薄いドレスの肩口に指をかければ、引っ掛かりを無くしたリネンは重力に任せて肌を滑り落ちる。
 ここに至って、言葉を交わす方が羞恥であった。

 ……もう分かってる。躊躇いや不安や口実や、どうかその一切を何も言わないで。私は生まれる前からあなたのものだった。


 神の妻(4)

「……は?」

 前世のなまえは思わず立ち上がって、跪くアクナディンを見下ろした。セトも初めて耳にする事実に手を震わせ、ただ呆然とアクナディンの丸められた背中を見る。

「……それは、どういう、……内容だったの」
「そこまでは私も存じ上げません」
 前世のなまえは力なく椅子に腰を落とした。遠くを眺める目には涙が溜められ、泣くのを堪える唇は震えている。前世のなまえを気遣おうとするセトの手も、いざ彼女に向けるとしてどう慰めて良いのか分からず漂わせる他ない。

 アクナディンは最後のカードを前世のなまえに切った。
 ───「マハードがアクナムカノン王に何かを告白し、それが原因で王は心を病まれ、伏せられた」。アクナディンはそう前世のなまえと、そしてわざと側に控えるセトに聞かせた。事実であり、また虚偽でもない。ただほんの少しだけ、内容を伏せて伝えているだけ。

 案の定、前世のなまえとセトはそれが「前世のなまえ王女とマハードとの関係」以外に思い当たるものなどない。

 それでいい、と、笑うアクナディンの顔は、平伏したまま石床だけにしか見る事ができない。千年宝物ほうもつの秘密は、今やマハードだけが握っている。アクナディンはあくまで、それを王に伝えるよう進言しただけ。アクナムカノン王を死に追いやったことで、マハードは間違いなくアテム王子にまで伝えようとは考えていないはずだ。

 あぁ、人の心よ。
 深刻そうな、深く哀れんだ目でアクナディンは顔を上げた。目論んだ通り、前世のなまえは真っ白く血の気の失せた顔で、その目はどこにも向いていない。逆にセトは青い顔で震え、千年眼を通さずともマハードを殺さんほどの怒りを燃やしているのがわかる。

 マハードがアクナムカノン王を死に追いやるきっかけだったのは事実だ。アクナディンは自分を棚に上げてそう言い聞かせた。


「(マハードは父に何を告白したの─── まさか、……まさか!)」
 他に何も思い当たる事がない。父は最後まで前世のなまえ自身には会わずに死んでいった。……もしその理由が、前世のなまえの母である王妃に告白した事以外に理由があったのだとしたら?

 ───『汝らはケメト。愛よ、おのづから起きることなかれ。我の呼び醒まし時まで。殊更に、汝、その愛呼び醒ますことなかれ…』

 母親の声が今になって鮮明に前世のなまえの心を掻き毟った。それは母でなく、王家の女として差し向けられた爪。そう、私は言い聞かされていた。私が愛した男が王になると。

 私の愛には代償があるのだと。

「(あぁ、聖なる創造神ジェセル・ホルアクティ、神の妻たち! 人のあるべき姿であろうとした事、女が女として望んだことの全て! それがなぜ父を死に追いやるほどの代償がいると知りようがあったというの)」

 父の死から僅か数日、マハードとの別れより、こんなにも大きな衝撃となろうとは少しも考えていなかった。父からの愛を知り、今になって、私も父を愛していたのだと気付かされる。なにもかもが近くにありすぎて、遠くにある理想ばかり見ていたせいで、失ってはじめて知ってしまった。
 父は娘の不義を知って冥界ドュアトへ下られたのだろうか……と、沈む心が、体をどんどん重くする。
 マハードが父にどこまで告白したのか、今となってはマハード本人に聞く他無いだろう。だけどマハードと顔を合わせることすら、今は怖い。もしその答えを聞いてしまって、マハードを憎んでしまうことすらも恐ろしい。

「父上、……!」
 堪えきれず前世のなまえは泣き伏した。セトはそれをどう慰めるべきか戸惑いながらも、ひとまずアクナディンに跪く。
「アクナディン様、王女はお加減がすぐれません。どうか今日のところは……」
「うむ」
 悲痛そうな顔を貼り付けたまま、アクナディンは前世のなまえに一礼して部屋を後にした。セトがそれを見送り、すぐに振り返って前世のなまえの前に膝をつく。

