「《ヴァレルソード》、2度目の攻撃!!!」

「《始祖の守護者 ティラス》効果! このモンスターが戦闘を行なったダメージ計算終了後、相手フィールドのカード1枚を選択して破壊する!!!」
「───?!」
 《ヴァレルソード》の2度目の攻撃は無効となり、リボルバーの目の前から排除された。なまえのターン中であるために、追撃することはもちろん叶わない。
「私はカードを2枚伏せる」(手札2→0)
「墓地の《メタルヴァレット》の効果。破壊されたターンのエンドフェイズに、デッキから同名以外の《ヴァレット》モンスターを特殊召喚する。私は《ヴァレット・トレーサー》を特殊召喚!」

《ヴァレット・トレーサー》
 (★4・闇・攻/ 1600→1900)

「(なまえの手札は、エルシャドールの効果で墓地から戻した《神の写し身との接触エルシャドール・フュージョン》、《影依の偽典シャドールーク》の2枚。もし私のターンで防御を張るなら、間違いなく《影依の偽典シャドールーク》を発動させる。……伏せカードが見透かされているのを分かっている上で、さらに伏せカードの破壊を警戒して、2枚とも伏せたか)」
 ショートバイザー越しに目を細めたリボルバーを、なまえは黙ってその目を見つめた。

「自分のターンのエンドフェイズに、《始祖の守護者 ティラス》のオーバーレイユニットを1つ取り除かなければならない。これでターンエンドです」

《始祖の守護者 ティラス》(ORU/2→1)

「……、」
 リボルバーの目が僅かに揺れる。気のせいか、それとも─── 妙な違和感に眉の端が絞られた。だがデュエル中、それになまえはしっかりと立って対峙している。「気のせいか」と軋んだ心に油を差し、リボルバーはデッキに手を向ける。

「私のターン、ドロー!」(手札0→1)
 引いたカードに、リボルバーは「来た」と目を見開いた。しかしリボルバーのメインフェイズ切り替えを見計らい、やはりなまえが伏せカードを開く。

トラップカード《影依の偽典シャドールーク》発動。墓地の闇属性《シャドール・ヘッジホッグ》と、風属性《影霊の翼リーシャドールウェンディ》を除外! ふたつの異なる属性を素材とし─── 融合召喚!」

《エルシャドール・アプカローネ》!!!
(★6・闇・攻/2500)

「ここで新たな《エルシャドール》……!」


 ……貴女はいまごろ、どこにいるでしょう。きっともう微睡みのなか、思い描いた人の腕の中で、いつか見た夢がかなう日を迎えている。未来は霧の海に覆われ、遙かに船出の鐘が響くばかりで、決して彼女を未来へは連れて行かない。
 私は貴女。まだ出会えぬ本当の私の姿を知っているひと。貴女の生きていた熱で触れたままのデッキを私がいま触っている。あのひとは《ミドラーシュ》を自分、《アノマリリス》を自分の嫉妬心、《ネフィリム》を自分の中の鴻上了見だと思い描いていた。ならこの半魚人の姿をした《アプカローネ》は、あのひとの中の私。

「《エルシャドール・アプカローネ》の効果、このカードが召喚に成功したとき、フィールド上のカード1枚を選択して、その効果を無効にする。私は《リボルブート・セクター》を選択!」
「くっ……!」

《ヴァレット・トレーサー》
 (★4・闇・攻/ 1900→1600)
《シルバーヴァレット・ドラゴン》
 (★4・闇・守/2100→1900)

「そして、このモンスターも戦闘では破壊されない」
 静かに、そして淡々と言うなまえにリボルバーは鼻で笑った。

「だがダメージは受ける。……なまえ、私がいま解放してやる」
 手をかざして現れた、たった1枚の手札。これでなにを引き寄せられるのか、自分が何を掴めるのか、その全てがかかっている。自分に与えられた希望の1枚、それをリボルバーはなまえのために使おうと決めていた。
 最初から。


