兎に祭文1


なんてことない土曜日であった。

呼び出されたそこは超高層ビルの最上階で、よく磨かれたガラスの向こうに青い空と煌めく街並みが見える。


「相変わらず眺めがいいね」

「気に入ったなら、鯖江も一緒に住むジョ〜!大歓迎だジョ?」

「いえ、結構です」


即座に断られたハタ坊は、残念だジョ〜とさほど変わらない様子で両手を振り回しながら室内を走っている。
どうやら会えた喜びを表現しているらしいが、生憎芸術のセンスが皆無な海野には伝わらない。


「鯖江はトモダチだからいつでも引っ越してきていいジョ〜」

「あ、ありがとう…」


はて。彼の言うトモダチの概念はどういったものなのだろうか。
探偵を初めて数年、付き合いもその頃からだが海野の思うトモダチらしき事は全くなかった。


「それで、頼みって?」


控えておるイケメン執事からの敵意バシバシな視線から逃れるように、早口で大企業の社長でもある少年ーーー…に見えるが実際はいい年である…ーーーに、赴いた理由を問う。
あぁそうだったジョ〜と暢気な声を上げ、ハタ坊はパチンと慣れた様子で指を鳴らした。
控えていた執事から、ハタ坊に白い紙が渡される。


「これを届けて欲しいんだジョ」


ハイ、と差し出された紙を受け取りながら、経由する意味があるのだろうかと海野はげんなりした。執事と海野で済む話なのに、敵意の視線が威力を増した。
気付かないふりをしながら、渡された紙を見る。
なんてことないただのハガキだ。
念のため裏と表を確認して、


「なんて書いてるの?」


呻くしかなかった。
字がヤバイ。
字が汚い。


「お誕生日会のお誘いだジョ〜!」


どこがだ。
眼を細めて見てみる。
浮かび上がるとかいう仕掛けを期待したが、裏切られた。
同時に納得した。


「配達して欲しいってことだ?」

「さすが鯖江!正解だジョ!」


当たっても嬉しくない。
切手は貼られているが、この字では人類が例え火星に行けたとしても解明するのは難しいだろう。
テクノロジーでどうにもならないものを見た。
なるほどね、と頷く海野はハガキをヒラヒラ振って問う。


「誰に届ければいいの?」

「昔っからのトモダチだジョ〜!大事なトモダチだジョ〜!!」


続いて告げられた住所に、思わずハガキを落としかけ更なる敵意の視線を浴びることとなった。














まさか、ミスターフラッグと知り合いとは…。
冬とは思えないほどの陽気に、ハガキで顔を扇ぎながら海野はげんなりした。
意外とあなどれん、あの六つ子。
一度会ったが、もはや顔の印象はだいぶ薄れていた。同じ顔だった事だけは覚えている。
依頼がわりとすぐに済むような子供のお使いレベルだった事に喜ぶべきか、と大家宅で立ち止まり、なぜかいつも差されておる雨傘の影、郵便受けにハガキを投函した。


ガチャン


錆びた音が嫌に耳につく。
ふと、そこでビルの前に誰かが佇んでいることに気づいた。
目が合う。
どこか幼い顔立ちをした女性だ。
頭を下げたら、ぎこちなく返してくれた。


「ご用ですか?」


同じビルのよしみだ。
この時、海野にはあまりないほど親切に声をかけた。
今思えば、何か予感があったのかもしれない。
女性は少し躊躇うように視線を泳がせてそれから、こう口にした。



「あの、二階の探偵事務所に……」




冬とは思えないほど暖かい日だった。


なんてことない土曜日であった。

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