とある一般隊士の話


その鬼狩りはそれは美しい声で歌を紡ぐのだそうだ。
美しい声で歌いながら、舞うように鬼の頸を落とす。
憎むべきものであるはずの鬼を包み込むように、まるで鎮魂歌を捧げるように歌いながら。

「この間、歌柱様と任務が一緒になったんだ」

「えっ!いいなあ!どうだった?噂通りだった?」

「ああ!それはもう噂に違わぬ美しい歌声と強さだったぞ」

「俺も一度ご一緒させていただいたけど、すごいよな…」

「歌を聴いた鬼の動きが止まるんだもんな…この間の鬼なんか泣いてた」

「鬼が!?」

「俺も目を疑ったさ!でも歌柱様が歌い初めて少しして、泣いたんだよ鬼が!」

「まじかよ…すげえな…」

「でもわからないでもないんだよなあ…すごい優しい歌声でさあ…俺も泣きそうになったもん」

「俺もご一緒したいなあ…」

「だよなあ…」








とある炎柱の話


歌柱・音無結弦は常に微笑みを浮かべている。
優しげなその表情は、誰しもが安心するもので
隊士の中には歌柱を見ただけで鬼と交戦中だというのに、安心して泣いてしまった者もいるという。
彼は鬼と目視するより早く歌を紡ぎ、聴き惚れて動きを止めた鬼の頸を落とす。
苦しまぬように、慈悲深く、一撃で。
一度、何故屠るべき鬼に慈悲をかけるのか、と問うたことがある。
帰ってきた言葉はいたって単純なものだった。

「彼らも元は人間なんだから、せめて苦しまないように送ってやろうと思っているだけだよ」

答える彼の表情はいつも通り微笑みを湛えていたけれど、どこか悲しそうに見えた。
正直、元が鬼なのだとしても慈悲をかける彼の心はわからない。
いくら彼がその優しさで慈悲をかけたとしても、鬼は嘘を吐き人を殺す。
いつか彼の優しが彼自身を殺すかもしれない。
それが自分は恐ろしかった。

彼は優しく慈悲深い。
そしてそれに見合う強さを持っている。
いつか不死川が言っていた、「アイツはいつかあの甘さで死ぬんじゃないか」と。
それにはその場にいた全ての柱が同意した。
彼の優しさは美徳だ。
鬼に慈悲をかけるところを除けば。
だから何度も鬼に慈悲をかけるのはやめろと、何人もの隊士が告げた。
けれど返ってくるのは、いつもの微笑みだけなのだ。

だから己は諦めてた。
彼は優しく慈悲深いままであればいい。
その優しさが彼を殺そうとするならば、己が守ればいいのだと
そう諦めたのだ。

「結弦!君が慈悲の刃を以って鬼を斬るならば、俺はそんな君を守ろうと思う!」

「…同じ柱なのに?」

「同じ柱だからこそだ!」

「では、俺も貴方を守るよ」

「むう…それでは本末転倒だが…」

「俺としては貴方こそ守らなければならない人だと、思ってるので」

そう告げる彼の表情はいつも以上に柔らかく、それ以上何も言えなかった。






とある弟弟子の話


俺には兄弟子が二人いる。
一人は同年代の性格のあまりよろしくない奴。
まあ今回はこっちについては割とどうでもいい。
それなりに尊敬はするけど。俺にすぐ暴力振るうし。

もう一人の兄弟子は、俺に理不尽な暴力を振るったり馬鹿にしたりしない。
いつも優しそうな音がして、側にいるとすごく落ち着く。
壱の型しか使えない俺や、壱の型が使えない兄弟子獪岳とは違って
その人は全ての型を習得した上で、自分に合う新しい呼吸まで生み出してしまったような人だ。
俺たちの師匠…じいちゃんも、あの人に関しては一目置いていた。
あの人…結弦兄ちゃんは俺より何年も前に最終選別に行って、無事に帰って来て
十四歳で柱になった。
忙しいだろうに、それでもたまに帰って来ては、俺や獪岳の稽古をつけてくれた。
その度に結弦兄ちゃんは、柔らかな笑顔で優しい声で俺たちに子守唄を歌ってくれる。
そして出発する時に必ず俺と獪岳それぞれに声をかけてくれる。