『ひらがなでなまえ?』
『お前の名前だ』
 私はあのとき、なまえに与えられるはずだった「別の名前」を握り潰し、なまえに渡さなかった。父に逆らったのもあれが生まれて初めてだ。どうしてもなまえをなまえのままで居させたかった。……もし完全な「知らない子」になって、もし私から去って行ってしまうようなことになったら。そう考えただけで私は恐れ慄き、必死になまえの名前の文字を練習した。自分の苗字よりも先に、なまえの名前の字が書けるほど。
 今思えば、あの時から私は彼女が好きだった。理由はもう覚えていない。だがそうまでして守ったなまえが既に「元々のなまえ」ではないと知り、私は勝手に裏切られた気分になっていた。ちょうど女の子と遊ぶのが恥ずかしい時期も重なって、酷いことも言っただろう。
『なにをされても、私はあなたが好き』
 そんな救いようもない告白をしてきたなまえを、私は打ちのめした。ちょうどイグニス達のサイバース世界の攻撃に失敗し、闇のイグニスを捕らえられないまま、ブレインズ内の父の意識データと、現実世界の父の肉体の往復をして、ひどく困憊していた時だ。悪いことが重なっていた、機嫌が悪かった、若く、物事を深く考えられなかった。どう言い訳をしても、私は未だに自分を許せないでいる。たとえなまえ自身がなんと言おうとも、私にはなまえを幸せにする責任がある。あの罪を贖うのに私1人の人生など取るに足らない。
『好きよ、了見。最初に会った時から』
 お前を抱くたびに私は血の滲んだベッドを思い出す。……あの瞬間から、私は「今のなまえ」の中に「元々のなまえ」という幻想を求めるのをやめた。
 なまえはなまえだと、なぜ気がつくのに7年も費やしたのか。もっと早くに私がなまえと向き合っていれば、私がお前を傷付けることもなかったはずだ。おそらくいま見えているものも違っていた。

 ……そうだ、お前が私に初めてついた嘘を見抜けない私ではない。


「……!」
 そこにいる者は全員口を噤んだ。バイザー越しの目に揺らいだのは、溢れそうになった涙。しかしそれがリボルバーの頬を滑ることはない。代わりに大きな吐息を漏らして、リボルバーは目を閉じて全てを飲み込んだ。
「みょうじなまえは、───死んだのだな」
「鴻上了見、……なぜ」
「お前はなまえのコピーAIか」
 目を細めたリボルバーに、なまえの姿をしたAI、《エルピス》がたじろぐ。はたから見ていたアイが『気付いちまったか……』と溢すのを、プレイメーカーは聞き逃さなかった。
「アイ、どういうことだ」
ティラスあの天使で自分から攻撃をしてダメージを食らったとき、中身があのAIと入れ替わったんだ。……あの姉ちゃんは最初から限界だった。自分の死のタイミングも気付いてたんだろーな』
「……!」
 プレイメーカーがリボルバーに顔を上げれば、リボルバーは沈黙に目を閉じていた。声をかけるか迷った隙に、リボルバーはなまえのアバターに向き直る。
「お前は誰だ」
「私の名は《エルピス》。みょうじなまえのあらゆるデータを吸収・学習して生まれ、そして彼女とあなたとのデュエルデータから自己を再構築させた、新たなる『意志を持ったAI』です。……鴻上了見、私はあなたと敵対する意思はありません」
「……」
「私は母である彼女の最期の意思を継ぎ、その願いを果たしたいのです」
「母だと……?」
 体が軋むほど握られた手に、体からは水蒸気が上がる。リボルバーの癇癪に触れたらしいと知りながらも、なまえの皮を被ったままのエルピスは淡々としていた。
「ここの研究所の独立ネットワークサーバーは私が占拠しました。私を倒せば、あなたたちはログアウトできます。これが証拠になると良いのですが」
 そう言ってエルピスが指差した先にスクリーンが現れる。そこには現実世界で右往左往する研究員達と、髪を乱して怒鳴り散らすクイーンが映し出された。よほど煩いのか、音声は早々に切られる。
「……なまえはどこだ」
「……、“お母さま”が貴方を大切になさっていたように、貴方にとっても“お母さま”は大切なひとのはず。ご覧にならない方が」
「AIが余計な気を使うな。……映せ」
「……」
 しばらく考えたあと、エルピスは研究室の監視カメラに接続した。プレイメーカーやアイが目を逸らす中、リボルバーだけは黙ってそれを見上げ続ける。ただ呆然と、何も思い浮かばない。虚構であってほしい、くらいは考えたかもしれない。だが、やはり何も感じられなかった。
 蘇生機器を付けられたまま、口の酸素チューブすら抜かれずに放置されたなまえの肢体が無機質な配線の中に横たえられている。エルピスが自立起動して研究所のサーバーを乗っ取ったことで、なまえの亡骸を綺麗にしてやろうという手の空いた人間がいないのだろう。
「SOLはお母さまの死を隠蔽します。おそらくこの後、お体もどこかに……」
「だろうな」
 気の抜けた返事をするだけで、リボルバーは少しもなまえから目を離さない。───これが本当の今生の別れになる。どんな姿であれ、なまえを目に焼き付けておかなければ、自分が一生後悔するだろうと理解していた。エルピスは目を伏せ、リボルバーの前から画面を消す。そうしてやっとリボルバーもエルピスに向き直った。

「だが、これでお前を潰す理由ができた」




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