「前世のなまえ様、さあ……どうか顔をお上げください」
 嗚咽を飲み込みながら、ボロボロになった顔で前世のなまえは覗き込むセトに目を向けた。アーモンド炭で引かれたアイラインが滲み、目蓋を飾る青藍ラピスラズリ色の石粉がまつげを色付けている。
 セトは「失礼します」とだけ言い、自分の白いマントを引き寄せてその布で前世のなまえの化粧を撫で落とした。

「……」
 ぐす、と鼻を啜る。化粧粉が目に入るのが危ないと知っていての行動だと分かっていても、セトに対して抱きそうになる気持ちを前世のなまえは必死に押し殺した。
 ……私の愛は、代償を伴う。父を亡くし、事実を知ってしまった今、それは戒めとなってひどく前世のなまえの心を縛り付ける。

 ───もしここでセトを愛してしまったら、次に失うのはアテムの命になってしまうかもしれない。

 ゾ、と血の気が引いた。ここに至ってまだ女である自分が、兄であるアテム以外の異性を意識し、求めさえしてしまうこの本性が恐ろしい。こんなにも傲慢で、強欲で、男というものを欲する理由が何なのかさえ分からない。
 そして何よりセトから香る、年頃の娘を惑わす男そのものの匂い。見えない魔力に捕らえられ、甘い誘惑が前世のなまえの髪を撫でようとする。

「触らないで」

 意識せずともずっと見つめ合っていた青い瞳から、前世のなまえは逃げるように椅子から立ち上がって身を引いた。もうこれ以上、私の心に踏み入らないで。
 ……いいえ、セトという存在を理想化して、心に取り入れようとしているのは自分。
「申し訳ございません。ご無礼を、お許しください」
 セトは淡々と頭を下げる。彼が私の事をどうとも思っていないのだと、なぜ直視することを恐れているのか。私は今まで、セトに酷いことをし続けた。
 私は今まで、誰かに恋することに恋をしていたのではないだろうか。

「(───アテム)」

 静かに目を閉じ、心を澄まして、最後に浮かんだ名前に前世のなまえはハッと口元に手をやった。胸にも手を当て、不思議と沸き起こる感情に何度も瞬きを繰り返す。

 私の愛は代償を伴う。それが、間違った道だったから。ならば心の安寧の支えとなっているアテムへの絶対的な信頼は、正しい愛の形なのではないだろうか。

───『オレもお前を愛している』

 ドッと胸を叩いた心臓に息が止まりそうになった。
 アテムとの結婚が、自分にとって、女としての孤独の始まりだと知っていた。アテムと結婚をしたとして、生涯、私は自分の産んだ子を抱けない可能性のほうが高い。だけどアテムは子を抱かなくてはならない。きっと一生、アテムが他の女に産ませた子を見るだけの日々が続く。虚しく、悲しいだけの毎日。それが国のために、男に王位を与える女の役目。

 それでも王太后は、アクナムカノン王の従姉妹であった母は役目に準じた。
 父からの愛を信じていたから。

 前世のなまえは背後のセトに構わずその場に泣き崩れた。セトはまだ、父王の死のショックで王女が不安定なだけだとしか思いを巡らす事ができない。
 だが実際、前世のなまえはやっと、本当の意味でアテムと結婚する決心ができていた。

 兄を信じよう。母も同じだった。祖母も、曽祖母も。
 私はアテムと結婚して、決して不幸にはならない。決して孤独にはならない。アテムが隣にいる。それだけで、私は今でも幸せなのだと知っていたのだから。




 14日間の浄めを終えたアイシスが、男の子の赤ん坊を抱いて神殿をあとにする。はやくマハードに抱かせたいという気持ちが足を急かせるままに神殿の門をくぐり、謁見の間アーケネウティへ続く大柱廊を進む。

 男の赤ん坊は願ってもない恵みだった。高位の神官の息子とあれば、マハードのようにいずれ後宮の王育所カプへ入り、将来生まれるであろう王子の側近としての地位が約束される。
 すぐにでもファラオへ報せ、叶うのなら名前も頂かなくては───


