[chapter:澄み渡る白い青と熱く深く煌めく青]
最後に見たのは腹が立つくらい澄みきった青空と白い雲だった。
どこまでもどこまでも広がる澄みきった青。所々に白い雲が浮かんでいる、水のように薄い青の空。
どこまでも広がる軽い色合いの青は、まるで死にいく俺の体のように冷ややかだった。そこに所々浮かぶ白い雲なんか、澄み渡る水に入れられた氷のように見えたから、余計に冷たさを感じた。
とはいえ、後は死ぬしかない体はその冷たい空を見る事しか出来ず。見ないとするなら、目を閉じるしかなく。
その冷たい空の色が心にまで侵食したせいだろうか?かつて一緒にいた熱いものを思い出しても、涙の一つも溢れなかった。
それくらい俺の心は死にいく体のように冷え切っていた。何も感じず、体より先に死んでいた。
死んだ心が涙を流すはずが無い。
「…ここまでか」
消えていく意識の中、そう思ったのを覚えている。
「原田さん!」
カルデアの廊下を歩いていたら、声をかけられた。振り返るとマスターが少し癖っ毛な黒髪を揺らしながら俺に駆け寄ってくる。
深い青の瞳をきらきら輝かせながら、駆け寄ってくる。生者らしく、熱い熱を秘めて。
その青を見るように俺は立ち止まった。
「どうしましたか、マスター?」
「実は槍に有利な戦場に行く事になって…良かったら、原田さんにも来て貰いたいんだ」
俺の問いにマスターがそう答える。眉尻を下げ、困ったからか表情が曇る。
熱く、美しい深い青も少し曇ってしまう。少し、その青い目から熱も煌めきも減ったように感じる。
それを見たくなくて、俺は即座に口を開いた。
「分かりました。行きます」
「ありがとう!」
俺の言葉にマスターは嬉しそうに笑いながら、お礼を言ってくれた。瞳の青も曇りがなくなり、また煌めきを取り戻す。熱も戻る。
それに俺の顔は自然と笑みを浮かべていた。
「ごめんね、原田さん。お休みの日に…」
「構わないっすよ。これから、シミュレーターで鍛錬しようとしていただけですし」
管制室に向かって歩きながら、マスターが謝ってくる。マスターは誰にでも優しく、新人サーヴァントの俺にも気遣いが半端ない。こんな人柄だから、カルデアのサーヴァントは皆マスターが好きだし、俺達新撰組はマスターを俺達の誠と定めた。
今の俺達が集う誠の旗。それが、このマスターだ。
そのマスターの役に立ちたくて、鍛錬しようとしていただけなのだから、そちらを蹴ってマスターの希望を受け入れるのは当たり前なのである。
「休みの日まで、戦いの練習をしているの?」
「あんたに頼られるのは嬉しいんで。ここに来てすぐに聖杯も貰う程にあんたに期待されているなら、あんたへのお礼も兼ねて、あんたの役に立ちたいんですよ」
そう言うとマスターはぴたりと立ち止まって俺を見上げた。俺もそれに倣って立ち止まる。
深くて熱のある青い瞳が少し戸惑いを含んで俺を見上げる。
「もー、原田さん。そういうの、俺は良くないと思うなぁ。相手が女の子だったら、原田さんの事を好きになっていたよ?」
「そうっすかね?俺の嘘偽りのない本心を言っただけなんすけど?」
「そうだよ!男の俺でもドキッとしたくらいなんだからね!!」
「へぇ、ドキッとしたんすか…」
マスターの言葉を聞いた俺は呟きながら、彼に歩を進めた。近づいてくる俺に何かを感じたのか、マスターの深い青い瞳が困惑で満ちる。
青い瞳を見開いて俺を見上げながら、マスターは後退りしていった。そんな彼に俺はじりじり足を進めて間合いを詰めていく。
さり気なく彼を壁に追いやりながら、俺は歩を進める。ついには背中に壁が当たって逃げ場を失ったマスターを囲むように自分の腕を壁に伸ばして、壁と腕で彼を囲う。敵を追い詰めて取り囲むように。
新撰組の常套手段で十八番の手だったから、こういうのは得意なんだ。
壁に追い込まれたマスターは困惑しながら、俺を見上げた。困惑からか、微かに涙が滲んで輝きを増した深い青の瞳が俺を見つめる。
気のせいか、その青い瞳に孕んでいる熱が増した気がした。
「あんたは、こういうのが好きなんすね…」
なら、と俺はマスターの耳元に口を近づけて囁く。
「好きっすよ、マスター。そういう意味で」
「ひぁっ…?!」
耳元で囁くとマスターは体をびくりと震わせながら、小さくてか細い悲鳴をあげた。予想通りの可愛らしい反応に思わず笑みが溢れる。
とはいえ、ここは廊下なので、あまり過剰にはやれない。誰か来る前に手早く済ませなければ。
「言っておきますけど、俺、本気ですから」
そう言って軽く頬に口付けると途端に赤く染まる肌。傍目にも分かるくらいにマスターの体の熱は上がった。
それを名残惜しく思いながらも離れると、マスターは真っ赤な顔で俯いてしまう。少し癖っ毛な柔らかで触り心地の良さそうな黒髪の下の青い瞳は羞恥からか潤んでいる。
青い瞳の熱が更に増した気がした。
今まで見た事のない深くて熱を孕んだ青は金平糖のような甘さを感じた。それに喉が渇くのを感じる。その衝動のまま、喉が鳴りそうになったが、耐えた。
流石に今、それをするのは悪手だからだ。
とはいえ、
「あんたをおとすのは攻めの一手が良さそうだ」
この人の攻略法は見えた。それなら、それをやるだけ。
それだけで良い。
「死なずの左之助は死にたくても死にきれなかったくらいに諦めが悪いから、あんたが諦めて下さい」
そう言って壁についていた手を離して頭を軽く撫でてから体を離すと、彼は俯かせた顔を顔を上げた。これ以上ないくらいに顔を赤らめ、深い青の瞳も羞恥からか、潤んでいる。
しっかりとした熱を孕みながら。
その瞳はあの冷え切った空とは全く違い、何よりも熱く、そして深くて綺麗な青をしていた。しっかりと熱を持っていた。
それが分かった俺は口元が自然と緩んだのを感じた。
あの冷たい青は遠い遠い彼方にしかなく。
今、ここにある青は、かつて共に苛烈に戦った者達のように、激しい熱を抱いて美しく煌めく青だと改めて分かったから。
それに酷く気分が高揚し、また安堵もした。
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