光のシャワーと大歓声
惜しむように紡がれる何度目かの「アンコール」の波に押されそうになるけれど、
さすがに、とマネージャーに止められた。
「E-Sちゃんのサービス精神が旺盛なのはいいけど、5回はさすがに多いわ」
呆れたような言葉と一緒に降って来た大きなタオルの下で、一理あると笑った。
中王区で行われるラップバトルの前夜
政府から依頼を受けたそのライブは無事に終了した。
無花果さんの話では、会場が中王区内ということもあって、観客は女性のみ…ということだったが
歌っている最中に隔離された関係者席に、何名かの男性が見えた。
…関係者席だからいいんだろうか。
見たことのある赤い髪の人もいた気がする。遠目だか確信はないけど。
とにかく、ライブも終わったし、後は帰るだけ…そう思っていたんだけど
「素晴らしいステージでした」
「ありがとうございます」
目の前のテーブルにはゆったりと湯気をのぼらせた紅茶。
そしてテーブルを挟んだ反対側には、
内閣総理大臣・東方天乙統女、さん…が座っている。
その後ろには、もちろん無花果さんが控えていて、こちらを優しげな笑顔で見ている。
「貴方は、ラップはしない…のでしたね?」
「あ、はい…俺には向いてなくて」
実のところ、二郎や一郎さんに頼んで練習したことがある。
…歌詞があればまあ…ラップ自体はできた。
歌詞があれば。
即興でリリックを刻もうとすると、「ラップ」ではなく「言霊」が発動してしまったのだ。
…やばいと思う。
ヒプノシスマイクで言霊とか、危険なことこの上ない。
実際、うっかりそのリリックを受けてしまった一郎さんは数日体調が悪かったらしい。
本当に申し訳ないことをした…。
「ヒプノシスマイクは持っているのでしょう?」
「はい。送り主不明で贈られたものですが…」
「…あら。名前は記さなかったのですね」
「え…」
「いいえ、なんでも」
何か小声で呟いたようだったけど、さすがに聞き取れなかった。
…後の無花果さんが咳払いしてるけどどうしたんだろうか。
「でも、残念ですね。あんなに美しい歌を歌える貴方のラップを聴けない、というのは」
「…失礼になってしまうかもしれないんですけど…。
今の俺にとって「歌」は戦うためのものじゃないんです…」
かつて、はそうだった。
歌い、戦い、敵を屠った。
でも、この世界では、せめてこの世界では違うものでありたい。
「俺の歌で、少しでも幸せな気持ちになってもらえれば、と」
言霊は使わない。
ただ純粋な「歌」で、少しでも誰かが笑ってくれればいいな
そう思って歌っている。
ヒプノシスマイクを使ったラップバトルを推奨している国のトップには
かなり失礼にあたることを言っている自覚はある。
でもそれでも、これだけは譲れなかった。
「……そうですか…」
叱咤されることを予想していた。
腑抜けと言われるのではないか、と身構えもした。
でも、目の前の人は、ただ柔らかく笑みを深めて、紅茶を一口飲むだけだった。
「無花果、彼にあれを」
「はい」
カップをテーブルに置いた彼女が告げると、
無花果さんが俺の前に一枚のチケットを置いた。
…これはもしかしなくても
「明日の決勝トーナメントの招待券だ。
観客席ではなく、別室での観覧にはなってしまうが」
「…女性のみの観覧じゃないんですか?」
「一般枠はそうだな。だが内閣府の招待枠はそうではない」
「ないかくふ…」
国家の頂点に招待されてるんでしょうかこれ。
…あ、本当だ。端に金色で中王区のロゴが印刷されてる。
「でも、いいんですか?」
「ええ。素晴らしい歌を聴かせていただいたお礼です。
それと、今後も中王区内でライブを行っていただければ、という願いもありますね」
「それに関しては俺の一存では…」
「わかっていますよ」
俺がどのステージに立つか、最終的に決めるのは雅楽代社長だ。
まあ、あの人最近俺を売り出すのが楽しいって言ってたから、ダメとは言わないと思うけど。
そのままチケットはありがたく受け取って(おまけに今日のホテルまで用意してくれてた)
少しお話をしたあと、他の女性職員の案内で部屋を出た。
社長やマネージャーには話を通してあるから、このままホテルまで送ってくれるらしい。
…着いたホテルの部屋が最上階のスイートルームとか聞いてないんですよ…。
「…いかがでしたか。乙銃女様」
