兎に祭文2
土曜…夕方
磨りガラスの窓を少し開け、帰っていく女性の背が小さくなるのを見送ってから海野は、自身も事務所を後にした。
まず、近場のレンタルショップをしらみ潰しに探る。
問題のDVDはわりとすぐに見つかった。
暖簾という心許ない仕切りで区切られたスペースの、上から下までありったけのDVDを借りる。
お客さま、レンタル制限が…という遠慮がちな警告は別な警告で黙らせて、両手いっぱいにピンクなDVDを抱き抱えながら店を後にした。
背後で本日のカノジョを求めてきた者達の怒号や悲鳴が聞こえたが、海野はけして振り返りはしなかった。
まずは一つ。
携帯を眺めて、残りのショップの所在地を確認する。
まだ夕方のはずな空はすでに暗く、風は昼間と違い、身を裂くようだった。
土曜…深夜
久々に開いたノートパソコンの中で、女があんあん喘いでいる。
もう何本目だったか。途中で数えるのをやめ、手元のメモ帳にタイトルと、その横に小さく×を書いた。
それでも念のため、最後まで見終えてからDVDを交換する。次は人妻モノらしい。
再生を押す前に、身体を伸ばせば椅子がギシギシと悲鳴を上げた。
眼球が痛い。
眉間を揉みながら一度立ち上がり、事務所を出る。闇を溜めたような踊り場の、一つしかない小さな窓を開ければ、夜の風が吹き込んできて、海野は目を閉じた。
街の喧騒もほど遠い空気に、ほっと息を吐く。
白く濁って流れていくそれの向こう側に、隣の大家さん宅の二階が見えた。
カーテン越しに光が漏れている。
まだ起きてるのかと、ぼんやり思いながらもポケットから煙草を取りだしくわえた。
くわえただけだ。吸いはしない。
生前、父が吸っていたそれと同じものはくわえるだけで鼻孔にあの香りが甦る。
上下に揺らしながら、なんとなしに大家宅を眺めた。
なぜこうも、欲望というものは疲労が溜まるんだろう。
目の当たりにするたびに、思う。
ふと、依頼主である女性の事を思い出した。
『よろしく、お願いいたします…』
震える声より、泣きつかれた顔より、きつく握られた拳より、なぜか彼女のつむじばかり印象的だ。
あまり、顔を上げて話さなかったな。あのひと。
煙草を噛み締める。
窓をパシリと閉めて、事務所へ向かった。
つけっぱなしの液晶で、人妻が再生を待っている。
事務所の明かりはその日、消えることはなかった。
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