「……え、」

 アイシスは謁見の間に入ってすぐ立ち止まった。まず、ひとつだった玉座がふたつ並んでいる。そして王座に座る2人の人物。……アクナムカノン王に王妃はいない。ゆっくりと足を進めて目を凝らせば、そこに座っていたのはアテム王子と前世のなまえ王女だった。
 しかし神官団や側近はアクナムカノン王の時のまま。

 謁見の間に入って、アイシスは初めてアクナムカノン王の死を悟った。

 王座の太陽神の象徴、太陽の円にかけられた布は、70日間の喪を表している。アテムの頭には宝冠が輝いているが、千年錐は王子と王女の真ん中に置かれた小さな祭壇に安置されていた。
 産褥に隔離されていた間に、あまりにも大きな事が起きていたのだ。
 しかしここまで来てしまった以上は引き返すこともできない。アイシスは困惑した目をマハードに向けるが、およそ20日振りに見た夫の顔色はひどく悪いものだった。

「王子、王女。神官マハードの妻、アイシスでございます」

 静まり返った場を取り持ったのはアクナディンだった。ハッとしたのかマハードが王座の方へ跪き、アイシスも赤ん坊を抱いたまま膝をつく。
「そうか……」

 アテムがそう答えても、マハードが顔を上げない。それだけで、マハードがアクナムカノン王が病に伏せっていたことすらもアイシスに伝えていなかったのだろうと、前世のなまえだけが見抜いていた。
 あの人は優しいから、きっと身重のアイシスを思ってそうしていたのだろうと。

 なら尚更、アイシスを怯えさせたまま下がらせるわけにはいかない。前世のなまえは居住まいを正して一呼吸つけた。……自分がまだマハードを愛しているのだと認め、そしてそのマハードが愛し、慈しんでいる妻ならば、私も彼女をせめて慈しもうと、前世のなまえはその目をアイシスに向ける。

「無事に生まれたのですね、マハードもこれで一安心でしょう」

 にっこり笑えば、その場の空気は一変した。多くの神官や宰相たちが微笑み、自粛していた祝いの雰囲気へと流れていく。アテムやマハード、シモンやセト、……秘密を知る者だけが口を閉ざして。

「抱いてみたいわ」
「王女」
 思わずシモンが諫めた。アテムもどこか不安そうに前世のなまえを見ている。
「(なにもしないわよ)」
 下座に聞こえないほどの小声で呟いてから、前世のなまえは立ち上がって王座の階段を降りていく。六神官や取り囲む神官たちが跪く中を過ぎ去り、前世のなまえは赤ん坊を抱いたまま跪いてなるべく体を押し曲げるアイシスの前に膝をついた。

「王女様、……!」
 どんな理由であれ跪いた前世のなまえにアイシスが慄く。そんな彼女を立たせると、やっと赤ん坊の顔を覗き見ることができた。
「抱かせてくれる?」
「え、ええ! もちろんです」
 喜んで差し出すアイシスの腕。前世のなまえの手は思わず震えた。背中に集まるマハードやアテムの視線が、このまま赤ん坊を落としてしまうのではないかとでも思ってのものだと知っている。

 あぁ、でもやっぱり少しだけ憎い。落としちゃおうかな。

「さぁ、王女」
 アイシスの腕から赤ん坊を受け取った。想像以上に重いその子に、意識せずとも腕が落ちかける。

 その危うい一瞬にアテムが立ち上がるより先に、前世のなまえは赤ん坊をしっかりと抱きとめた。体が勝手に胸へ引き寄せ、まるで抱き方を知っていたかのように腕が赤ん坊の首を支える。

 自分が一番驚いていた。子供など抱きかかえたことなどない。だけど体は、腕は自然と動かされてこれが女の本能なのだと分かる。

「(これが、マハードの子供)」
 泣いてはだめ。こみ上げそうになる何かよく分からない感情を、前世のなまえは必死に堪えた。

 いったいどれだけ目を泣き腫らしたかわからない。だけどもう、何もかもが過去の思い出。アイシスという女を憎んだことさえあった。子供なんてとマハードを恨んだことさえあった。

「───かわいい」

 アテムもセトも、そしてマハードも息を飲んだ。自然と抱き上げ、佇む姿。母親がどんなものなのかすらよく知らない彼女が、恋人を奪った女の赤ん坊を抱いて、いま人間の本能から笑ったのだ。

