[chapter:深夜に愛情一杯の背徳なカレーライス]
星も月もない暗い夜。原田はカルデアの廊下を歩いていた。生前が生前だったからか、新撰組サーヴァントは自主的にカルデアの治安維持の見回りをしているのだが、今日の深夜の見回り当番は原田が担当だった。時たま、新撰組以外にカルデアを見回るサーヴァント(あくまでも自主的にしている)とすれ違うので、原田は軽く会釈しながら歩いて行く。
厨房のある食堂に行くと、こそこそと動く影が。パスとやらのお陰で影の正体が分かった原田は首を傾げながら影に近づいた。
「そこで何をしてるんすか、マスター?」
「びゃっ?!」
原田が声をかけると影…マスターはびくりと体を震わせながら、変な悲鳴を上げた。恐る恐る後ろを振り向くと最近新しくやってきた原田が怪訝そうに自分を見下ろしている。声をかけた人物が原田だと分かったマスターは安堵したのか、ほっと息を吐いた。
「あ、原田さん」
「うす、原田です。こんな深夜に何をしてるんすか、マスター?」
「ちょっと、お夜食を食べようと思ってね」
原田が頷きながら返すとマスターは笑いながら答える。その返答に原田が手元を見ると、マスターはご飯と何やら茶色い液体の料理が入った少し底が深い器を持っていた。生前では見たことのない料理に首を傾げながら、原田は尋ねる。
「何ですか、それ?」
「カレーライスだよ。俺が作ったんだ」
「マスターが…っすか…?」
原田の問いにマスターが笑いながら答えると、原田は漆黒の切れ長の目を見開いた。
マスターなのに?作る厨房の人はいるのに?
それが顔に出たのだろうか?思わず、と言った感じで尋ねてくる原田にマスターは笑いながら、言った。
「一緒に食べない?夜食の共犯になって欲しいんだ」
そう言ったマスターは悪巧みをする子供のように、ちょっとだけ悪い顔で笑っていた。
「不定期開催の料理教室?」
「エミヤ発案でね。折角こんなにも料理上手な人達がいるんだから、教えて貰うと良い。料理は出来て損はないからねって言われて始まったんだ」
原田の分のカレーライスを盛りながら、マスターは言う。マスター、一人だけっすか?と尋ねるとマスターは困ったように笑いながら、答えた。
「最初はマシュも一緒だったんだけど、マシュはどんどん上達して、凄く上手になって。レベルが違うから、別々に受ける事になっちゃったよ」
後輩が優秀過ぎて先輩悲しい、と戯けるマスター。マシュが料理上手になるのは嬉しいが、一緒に練習出来なくて悲しい、とか、先輩なのに後輩に負けてしまったと複雑な心境なのだろう。そんなマスターの心境を察した原田はそっすか、とだけ応えた。
「で、今日はこの、カレーライスというやつだったと」
「そう。一晩寝かせるのが一番美味しいが、空腹になってしまったら、夜食代わりに味見くらいは良いとエミヤが言ってね。これ、少しなら、夜食代わりに食べて良いって言ってるなと俺は思ったの」
お野菜一杯のカレーだしね、とマスターは呟きながら、原田にカレーライスを渡す。器の中には沢山の野菜が入っていて、確かに野菜の量が多いな、と原田は思った。
自分の分のカレーライスを持ったマスターと共に食堂の席に隣合って座る。
「ルーはアルジュナとビーマが配合してくれたから、その辺は大丈夫だよ。何でも俺が家で食べていた時に使っていたルーを再現したとか。それ以外は俺が作ったから、料理系サーヴァントよりは下手だろうけどね!」
「マスターが家で食べていた味な上にマスター自身が作ったものなら、美味いのは間違いないんで、自信を持って下さい」
また困ったように笑いながら言ったマスターに原田は即座にそう返した。その言葉に今度はマスターが青い目を見開き、隣の原田を見る。それに気づいていないのか、原田は手元の器の中のカレーと米をスプーンで軽く混ぜ合わせていた。米にカレーを纏わせたものを掬うと口に運ぶ。
口に入れると、独特な香りと味と辛味がきた。ほのかに甘さも感じるが、一番は辛味。だが、不思議と不快ではなく、むしろもっと食べたくなる辛さである。
野菜が沢山だから、その甘みだろうか?いや、この甘さは違う気がする。果物か?でも、辛味とかが強過ぎて正体は分からない。
マスターが作ったマスターの家の味ということもあり、原田はゆっくりと咀嚼していたが、口の中のカレーをまとった米は噛み締めるごとに味を失い、ついには形も失ったので次の分をスプーンで掬った。再び口の中に入れて、じっくり咀嚼する。
やはり辛い。でも美味い。そして、口の中が暖かくなると同時に体と心も温かくなったような気がした。空虚だった体が、心が温かさで満たされていく。
原田はこの感覚を知っていた。生前、新撰組で皆と酒盛りした時に感じていたもの。そのせいか、新撰組から離れてからは一回も感じる事は無かった。最後の時には砂漠のように枯れてすら、いた。
それが、今はどうだろう。空だった腹は、胸は、体は、心は温かく満たされ。
エーテルで出来た体だというのに原田は温かく満たされたのを確かに感じた。
それがもっと欲しくて。もっと味わいたくて。
原田は次々にマスターが作ったカレーライスを食べていった。一口、二口、三口。
気がつくと、器の中にカレーも米も無い。
それを見た原田は何だか少し悲しくなってしまった。
「どうだったかな、原田さん?」
「凄い美味い飯でした」
原田が食べ終わるのを見たマスターが声をかけると、彼はそう即答する。
「マスターは、こんな美味いものを食べて育ったんすね…」
「大袈裟だなぁ。カレーなんか、ルーさえあれば、大体の人が作れるよ」
ほう、とため息をつきながら原田がしみじみと言うと、マスターは戸惑いながらも笑顔で答えた。そんなマスターを長い前髪の下から横目で見ながら、原田は思う。
あんたはこんな美味い飯を出すのが当たり前な家に生まれ、生きていたんですね。これが普通な時代に、これが普通な家で生活していたんですね。
生前の自分の家を、時代を、国という社会を思い出しながら、原田は思う。そして、
こんな所で死んで欲しく無い。元の世界で平和に暮らして欲しい。
あんたは幸せに生きて、そして死んで欲しい。
強く、そう思った。
マスターに礼を言って器の後始末をした原田は別れの挨拶をマスターにすると、再びカルデアの廊下を歩き出す。廊下を歩いて異常がないか見回りしながら、原田はぽつりと呟く。
「…あんたをこんな所で死なせはしない」
その呟きは確かな決意で、意思で、願いで、そして…
原田が今生きる、一番の理由になったのだった。
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