「何かが欠けていてもいい。出来ないことは誰にでもある。
 出来ないことを嘆くより、出来ることを極めなさい」

言葉は毎回違うけれど、それは毎回同じような内容で
俺や獪岳が全ての型を使えないことを知っていてかけてくれている。
その言葉があったから、きっと獪岳は昔より音が優しくなったんだと思う。
…あくまでも昔に比べてだけど。
獪岳は結結弦弦兄ちゃんが大好きなんだ。
音を聴かなくたってわかる。
兄ちゃんから帰るって連絡があるとそわそわして、稽古にも身が入らなくなる。
じいちゃんに怒られてもそわそわしてるから、驚きすぎて心臓が口からまろび出るかと思ったよね。
(それを言ったらじいちゃんに「お前も大概だ」って言われたけど)

結弦兄ちゃん。俺の、俺たちの大好きな兄ちゃん。
強くて優しい兄ちゃん。
でもそんな兄ちゃんが、歌を歌う時だけ少しだけ怖がってる音を出すことを俺だけが知ってる。









とある青年の話


トラ転生したら類稀なる美声を持った美少年に生まれ変わっていた件。
仕事帰りに横断歩道歩いてたらトラックに轢かれて気がついたら赤ん坊だった。
あ、これインターネットでよく見るやつだ!と思ったよね。
きっと色々チートなスキルを付与されているに違いないお約束的に。
案外冷静だったのは、多分混乱するいとまを与えられずに、赤子特有の腹減りと感情が大爆発したからだろう。
その後なんとか幼少期は優しい両親に蝶よ花よと育てられ、色々なことがあり
気が付いたら鬼を狩る鬼殺隊の一番上の階級である柱になっていた。
…色々は色々あったんだよ…家族を鬼に殺されたり、助けてくれた人が元柱だったり、
途中で「あっこれ鬼滅の刃だ!」って気付いたり…いや気付いた時にはすでに最終選別だったんですけど。
我ながら気付くの遅いな?と思ったけど、色々と怒涛のようにありすぎて
この世界がなんなのかとか考える暇がなかったよね!
こちとら可愛がって大切に育ててくれた両親喰われてんだよ!無理だよ!!

俺を拾ってくれた人…じいちゃんは元鳴柱で、俺を厳しいながらも大切に育ててくれた。
修行は厳しかったし、逃げ出したくなるときも沢山あった
それでも耐えられたのは、やり遂げた時にじいちゃんが沢山褒めてくれたからだ。
だから俺はじいちゃんが大好きだし、そのじいちゃんが連れてきた弟弟子たちも大切だった。
一人は色々とこじらせていたが、それでも褒めまくってたら、それなりに素直ないい子に育った。
もう一人の子は泣き虫で、すぐ逃げようとするような子だったから
自信が少しでもつくように、と俺もじいちゃんと一緒に稽古をつけたりもした。
その結果泣き虫なところは変わらなかったけど、少しは自信を持ってくれたと思う。

さて、俺の師匠であるじいちゃんは「雷の呼吸」を使う。
その弟子である俺は「鳴柱」であるはずだ。でも現実は違う。
俺の階級は「歌柱」、そう鳴柱ではないのである。
最初は確かに俺は雷の呼吸を使っていた。間違いなく。
けど、最終選別の時、俺の呼吸は雷のそれとは少し違ってしまった。
…うん…あの…歌をね…歌ったんですよ…
最終選別の山って、暗いじゃないですか…暗いの怖いじゃないですか…
しかもめっちゃ物音するじゃないですか…
だからちょっとでも怖いのをごまかそうと歌ったんですよ…
そしたらまあ…鬼が寄って来てだね。大混乱して歌ったまま呼吸使ったら…なんか…派生した…。
じいちゃんに報告したら、目をまん丸にして「歌の呼吸」という名前をつけられてしまいました。
ごめんねじいちゃん、俺も鳴柱になりたかったよ…
でもきっと獪岳や善逸が柱になってくれるさ…きっと。