「あなたは随分と重いハーを贈られたのね」
 返事でもするかのように、ふわー、と、赤ん坊があくびをした。思いがけず前世のなまえも「ふあ」とつられてあくびをする。ハッとしてアイシスを見れば、それはそれは優しく微笑んでいた。
「あ、……」
「ふふ」

 この瞬間が永遠のように感じられた。そしてこれが自分の役割なのだと悟る。

 アテムと結婚をしたとして、生涯、私は自分の産んだ子を抱けないかもしれない。だけどアテムは子を抱かなくてはならない。きっとこの先も、愛した男が他の女に産ませた子を抱く日ばかりが続く。虚しいと感じる時が来るかもしれない。悲しみに打ち拉がれる人生かもしれない。

 だけど、そのたびに私は今この瞬間の事を思い出すだろう。

「お前たちを心より祝福します。父の埋葬ののち、兄と共に、その子に名前を授けましょう」
 前世のなまえは赤ん坊をアイシスの手に返した。


 謁見室をあとに王宮から出たところで、アイシスはその場にへたり込んだ。赤ん坊を抱えた乳母が驚いて駆け寄るが、アイシスは「大丈夫です」とだけ言って立ち上がる。

 知らなかったとは言え、とんでもなく恐ろしい事をしてしまった。王の喪中に王子と王女に拝謁し、まして祝福を頂くなど……
 それでも前世のなまえ王女の計らいに随分と救われた。父王を亡くされてお辛いでしょうに、こちらを咎めず、名を与え、子供への加護まで約束をしてくれたのだ。

「(あれが前世のなまえ王女……いえ、王妃となられる方)」




「前世のなまえ」

 後宮へ退がるその途中、呼び止められた理由はひとつしかない。振り向けば口元に笑みを浮かべながらも、その目は心を探るように薄く瞼を落としたアテムが歩み寄る。
「王女として、立派だったぞ」
「……そう」
 前世のなまえもゆるく微笑みを返した。
 しかし体のすぐ目の前まで来てもアテムは距離を詰め、前世のなまえの両手を握る。思いがけないその行動に少し驚いてアテムの目を見つめ返せば、それはもう今までにないほど真剣な眼差しに変わっていた。

「アテム?」

「───、……今夜、オレの部屋で過ごさないか?」
「なによそんなに改まっ、───て」
 あ、と口をつきそうになる声を飲み込んだ。なぜ突然その気になったのか、などと聞くまでもない。私がその気にさせてしまった。アテムから匂うものに、自然と体の底が震える。

「じゃあ、あとで使いを出す」
「え、……えぇ」

 スルッと解かれた手に残る余韻にやっと現実味を得て、去っていくアテムの紫色のマントを見送りながら、前世のなまえはその場にへたりこんだ。離れて見ていたセトや女官が驚いて駆け寄り、呆然とアテムを見続ける前世のなまえを覗き込む。

「王女様、如何なされました」
「どこかお加減でも」「前世のなまえ様」
 口々に声を掛けられて、答える隙間もない。震える心臓に息を吐くと、前世のなまえは誰の手も借りず立ち上がった。

「セト、……今夜は、……兄の部屋で過ごします。支度をしておいて、……それから、“今夜は誰も部屋の近くで控えてはなりません”」

 目も合わせず前世のなまえは淡々とそう言った。事務的な言葉でありながら、セトは王子の部屋への訪問が、この前のような“兄妹仲がいいだけ”のものではないと察する。
「……は?」
 震えそうになる声をセトは必死に隠した。……震えていると王女に知らして一体何になる。

 前世のなまえはセトを過ぎ去り、後宮へと足を進めた。




「父への冒涜になるだろうか」

 その言葉に振り向けば、アテムは椅子の肘掛に肘をつき、ぼうっとテーブルの銀の杯を眺めていた。シモンは「一体何を言い出すのか」とでも言うようにため息をつきながら、パピルスの書簡の束をアテムの前にバサバサと乱雑に置いた。

「王子、先王からの代替わりのこの時こそ重要な時ですぞ。ファラオが遺された意思を継ぎ、この国を導くのが、これからの王子のお役目。偉大であった父王を冒涜する事が王子におありだとするならば、この書簡にまだ目を通しておられぬ事でしょうなぁ」
 クドクドと説教じみたシモンの言い草に唇を曲げながら、アテムは上から順に1枚ずつパピルス紙をめくり取る。

「……そうじゃない。父が亡くなったばかりだが、今日のことで思ったんだ。オレはアイツにも、……前世のなまえにも自分の子供を抱かせてやりたい」

「───は?」
 コトン、と小さな音を立てて、シモンは手にしていたパピルスの束で小さな墨壺を倒した。とうとうと広がる墨はアテムの前のパピルス紙に吸われていき、こうしている間にも何が書いてあるか失われていく。
 それでもシモンは空いた口を閉じず、目を見開いてアテムの目を見続けた。

「お、おい。シモン、───」
「王子、その、失礼ながら、それは、どういう」
 ぐっと口を閉ざして目を逸らしたアテムの首が赤く染まった。それを見てシモンはパッと笑ったあと、すぐ自分を正すように慌てて元の顔に戻す。だが堪えきれないようで、シモンは急かすように捲し立てた。
「王子! やっとその気に! 父王を亡くされ、ワシは案じておりましたぞ。アクナムカノン王もずっとお2人を案じておられました……!」
「待て、早まるな。これはオレだけの意思であって、前世のなまえが受け入れるかは───」
「いいえ! 王子はファラオになられるお方。王子の求めを拒む王女ではございますまい」

 今ほどマハードとアイシスを結婚させて良かったとシモンは思った事がない。王女の恋を引き裂いた件で心を痛めこそしたが、事は全て良い方向へと進んでいる。王女はアテム王子と結ばれる自覚を持ってお過ごしだし、ここにきてアテム王子にまで子を成す意欲が芽生えようとは。長年王家に支え続けてきたシモンにとって、僥倖以外のなにものでもなかった。
「いつ?! いつお渡りに」
「……今夜」
「今夜?! よろしゅうございます! 王女には何と」
「もう伝えてある」
「なんですと?! 王子、またただの添い寝と思われてはなりませぬぞ! ワシが行って王女の部屋の者に指導して参らねば」
 まるで恋の話しに騒ぐうら若い娘のように食らいついてくるシモンに、アテムはただたじろぐばかりだった。それよりも墨の浸水被害は他の書簡にまで達し、これでは1文字1文字書いてきた神官たちの苦労も忍びない。
 「こうしてはいられない」とシモンは慌ただしく執務室を出て行った。もしかして自分が墨壺を倒した事にすら気付いていないのだろうか。

「(自分で片付けるか)」
 アテムはシモンの背中を見送ったあと、テーブルに広がりきった黒い水溜りにため息をついた。




「王女が王子の部屋に? またただの添い寝であろう」

 どこか軽んじた言い方にセトは顔を顰める。アクナディンは「まさか」と思いながらも、セトの目にそれが真実であると悟っていた。……そんなまさか。そう溢しそうになる口を押さえてセトに背を向ける。

 正直なところ、アクナディンはアテムを侮っていた。たった1人の王子でありながら、前世のなまえ王女と結婚しなければ王位につく事さえできない不安定な立場。それを分かっていながら、同じ王育所カプに育った下僕のマハードと王女の恋を許し、見守りさえしていたあの王子が、なぜ今になって王女との結婚を意識する……?

 間違いなく、初めて見た赤ん坊というものに心を動かしたに違いない。元々は前世のなまえとマハードを引き裂くために進めた結婚だった。それがまさか、間接的にアテムと前世のなまえの繋がりを強くしてしまうとは。
 これまでアテム王子は前世のなまえ王女に「腹違いの妹」という感情以外無いものとタカを括っていただけに、アクナディンの目論みは微妙に逸れつつある。
「(アテム、それにマハード! どこまでもセトの邪魔をする忌まわしい男よ)」

「アクナディン様」
 不可解そうに覗き込むセトに、アクナディンは小さく咳払いをして向き直った。……これをどう乗り越えるべきか。王位継承権を持つ王女無くして、この国の王位を獲る事はできない。
 セトを見ても、その心を穏やかそうにしているのが余計にアクナディンの不興を買った。セトには憎しみの心が足りない! 焦りすら顔に出そうになるのをどうにか噛み殺し、アクナディンはふと目を細める。

「セトよ、王子と王女がもし本当に契りを交わすなら、寝室の横で耳を澄ます者がおらねばならん」
「……!」
「セト、アテム王子と前世のなまえ王女が“正常に事を成した”か、お前が聞き届け、ワシとシモンに伝えるのだ」

 王宮に使われている石材の全て、いや、エジプトの地を覆う砂の全てで頭を殴られたような衝撃のあとで、セトの視界から光は失われた。足の裏から地に全身の血が吸われていく。頭の先から肉は乾き、水のような汗が吹き出し、砂が煌めくように視界がチラチラと揺らめく。

 ───王女が抱かれるのを、見届ける?

