こんな虚しい勝利はない。

 いったい何のために私はなまえとデュエルをしたのか。そう問うたところで、答えてくれる最愛だった女はもういない。父を亡くし、なまえを亡くし、1人で暮らすにはあまりにも広すぎるリビングで、了見は海を眺めていた。



「これでお前を潰す理由ができた」
───『あなたは了見の手で消してもらって』
 お母さま、みょうじなまえ。貴女の願いを、私は遂行します。

「手札より速攻魔法《スクイブ・ドロー》を発動!(手札1→0)
 フィールドの《ヴァレット》モンスター1体を破壊し、デッキから2枚ドローする。私は《ヴァレット・トレーサー》を破壊する!(手札0→2)

 さらに装備魔法《ヴァレル・リロード》発動! 墓地の《ヴァレット》モンスター1体を特殊召喚し、そのモンスターに装備させる。私は墓地から《ヴァレット・トレーサー》を呼び戻し、《ヴァレル・リロード》を装備。(手札2→1)

 この瞬間、《ヴァレル・リロード》の効果! 自分フィールド上の表側表示になっているカードを破壊することで、デッキから同名以外の《ヴァレット》モンスターを特殊召喚できる! 私はお前が《アプカローネ》で効果を無効にした、フィールド魔法《リボルブート・セクト》を破壊!!! そしてデッキから《オートヴァレット》を特殊召喚!

《オートヴァレット・ドラゴン》
(★3・闇・攻/1600)

 これが最期だ! 速攻魔法《クイック・リボルブ》発動! デッキから《ヴァレット》モンスター1体を特殊召喚する。(手札1→0)
 私はデッキより《ヴァレット・リチャージャー》を特殊召喚! ただしこの効果で召喚されたモンスターは攻撃できず、エンドフェイズに破壊される───だが、これでコマは揃った!!!

《ヴァレット・リチャージャー》
(★4・闇・攻/ 0)


 ───現れろ、我が道を照らす未来回路
 アローヘッド確認! 召喚条件は、効果モンスター3体以上! 私は《シルバーヴァレット》《ヴァレット・トレーサー》《オートヴァレット》、そして《ヴァレット・リチャージャー》の4体を、リンクマーカーにセット! サーキットコンバイン!
 これがお前との決着に相応しいモンスターだ。閉ざされし世界を貫く我が新風! ───リンク召喚!!! 現れろ」

リンク4《ヴァレルロード・ドラゴン》!!!
(リンク4・闇・マーカー/←↙↘→・攻/3000)



 ───『了見。遊作となまえ、遊作と私、……今でも、お前は同じ方を選ぶか?』
 あの海を背にした父の顔は見えない。カードが散らばった床やガラステーブル、子供用のデュエルCPUゲームモニター、座っていたはずのソファー…… それが今は何もない。暗闇の中で降り頻るデータの屑が、雪のように了見の髪や鼻先に積もり続けるだけ。
 右側には6歳の遊作、左側には8歳のなまえが、18歳の了見の膝を枕にして眠っている。
「父さん。……私はプレイメーカーを選び、助けたことを後悔しています。全ては、彼女が弟を大切にする気持ちを、あたかも自分の役目のようにさえ捉え違えた、幼かった私の選択ミスでした」
『……』
「私はやり直せることなら、なまえと父さんの2人を救いたかった。私が本当に大切にしていたのは、父さんとなまえだった。それを、……私は2人とも、手放してしまった」
『……』
「父さんも、今でも同じ方を選びますか? 私になまえと遊作を選ばせておきながら、あなたは遊作を連れ去った。───私が本当に好きだった方を、知っていたのではありませんか」
『……』
「プレイメーカーは父さんの死を受けて、我々への復讐心にケリをつけました。……なまえの真実を知らせないままでいれば、奴はもう、復讐に苦しまなくて済む。なまえは何も言いませんでしたが、おそらく自分に弟がいたこと、そして彼とあの事件の被害者として生き別れてしまったことに、最後は気付いていた。───」
『……』
「父さんとなまえを死に追いやったSOLテクノロジーへの復讐は、私だけでやり遂げます。全てが終わったら私もハノイの騎士のリーダーとして、そして鴻上聖の息子、鴻上了見として、ロスト事件の全貌、そして今回のエルピス・プロジェクトの全容を世間に公表し、……私自身も、罪を償います」
『……』

「父さん。もし私がなまえを妻に迎えたいと伝えていたら、……父さんはなんと答えてくれていましたか」

 データくずのマリンスノーがなまえの頬に降り積もる。いつもそうやってやったように頬を指の背で撫でれば、石灰の肌から塵が上がった。思い出の中だけになまえの外殻が転がり、それはどんどん分解されて消えて行く。


 あのデュエルはリボルバーが勝利した。
 《ヴァレルロード・ドラゴン》の効果により、《エルシャドール・アプカローネ》の攻撃力・守備力を500ダウンさせ、攻撃力2000になった《アプカローネ》を、攻撃力3000の《ヴァレルロード》で攻撃した。
 なまえの……いや、エルピスの伏せカードは効果で墓地から手札に加えていた《神の写し身との接触エルシャドール・フュージョン》。フィールドと手札にシャドールモンスターが2体以上居ない状況では、エルピスがいくらAIといえどどうすることもできない。
 モンスター効果で戦闘破壊されずとも、そのダメージ分1000ポイントが襲い、彼女は敗北した。
 エルピスがなまえと違うところは、計算が早いせいで「あがく」ということをしない事だ。淡々としていて、なまえからデュエルを引き継いだときには勝率の低さを目の当たりにしただろう。《アプカローネ》の召喚以外に何かしてくることはなかった。
 ……なまえから何か言われていたなら別だろうが、それこそ今や神のみぞ知る世界。フィールドに生贄が足りなかったことで、エルピスは《神の写し身》との接触も叶わなかったのだ。

「(違うな。《神の写し身》……なまえに接触できなかったのは私だ)」
 エルピスはなまえの最後まで精神を繋げていたと言っていた。本当に愛し合っていたはずの自分が、彼女の精神体とも、肉体とも最期を共にいてやれなかったこと、いいやもっと前だ。……なまえを連れて行かなかったこと、なまえを傷つけたこと、なまえを幸せにしてやれなかったこと。なにひとつ返せなかったこと。いったい何から償えというのか。



───『了見』

 目を開けると、久々に横たわった自分のベッドの上。そこへインターホンが鳴らされる。起き上がる気にならなかったが、目を覚ます直前になまえから呼ばれた気がして、了見はエントランスホールへと思い足を引きずった。

「───、アンタは」
 ドアを開けて庭を少し進んだ先のゲートの向こう。すっかり日の落ちた群青色の空の下、財前晃は静かに立っていた。SOLの社用車が止まっているのを見るなり、了見の目は鋭くなる。
「何の用だ」
「……かける言葉も見つからない」
「敵側の人間を哀れみに来たか?」
「彼女を返したいだけだ」
 その言葉に了見の息が止まった。その目が静かに伏せられたのを見て、了見はアイアンの柵扉を開け、車の方へと震える足を進める。
 正直、これが罠で、このまま捕まってなまえの二の舞にされてもいいとさえ思った。……なまえと同じところへ行けるなら。だが了見を連れされるだけの屈強そうな男は首を垂れるだけで、一向にその手を振り上げたりはしない。車高の高い貨物車に自ら乗り込み、タンカーに掛けられた布をゆっくりと捲る。
「……」

 重くなった足音に財前が振り返ったところで、布を掛けたままのなまえの肉体を抱き抱えた了見がその横を過ぎ去った。彼に手を伸ばしかけるが、すぐに引っ込めてその背中に頭を下げる。一度たりとも振り返らず、沈黙のまま、“2人”は家の中へと消えていくのを財前は見送る。
 岸壁に響く波の音が荒い。嵐が近付いていた。




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