「ええ…とても、素晴らしい」
歌もさることながら、あの「声」が何よりも素晴らしい。
今まで出会ったものの中でも、他の追随を許さない美しさ。
「全てが終わった後、よいプロバガンダになってくれそうです」
素晴らしい声、歌
見目も悪くない。
「乙統女様、差し出がましいのですが…あの子の意思を…」
「…わかっていますよ。無理強いはしないと誓いましょう」
それにおそらく、
「無理矢理、などという手が通じる相手でもなさそうです」
にこやかに、柔らかく微笑んでいた少年
でもだというのに、隙はどこにもなかった。
まるで歴戦の戦士を前にしているかのような感覚までも覚えるほどの。
「ところで、なぜ匿名でマイクを?名前を出してもかまわなかったのですよ」
「…匿名で見守るのに、憧れておりまして…」
「……………そうですか」
ガラスを隔てた舞台の上
大事な家族が戦っている姿を見下ろす。
一戦目は一郎さんたち
左馬刻さんと一郎さんにとっては因縁の対決だろうし、熱くなるのもわかる。
しかし、心臓にとても悪い。
なにせどちらのチームとも全員とそれなりに親交がある。
おまけに片方には肉親がいるのだ。心臓に悪いったらない。
誰が傷付いても心臓に悪いが、銃兎さんが吹っ飛ばされた時は悲鳴をあげそうになった。
…この観覧室に俺以外いなくてよかったと思いました。
まあその後、全員吹き飛ばされて結局声は上げっちゃっただけど。
叫んでないからセーフ。
「…ラップって怖い…」
繰り広げられていく各チームの戦い。
殴り合いや、武器を使ったものじゃない
だというのに血は流れるし、吹き飛ばされる。
それを引き起こしているのが「ラップ」だという事実に血の気が引く。
「…言葉なんて避けようがないもんなあ…」
それは俺が一番知ってることだ。
繰り返された戦いの終わり、1人立ち上がる寂雷先生を見て、そう呟いた。
あの子は昨日の時点で帰っているはずだった。
ライブが終われば中王区なんかに用はないだろうし
あの雅楽代社長が連れ帰るだろうと、そう思っていた。
だから連絡もしなかったし、心配もしなかった。
だというのに。
「あ、おかえりー」
ホテルに戻ると、なぜかあの子がいた。
のほほんと、片手にジュースを持って。
「あ?結弦?なんでこんなとこにいやがんだ?」
「諸事情」
「諸事情だあ?中王区にいる諸事情ってのなんだこら」
「いたたたたたたた頭掴まないで痛い痛い痛い」
俺よりも早くあの子に詰め寄る左馬刻に今更驚くことはしない。
なにせ「その子はお前の弟じゃないんだが?」と何度も言ってしまうほど構うのだアイツは。
「左馬刻。中王区にいるのは私も知っていましたから、放してあげて下さい」
「あン?」
「ですが、予定では昨晩帰っていたはずでは?」
「うんその予定だったんだけど…これもらっちゃって」
かさり、と音を立てて渡されたものに、思わずメガネがズレた。
渡されたのは今日行われた決勝トーナメントのチケット
それはまだいい。
問題は、そのチケットには「中王区」の印が押されていたことだ。
つまりこのチケットは、一般販売されたものではなく
内閣府からの招待券、ということになる。
「…ちなみに、誰にもらったんです、これ」
「…」
「…やっぱり言わんでいい…」
にっこりと微笑みで返されて、聞くまでもないと気付いた。
昨日、この子は内閣府の依頼でライブを行っている。
ならば、つまり、そういうことだ。
頭を抱えながらも、左馬刻や理鶯に見えないよう、チケットを握り潰した。
「おいこら、結局なんでここにいんだよテメエは」
「え、本当に知らないの?銃兎さんから聞いてないの?」
「ア?」
「理鶯さんも?」
「うん?」
「…銃兎さん言ってなかったかー」
握り潰す背後で行われるやりとりに、ため息を吐いて気を取り直す。
そういえば、左馬刻や理鶯には布教はしたが告げてはいなかった。
老若男女に絶大な人気を誇り、一世を風靡している素性不明の歌手・E-S
その正体が、まさに今目の前で笑って話をしているあの子だとは。
「ホテルのロビーで騒いでは迷惑でしょう。部屋に行きますよ」
「あ、はーい」
まだ左馬刻に詰め寄られている腕を取って、エレベーターに向かう。
部屋もおそらく取ってあるのだろう
そう思って部屋の階数を聞けばカードキーを渡されて
そこに記された部屋番号に、今度こそメガネを落とした。