「この役目はそこいらの女官や神官のできる務めではない。お前がやるのだ。良いな? 不眠の番をし、朝はシーツの隅々まで調べ、事の次第を必ず報告するのだ」
 青い顔で硬直するセトの両肩を掴み、アクナディンは何度も言い聞かせた。

 愛する女を目の前で寝取られ、相手の男を憎まない男などいるものか! アクナディンはそれは恐ろしい形相で笑った。これでセトも、王から何かを奪われた人間としての自覚を持つ! それでいい。この際王女の貞操などどうでもいい。
「(セト、お前が抱くべき感情は王女への懸想ではない。王家への憎しみだ!!! 恨むのだセト! そしていずれ王家を裏切り、アテムの首を掻き切る力となれ、セト……!)」




 最初は前世のなまえもセトも、ずっとソワソワしていた。
 アテムが前世のなまえの部屋にやってきて夜を過ごすことはあっても、前世のなまえがアテムの部屋へ行って過ごすのは、これが初めて。それが何を意味するかも。

 セトは別の意味で落ち着きがなかった。前世のなまえが希望や情熱にときめいているのだとしたら、方やセトは死刑台を前にした罪人そのもの。

「王女様、王子がお部屋でお待ちです」

 仰々しく跪く女官に、肩が跳ねたのはセトだけ。
 前世のなまえの心は静かだった。


 後宮から王宮へと続く大柱廊を、セトと数人の女官だけをつけて前世のなまえはゆっくりと歩く。庭を通る時、真っ暗闇のはずの空気が淡く白い光に照らされているのに気がついて、前世のなまえは初めて、自分の部屋以外の場所から夜の空を見上げた。

「前世のなまえ様?」

 先導していたセトが、振り返って松明で前世のなまえを照らした。煌々と赤く照らす王女の赤い髪に、ごく薄いカラシリスのドレスに透ける、女の体。そして天を仰ぐその横顔に、セトの胸がひどく軋む。

「あの空を半分に隔てる白い光はなあに?」

 こみ上げそうになる涙を堪えて、セトは前世のなまえの見上げた先に目を向けた。女官のひとりに松明を預けると、夜空を見る妨げにならぬようあたりの篝火までもを消させる。

 明かりのなくなったことで、前世のなまえはさらに輝く星々に感嘆を溢した。

「あれは天のナイル川。水ではなく、星々が流れているのです」
 セトはそっと前世のなまえの側に立った。そして長い腕を伸ばして指を差し、城壁に囲まれた狭い空の端に一際輝く星を前世のなまえに見せる。
「あの一番大きく光るものがシリウスソプデトです」
「あの赤い星は?」
「あれはアンタレスホルスの眼、……ここからは見えませんが、この時間ならシリウスソプデトから東へ下ったところにはカノープスサフという星も見えます」

 前世のなまえがそう、と答える。いつもの好奇心に弾んでいた声があまりにも小さくなった事に、セトは前世のなまえを見下ろした。
「夜は、こんなに綺麗だったのね」
 寒さに前世のなまえは手を擦り合わせて、震える唇から僅かに白い息を吐く。

「月の無い夜、砂漠の真ん中で見上げればもっと美しくあります」

「いじわるなのね」
 ふっと笑う前世のなまえの顔を見られず、セトは空を見上げた。今なら間に合う。どうか私の気持ちに応えて欲しいとセトは願ってしまう。

「あなたは私が初めて出会った、外の世界の人だった。……あなたのこと、嫌いじゃなかったわ」

 振り返れば前世のなまえはもう背を向けて歩き去っていた。慌てて追いかけようとするが、明るい場所へ行って、今のこの顔を誰かに見られるのが怖くなる。
 もう二度と、あの方と、前世のなまえという女としての彼女と過ごすことは叶わない、前世のなまえはアテムを選んだ。運命や大人が決めた枠組みと遠く離れた場所で。

