兎に祭文3


日曜日



永遠、パソコンにかじりついていた。
そろそろエロな展開も予測できるようになった。
人妻モノは大体が昼間にうっかり玄関からのアレー☆な流れになる法則。
やめてはもっとに聞こえるらしい。
だいぶ、主観が入った翻訳機だと思う。













月曜日…朝方



『もう二度と合コンしたくない!!』

「へー」


さよけ、と相槌をうつが全く興味がわかなかった。外との温度差で曇っていく窓ガラスを眺めながら、コンビニ7で立ち読みをする。
正確にはふりをする。


『ほんとありえない!慶応でも無理!!だいたい、同じ顔ってありえないでしょ!?』

「…………同じ顔?」


鼓膜への暴力との思える音量に、僅かに離していた携帯を改めて耳につけた。


『そう!六つ子!アイダとまじ引いてたから!フツートモダチ呼ぶでしょ!?なにあんたボッチかよ!!』

「六つ子ねー…」


脳裏にいつぞやの夕暮れが浮かぶ。
だが顔は靄がかかって思い出せない。
最近、よく人伝に聞くなと思いながら視線の先で動いた影に海野は一度、口を閉じた。


男が、マンションから出ていく。


それを確認して海野も動いた。雑誌を乱暴に戻して店員の視線が突き刺さる。


「ごめん、サチコ。また電話する」

『え?えー!?ちょ、鯖江…!』


見もせずに携帯をオフにした。
そのまま男の背が小さくなるのを横目に、マンションの裏口へと回る。
待たずとも裏門はすぐ開いた。
ゴミ袋を両手に持ったサラリーマンが出てきたのだ。
それをそっと壁際で見送り、ゆっくり閉まっていく裏門の、その中へと滑り込む。
さてと、と革の手袋をしながら海野は階段を見上げた。
男の部屋は508。
つまり五階ということだ。
げんなりしながら、最初の一歩を踏み出した。










月曜日…昼




携帯におさめた画像を確認しながら待つこと数分。


「こちらでいかがでしょうか」


綺麗な色とりどりの花束が仕上がった。
礼の言葉と五千円を店員に渡し、フラワーショップから出る。
青空は覗くものの、雲がまだらに浮かんでいて、空気はひんやりしている。
携帯をコートのポケットに突っ込んで、海野はアオになった横断歩道を渡った。
向こう側に、白く聳える病院が、古ぼけたせいか墓標に見えた。



病棟の廊下というだけで、薬品の香りがする気がする。
むわりと暑いから、コートを脱いで腕にかけた。効きすぎだろ、暖房。
シャツの第一ボタンを外そうかと手を伸ばしたとき、すぐ横の病室のドアが開いて医者らしい男性と、少し年上だろうか女性の看護士が出てくる。
一応、会釈をしたら眉をひそめられたが、特に咎める声はなかった。
彼らに背をしばし見送り、中に入る。
病室は、やはり暑かった。
ボタン外せば良かったと思いながら、ゆっくり近づく。
ベッドの横に、女性が座っていた。
自分よりだいぶ年上の女性の、その背は驚くほどに小さい。そして、細い。
その小さな背から伸びた枯れ木のような手が、ベッドに横たわる少女の腕を擦っている。


「海野さんですね」


かける言葉に迷っていたら、女性の方から声をかけてくれた。
振り返りはしない。


「お電話をくださった…」


彼女はずっと、少女を見ている。


「はい」


答えながら、彼女の背が震えているのに気がついた。
何となく、見てはいけない気がして、ベッドの少女へ視線を移す。


「この子だけじゃなかったんですね…」


老婆のような声だと思った。
何もかも、渇れてしまったかのような。


「やっぱり、この子だけじゃなかったんですね…」


女性のすすり泣く声が、混じる。
電子音の合間に。
わざとらしいほど大きな呼吸音。
その全てが少女から漏れ出る音なのに、けれど少女は微動だにせず瞬きすらやめて、ただ天井を見ていた。


「あの男は、他にも…」


堪えきれない嗚咽を聞きながら海野は、花束を渡すタイミングが永遠に失われたのを悟った。
















月曜日…夕方



花束は結局、ナースステーションの看護士に託した。
持っていても邪魔だし。
今日の成果を報告にと歩いていた海野は一度、立ち止まる。
視線の先に今川焼屋。
冬の冷気にもうもうと湯気を上げ甘い香りで誘っている。

手土産一つでも買おうかな。

海野は思って、今川焼屋へ歩き出した。















月曜日…夜




迷った末にあんこ二つとクリーム二つを買った。
女性相手にちょっと多いかなと思ったが、二つじゃ少ないし三つでは箱の収まりが悪かった。
まぁいいやと思いながら、アパート横の電柱下で待つこと数十分。
どこかとぼとぼと歩く依頼主の姿を見つけ声をかけるが反応がない。
怪訝に思いながらも、目の前を通りすぎようとしたから咄嗟に肩をポンと叩いた。






瞬間、依頼主の身体が崩れ落ちる。





条件反射で細い腰に手を伸ばし掴まえる。引き寄せるときヒールで足を踏まれて気が遠くなった。
痛みに震える唇を噛み締めてから、口をあける。


「大丈夫ですか…?」


そこで、自身の腕の中、女性がガタガタと震えているのに気づいた。
夜目でもわかるほど、顔が白い。
海野は息をのみ、身体を抱き直す。


「鍵はどこですか?開けます。トイレに行きましょう」



女性は頷くことすら、出来なくなっていた。














月曜日…夜



結局、嘔吐を続けた依頼主の背を永遠撫でることでその日は終わった。
白々しいほど明るい電気の下、便器にゲーゲー泣きながら彼女はずっと謝っていた。
その背を撫でる自身の手が、病室の女性と重なって見えた気がした。
今川焼はしょうがないから、仕事帰りにばったり会った大家さんにあげた。
それが悲劇を生んでいることなど、海野は知らなかった。












「なんで四つなんだよ!誰買ってきたんだよ!!!!」











A:隣の探偵です。

- 14 -

*前次#


ページ: