「はい、ホットドッグ2つに、ホットコーヒーとオレンジジュースね」
「ありがとう」

 ICキャッシュを端末にかざし、支払い完了の電子音を横目にそのまま紙袋を受け取る。紙袋の隙間から漂ういい匂いに、なまえの口元が緩んだ。
「お客さん、これからデートかい?」
「え、」
「あぁいや、すみませんね。なんだかウキウキした顔してるから…… それに、こんな場所でお客さんなんて珍しくってね」
 海風に流れる髪を耳に掛けながら、スターダスト・ロードと呼ばれる海に振り向く。そしてそのまま、崖の上の邸宅を見上げた。
「……さぁ、デートというか、……会えたら良いなと思って。約束してないから居るかもわからないし、数日振りで」
 キッチンカーの中でゴトン、と音がして向き直ると、店員の男性もそちらを一瞥してから「あ、いや」と笑いながら誤魔化す。「では」と軽く会釈して、なまえは邸宅の方へ続く道を行った。


 ドアを開けて遊作が飛び出し、彼女の背中を目で追う。草薙も身を乗り出してカウンターに肘をつき、遊作の後ろから彼女の進む方向を眺めた。
「草薙さん、今のひと……」
 遊作の唯ならぬ雰囲気に、デュエルディスクからアイが体を出す。
『オイオイ、さっきの姉ちゃんが何だってんだよ』
「この先はあの鴻上の家しかない。……まさかとは思うが、どうする? 遊作」
「……」
 暫し考え込むと、遊作は草薙に振り向いて頷いた。



 鍵を開けて中に入っていく。エントランスフロアを抜けて、なまえはリビングへと足を踏み入れた。
 見渡す限り何もない。抜け殻になった医療ベッドと、電源の切られた生命維持装置や心電計が遠目にあるだけ。なにもかもがあの時のまま。人の気配もなく、なまえはふと床を見て片足を滑らせた。すこし埃っぽくなったろうか。もう一度がらんとしたリビングと、広大な海を望む窓に映る自分を眺める。
「(掃除しよ)」
 ため息をついて、なまえはキッチンカウンターにさっき買ったホットドッグの紙袋を放った。中身が冷めてしまおうが、ジュースの氷が溶けてしまおうが、……了見が居ないと分かった以上、なまえにとって軽食などもうどうでもいい。ほんの少し、理想と違っただけ。
 鞄を下ろして上着を脱ぎ袖を捲ると、リビングを出て行った。



「家に入った? ……身元は確認できたの?」
 サングラスを持ち上げてタブレットを覗き込む。転送された映像や、顔認証により洗い出されたデータをまじまじと見ると、女は口元を釣り上げる。
「いいわ。連れてきなさい」



 近付いて初めて、医療用ベッドのシーツやマットレスがなくなっている事に気がついた。おそらく了見が処分したのだろう。心電計のコード類もまとめられていた。あれなら、折りたたんでそのまま他の部屋に運ぶこともできそうだ。
 地下のガレージからソファーやテーブルを出して勝手に模様替えしたら、了見は怒るだろうか。せめてなにか、鉢植えくらい置こうか…… そう思案しながらエントランスホールを抜けて、掃除用具をしまっている棚を開ける。
「あ、……洗剤切れてる」
 うーん、と考えたあと、庭の物置きにも同じガラスクリーナーがあったはずと思い出し、なまえは何も考えずドアを開けた。数段の石段を降りて、海とは反対側にある庭園の門へと足を進める。

 はあ、とため息を漏らしたところで、するはずのない足音が背後に駆け寄ってきた。
「……!」
「動くな」
 振り返ると、武装した5人の男たちに囲まれていた。驚きのあまり硬直して動けないなまえに、フルフェイスの男の1人が腕を掴んで引き寄せる。
「痛ッ! や、やめ……! 何を───」
「捕縛しろ」
「イヤ……!」



「遊作、あれ……!」
 急いで店を畳んで車を走らせたが、思いがけない先客に草薙が急ブレーキを踏んだ。アイだけが『おわ〜〜〜っと!』と声を上げ、急ブレーキの衝撃に顔をグラグラさせる。
 遊作と草薙がフロントガラスから覗く先で、さっきの女が必死に抵抗しているが、後ろ手に手錠をされたのか男たちに引き摺られるままトラックに乗せられた。
「あれはSOLテクノロジー社のトラック……!」
「まずいぞ、この先は行き止まりだ。ここであのトラックとすれ違えば怪しまれる」
『えぇ、引き返した方がいいんじゃねーの?!』
 草薙とアイの意見に遊作がぐっと唇を噤む。答えを待たず、草薙はキッチンカーを引き返した。



「リボルバー様」
 いつもの冷静さに亀裂が入った声だけで、リボルバーはバイザー越しに目を細めた。スペクターが手をかざすと、映像が再生される。
「……! なまえ!」
「5分前の映像です。申し訳ありません、セキュリティダウンで、こちらへの転送にラグが生じておりました」
「このトラック、SOLか」
 迂闊だった。なまえを安心させるためにと家を任せたのは間違いだった。だが今そんな事を言っても何にも成らないことくらいリボルバーは理解している。
 不運にも家の外に出た事で拘束され、引き摺られていくなまえの映像にリボルバーの握った拳が震えた。すぐに映像を手で振り払って消すと、苛立たしげにスペクターに振り返る。

「SOLのメインサーバーにハッキングする。なまえの居場所だけでなく、誰の指示で、何のためになまえを連行したのかも突き止める必要がある」




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