兎に祭文4


火曜日…早朝




先日、携帯におさめた画像とDVDのそれを照らし合わせたデータはわりとSDの容量をくった。
画像と動画って本当にすぐいっぱいになるなと海野はげんなりしながら長時間の作業に疲れた目の端を揉みながら、階段の踊り場の窓を開ける。
タバコをくわえながら、目の前の窓から明かりが漏れているのに気づき、思わず時計を確認する。5:11。
珍しいなと思いながら、狭くなった空を見上げた。
重い雲がたちこめて、空の色を忘れさせる。
雨が降るな。
海野は思った。












火曜日…朝




約束の時間に依頼主がアパートの階段を下りてきて、ほっとする。
こちらに気づいた彼女が、青い顔で会釈をしたから、海野も軽く頭を下げた。

大学までの道のりを、付き添う。

現時点での報告をしながら、海野は依頼主がずっと唇を噛み締めているのに気づいていた。
昨日もだ。
あの時もそうだった。
初めてあった時と同じように、彼女はずっと俯いている。
海野は空を見る。
もう降りだしそうなのに、なかなか降ってこない。
空気ばかりが拒絶するように冷ややかだ。
報告することもなくなって、お互いしばらく無言になる。
特に他人との沈黙が苦痛には感じない方だから、海野は黙って隣を歩く。
あの角を曲がれば大学が見えるというとこまできて、ふと、依頼主が立ち止まった事に気づいた。


「電話が、」


振り返れば、彼女はやっぱり地面を見ていた。


「電話があったんです…」


誰からとは聞かなかった。
代わりに、海野は手を伸ばす。


「会いたいって」


彼女の頭を抱えるように抱き締めた。


「また、会いたいって…」


震える吐息が胸に当たる。
海野はゆっくり依頼主の背を撫でながら悟った。


もう、とうに限界なのだと。















火曜日…午前中





依頼主を無事に大学へ送り届けてから、海野はSDカードを握りしめ警察署へ向かう。先日、病室で頂いた一枚の名刺を頼りに。
ただ、それを見せても少々お待ちくださいと自販機前の休憩スペースで待ちぼうけをくらった。
ま、しょうがない。
海野は携帯を取り出す。
ワンコールで繋がった。
相手が何かを言う前に、


「海野です。ハタ坊を」


と言ったら、盛大に舌打ちされた。
オープンに失礼である。
自販機を眺めながらハタ坊を待つ。


『もしもし鯖江〜?
鯖江から電話きて嬉しいジョー!
ど〜したジョ?』


「急にごめん。頼みたいことが出来たんだ」



本題に入りながら海野は、自販機でボスのブラック無糖が売り切れになっておるのに、その時初めて気がついた。















火曜日…午後



途中で電話切ったしな、と思ってスタバァに寄ったら二人とも居なくてしょうがないから、ホワイトモカを持ち帰りにした。
駅前のスクランブル交差点で口をつけながら、対岸の大型液晶テレビに映し出される映像を見上げる。
三十二歳会社員がリベンジポルノで逮捕されたニュース。
顔も名前も映らない。
隣の女子高生が「ウケる」と笑った。


「セックス撮らせるとかバカっしょ」


なんでこの時間に女子高生がおるのだろうか…、横目で見る海野の頬に冷たいものがあたった。


「ゲッ!雨じゃん!」

「えー!エクステやったばっかなんですけどー」


足下でアスファルトがじょじょに色を濃くしていく。













火曜日…午後





玄関をノックしても返事がない。
話ではもう帰っているはずだがと時計を確認しながらもう一度、携帯を取り出す。
暫くのコールのあと、ぶつりと音が消えた。

繋がった。


ほっと息を吐く自身を怪訝に思いながら、「海野です」と告げる。弱々しい返答があった。人混みにいるのだろうか?周りの音の方がよく届く。


「今日の昼頃、捕まりました」


返事はない。


「暫く会いに来ることはありません」


構わず続ける。


「関連する映像や画像はすべて消去しました」


アパートの薄暗い廊下にジジッと音をたて、電気がつく。


「DVDの回収にはあと二、三日、お時間を頂きます」


報告を終えて、海野も黙る。
互いに、無言だった。
携帯の向こうではざわめきばかりが聞こえている。
何度目かの瞬きのあと、それが人のモノではないのに海野は気がついた。
なら、なんだ。
思い出そうとして、すました耳に女性の小さなため息が届く。


「ありがとうございます、海野さん」

「いえ、また経過は報告させて頂きます」

「よろしくお願いします…」


女性の声は、もう震えていなかった。











火曜日…夕方





コンビニ7でタバコと肉まんを買って事務所に向かう。
傘をぼつぼつと叩く大粒の雨を、ぼんやり見ながら海野は釈然としないものを感じていた。
なんだろう。
近い言葉なら違和感だ。
しっくりこない。
そんな表現がぴったりだ。傘を畳んでビルの階段を上る。
傘立てなんて上等なモノがないので、ドアの横に立て掛けた。
わりと靴が濡れたなと思いながらドアに手をかけーーーー…、眉をひそめる。
ゆっくり、探るようにドアを開け、


「お帰りザンス」

「………」


たら、腐れ縁がヨッと片手を上げてソファでくつろぎながら声をかけてきた。
思わず、口を引き結ぶ。


「なんでここに…」

「ミーとちみとの仲ザンショ!」


どういう仲だろう。


「どうやって中に…」

「鍵を開けて入ったザンス」

「鍵かかってたよね?」

「開けたザンス」


キラリーンと輝く前歯を剥き出しにして指差す。
…え?歯で?


「どうなってんの。その前歯。
だいたい、どうした?金持ちになってなかったっけ?」

「とっくに無一文ザンス。
残酷鬼畜ゲス野郎どもに捕まって、ブラックな仕事させられてたザンスよ。逃げてきたけど」


興味がなくなった。
肩を竦めながらデスクへ向かう。


「あいかわらず、波瀾万丈っすね」

「…………今、完全に興味無くなったザンショ……」


意外と他人の心に聡い。
人間に似た齧歯類が鼻をひくひくさせながこちらに向かってくる。
なんでもいいが、テレビ勝手につけたな。
デスクにコンビニ袋を投げ、コートを脱いでいれば横から手が伸びてきた。


「ちみ吸わないくせに、また煙草買って…無駄遣いもいいとこザンス。
うひょ!これ肉まんザンスか?あんまん?」

「余計なお世話。肉まんだけど食べんなよ」

「肉まん大好物ザンス!」


ごそごそ包装をむしり、頬張りはじめる男の後頭部を横目にシャツのボタンを一つ外す。やっと、一息だ。


「ンー!コンビニの肉まんもバカに出来ないザンス!四日食べてなかったから死ぬほどうまい…!!!!」

「本当になにしてたの…」


四日食べないってなんだ。
呆れながら涙を流しながら肉まんを食べる姿を眺め、


「げ……」


呻く。


「え?なんザンス?げって…」


イヤミの視線を受けながら、思い付いてしまった。嫌な予感の正体。
可能性はじわじわと胸に、黒いインクを垂らしたように広がり不安となる。
まさかと思いつつも、そう考えるとしっくりしてしまう。


「あ!海野!!?ちょ!出ていく前にお金置いてってちょ!」


気づけば最低な発言をスルーして、事務所を飛び出していた。


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