こちらの要求を貫けるように。
「…もう一つ、要求するわ。『私達が城内を安全に自由に歩き回るのを許可する』。これはどう?」
踊り子の要求に王は内心やはりな、と呟いた。捕らえた思い人を助けるのもあるが、この城に何かしら目的を持ってきた場合、それを探すのにも有効な要求だ。しかも、『安全に』もつける事で自分達の身の安全も守っている。
なるほど。そこまで頭は良くないが、そこまで考えられる程には馬鹿でもないらしい。
「ふむ、予想通りの要求だな。で、その要求を受け入れる事で、こちらが得るものは何だ?」
「『あの子に関する情報の提供』はどう?そんなに執着するなら、あの子の情報が欲しいでしょう?」
踊り子の提案に王は考えた。そんなの、いるだろうか?と。
何せ、思い人は良くも悪くも正直だ。ちょっと煽るだけでも、ぽろぽろ吐き出してくれる。質問すれば、簡単に答える。答えた後に場合によっては不味いという顔はするが、その程度。それなら、思い人の口から聞いた方がいい。
だが、思い人の答えは場合によっては自分の予想を軽く超えてくる事がある。少なくとも、大陸の東の果てから更に船に乗って旅しないと行けないという彼の故郷については自分は知らない。故に真偽が分からない。
様子を見れば嘘ではないのは分かるが、だからといって簡単には信じられないのだ。そして、その真偽に関しては思い人と、せいぜい仲間だけしか分からない事なのである。なら、本当なのか確かめられる手段を持っておくのは悪くないかもしれない。
「…『城内を動き回れるのは、こちらが指定する一人だけ』と『教える情報は全て正しいもの』という条件をつけるなら、いいだろう」
「『有効だと判断する』なら、いいわよ」
王がそう要求すると、踊り子はあっさりとそう返した。それに王はやはりなと思った。どちらを指定するかについて聞いてこなかったからである。つまり、この二人はどちらも城内に侵入しても目的のものを探せる能力を持っている人物二人なのだ。なら最初から、この旅の一座がこの城に来たのは何か探すためのものがあり、それを探しに入り込んだのだ。隠している思い人も見つけられるかもしれない。
なら、応じたのは早まったかもしれない。撤回するか?
いや、それでも思い人からの情報が正しいか知りたい時がある。信じられない情報であればあるほどだ。そして、これに限っては彼らからしか知る事はできない。
「一応聞くけど、城内を動き回れるのは、どちらかしら?」
「男同士のやり方に詳しいのは、どちらだ?」
踊り子の問いに王は逆に尋ねてきた。どちらも情報収集する能力があるなら、どちらを選んでも変わらないだろう。なら、詳しい方から知識を得たい。
そう思った王は二人に問いかけたのだ。
「残念ながら、僕はないよ。少なくとも、彼女よりはないね」
「なら、城内を回るのは、お前を指定する。女が知識を教えろ」
「交渉成立でいいかしら?」
「とりあえずな」
演奏家の言葉に王は彼を指差しながら言った。演奏家が頷くと踊り子が確認してくるように尋ねてきたので王は頷く。だが、すぐににやりと笑った。
「なら、お前達二人は客として扱ってやろう。片方はともかく、もう片方は王に知識を与えるんだ。それなりの対応をしてやる」
「…どういう事かしら?」
「言葉通りだ」
王の言葉に嫌な予感を感じたのか、踊り子は恐る恐る尋ねた。そんな踊り子に笑いながら答えると、王は指を鳴らして兵士達に一言。
「おい、連れて行け」
「は?」
「え?!」
王の命令に兵士達は動き出した。驚く二人の身を囲むと武器を向ける。そんな兵士達に二人は驚き、そして王を見た。すると、王は笑いながら言った。
「昨日のお前達の行動を聞いた。報告によると、お前達二人は兵士達に抗議はしたが、結局は言われるまま大人しく帰った。そして、城の外で仲間らしき三人の男と合流。その中の一人の男は話を聞いたからか暴れ出し、お前達は慌てて止めたとか」
笑いながら言う王を二人は睨みながらも静かに見た。なるほど。昨日帰されたのは自分達の後を尾行し、他に仲間がいないか確認する為。そして、仲間がいたら、特徴を知る為だ。だから、昨日は半ば無理やり帰されたのだ。
「暴れ出した男は、恐らくあいつの恋人。恋人が捕まったのを聞いていてもいられなくなったのだろう。そして、それを主に止めたのはお前達以外の二人の男。一人は長い武器…恐らく槍を所持。止めたもう一人は武器はないが、体は鍛えており、最初の申請の時に告知された人物と同じ特徴の持ち主。なら、この三人が戦闘系だ。そして、お前達二人は兵達に立ち向かえない程度の力しかない非戦闘系。少なくとも、あいつの恋人を止める事に参加できる力量はない」
その言葉に二人は仲間の情報が少しバレた事を知った。帰ったのは夜だったのだが、仲間の情報は収集されているようだ。少なくとも槍を武器を持ち、そして最後の一人が体を鍛えているというのは伝わっているのだから。アサシンクラスとまではいかないまでも、尾行した奴はなかなか夜目がいいらしい。
「なら、城の外で待機している戦闘系の仲間に情報を伝えられないように捕らえるのは当たり前だろう?まして、兵達に勝てないお前達二人だ。逃げるのも容易ではないはず。その間に三人に刺客を送って殺せば、俺からあいつを奪う奴はいなくなる。しかも、その中の一人が恋人らしいなら、尚更好都合だ。さすがのあいつも、恋人が死ねば諦めるだろう。ま、諦めなくてもちゃんと俺が奪うがな」
その言葉に二人は目配せをして頷いた。なるほど。この拘束は城の外にいる仲間への情報漏洩禁止の為か。
「あぁ、安心しろ。お前らはちゃんと客室に案内してやる。貧相かもしれんが。男はともかく、女は俺に知識を教える先生でもあるしな。ま、女は知識を与える時間しか出さんし、男はこちらが指定した時間しか城の中を歩けないが」
それを聞いた二人は内心ほっとした。契約時の行動を守るなら、身の安全自体は守るようだから。なら、契約を破らない程度なら動けるようだ。
知識を教えている間は貴重な情報源として身を保証するみたいだし、城の探索時も身の安全は保証するようだ。城の探索を要求した時に身の安全もいれておいたのは正解だった。これなら、場合によっては彼を探しに行けるかもしれない。
「お前達が要求する時に『自分達の好きな時間に行動する』や『城にいる間は身体の拘束をしない』等という条件を入れなかったのは、こちらにとって好都合だったよ。お陰でお前達二人を拘束しても契約違反にならないし、うまくすれば、いざという時はあいつにお前達二人を人質として提示し、言う事を聞かせられる」
王の言葉を聞いた二人はお互いに目配せして頷いた。とりあえず、王は契約した事は守るようだからだ。交渉を全くの無駄にする気はないらしい。それ以外は守らないようだが。
「お前達二人が、あいつほど優秀な能力を持ってなくて助かったよ。せいぜい案内される部屋で自分達の馬鹿さ加減を呪うんだな」
それだけ言うと王は去って行き、二人は兵達に連れられ、豪華な部屋から質素な部屋へと移動された。牢屋ではないのは幸いだが、部屋自体は簡単に抜けられない作りで、窓とかもない。部屋に監視の兵だけを残し、残りは出ていく。監視がいるとはいえ、部屋の中は自由に動けるようだ。とりあえず、客として扱うというのは本当らしい。
それを確認した二人は話し出した。
「ライダーの言う通り、本当に傲慢な奴ね。ご丁寧に解説してまでしてくれちゃって」
「僕らに言っても誰にも伝えられず、何もできないと思ってるんだろうね。こんな監視はあるけど、拘束すらしないし。一応、客としては扱っているみたいだね。部屋からは出れないみたいだけど」
「でも、城から抜ける事自体は簡単だけど、兵達の相手をするのはちょっとね…数が少ないなら、何とかなるけど、大勢は…あの子の場所も分からないし、目的物の在処も分からないし…」
「できるだけ、あの王様に時間をかけて知識を教え、時間を稼いで二つの場所を特定してから、逃げた方がいいね。城の外の三人と連携しながら」
「ランサーが捕まった時の事を想定して、策を教えてくれておいたから、助かったわ。アサシンも化ける時の特徴を教えてくれたし」
「そうだね。いやしかし、凄いね。昨日帰ったら、アサシンが僕らがつけられている事に気づいたんだもん。ランサーの指示で巻いておいて良かったよ。アサシンもランサーも凄いね」
「ついてきたアサシンとランサーが彼等で良かったわ。お陰でマスターと目的物の場所が分かったら、なんとかなりそうだもの」
二人の会話は、そこで途切れた。それ以上は何も話さず、椅子に座ったり、ベッドに寝転がったりする。そんな二人に監視の一人は部屋を出て行った。
監視の話を聞いた王は様々な視点から得た情報を元に考えに考え、兵士達に指示を出した。そして、兵士達が指示通りに動き出すのを見ると、その場を去っていった。
基本的に王は捕まった後の二人の会話からの情報をあまり信じていない。あまりにも白々し過ぎる。どう考えても、自分の考えをミスリードする為の誤情報。なら、ほぼ間違っていると考えた方がいい。だが、目的物があるのは様々な情報から間違いなく、彼等がそれ目当てという情報だけは確かだった。しかし、それが何かは分からないが。
だから、適切な頃合いを見計らい、わざと監視などを緩めてさせて、あの二人が行動するように仕向ける事にした。
城を歩かせれば、うまくいけば目的物が分かる。分かれば、対策が立てられる。目的物を見つける為に侵入したなら、目的物の場所などの情報を仲間に渡そうとするだろう。そして、捕らえた思い人を助ける為に様々な情報を交換しようとするだろう。その為に、三人の誰かが二人に接触しようと城に近づく筈。なら、その人物を特定して後をつけさせ、仲間の情報を得た方がいい。
残念ながら、三人の情報は王が二人に語った以上にはない。夜だから、あれ以上は分からなかった。後をつけさせたが、何故か見失ったらしい。その時は偶然かと思ったが…
だが、もし二人の会話の通りに気付いて巻いたというなら、話は別だ。尾行させたのは、その道では優秀なものだった。あれに気付いて巻いたなら、相当の手練れだ。二人の会話の情報が正しかった場合、それに気付いて対処したというアサシンとランサーという奴は恐ろしい能力の持ち主である。
しかし、何故そんな手練れが、たかが旅芸人の一座と行動する?これが分からない。どんなに考えても分からないのだ。
故に王は、この情報については頭の片隅に置き、保留する事にした。警戒するべき情報としながら、考える事を一旦止めたのである。
とにかく、情報が欲しい。思い人に関するあらゆる情報が足りない。思い人の仲間の情報が欲しい。思い人を奪い返されないために。
そう考えた王は兵士達に指示を出すと、部屋に二人分の料理を持ってくるように使用人に命令した。自分と思い人の為の料理。自分もお腹が空いたし、きっと思い人も空かせているだろうから。
自分の寝具の上で、自分を待っているであろう思い人の顔を頭に浮かべながら、王は自室へと向かった。