 セトはもう一度だけ空を見上げる。砂漠の砂粒ほどの光が犇めき、輝く空を、セトはこれまで一粒と残さず見ることができていた。それが今、どうしてもぼんやりとした光の塊となって青い目に降り注いでいる。

「(運命よ、なぜ私をあの女と引き合わせた)」




「やっぱり今夜はやめないか」
 アテムが申し訳なさそうに頭を抱えていた。なんとなくそんな事言い出すだろうなと予測していた前世のなまえは、取り敢えずアテムの言い分に耳を傾ける。
「オレもその、……急ぎすぎた。お前の気持ちをもっと考えてから呼ぶべきだったんだ。……こういうのは、前世のなまえのタイミングでするべきだった」
「……」
「お前がオレを兄妹だとしか思っていない事も知っている。オレも、つい今朝まではそうだった。お前がマハードの子供を抱き上げた時、オレはどうしてもお前に、自分の子供を抱かせてやりたくなったんだ。でも、父がなくなった今、それがオレの子である必要は無いんだ。オレは……」

 前世のなまえは堪らずにアテムを抱き締めた。アテムの愛を信じたいと願う前に、自分の愛を信じさせなくてはならないと悟る。今まで、アテムは王女の奔放な恋愛を庇ってくれてきた。その分だけ、アテムは前世のなまえの愛が自分に向くことはないと、心のどこかで思ってしまっている。

 でももうそんな事しない。アテムと結婚して、決して不幸には、もう孤独にはさせない。アテムの隣には私がいる。それだけで、私達はずっと幸せなのだと知っていたじゃないか。

「いいの、……もう分かってる。躊躇いや不安や口実や、どうかその一切を何も言わないで。私は生まれる前からあなたのものだった」
 薄いドレスの肩口に指をかければ、引っ掛かりを無くしたリネンは重力に任せて肌を滑り落ちた。堂々と見せるつもりだった無垢の体も、いざアテムの目の前に曝いて恥じらい、腕が勝手に胸を隠し、顔は寝台と反対の方へ背けられる。

 小さな灯火だけに揺らぐ陰が縁取った女の体に、アテムは想像していたよりも遥かに大きな衝撃を受けていた。
 これまで、カラシリスに透けた乳房マ・マ女性器バステトのシルエットを意識してこなかったわけではない。しかしドレスに覆われていた肢体の肌は、普段目にする腕や首のものとは全く違う。香油をよく揉み込み、ファイアンスやガラスさえ霞む照りのある肌、なによりも香りセチェイが見えない魔力のようにアテムを誘って、抗いようのない手を引き寄せる。

「前世のなまえ、───」

 もうここに至って、言葉を交わす方が羞恥であった。もし言葉として口を開くにしても、必要なのは互いを指し示す名前のみ。現世の己を構成する5つ全てをこの空間で捏ね合い、まだ知らない快楽バストハーに徴す。
 5つのうち、いずれ現世にただひとつ置いていくハーに。

 アテムが促すまま寝台へ腰を下ろせば、前世のなまえの膝に跨るようにアテムも寝台へ膝をつき、前世のなまえの鎖骨から首筋へ、そして顎へ、頬へ、耳へと指が滑る。そのたびに触られてもいないはずの背中の方がゾクゾクと震えた。声が漏れそうになるその瞬間をアテムの口づけが塞ぎ、抱き締められる。

「ん、はぁ……」
 ペロ、と下唇を舐めた舌が歯列をなぞり、熱い吐息に溶かされて、前世のなまえも舌を差し出す。唇や舌で何度も互いを吸いながら、アテムも服を脱ぎはじめた。
 別に何か言葉を交わすでもなく、互いに分かっていたかのように、前世のなまえは寝台の奥へと腰をずらし、アテムはそれに合わせて寝台に乗る。そして前世のなまえが寝転べば、服を脱ぎ去ったアテムがそれに覆いかぶさった。

 腹の上をアテムの勃起したペニスファルスが撫でる。我慢できないとばかりに赤く震え、透明な粘液がその先端から溢れていた。“受け入れる側”もずっと内股を濡らしている。……アテムが、今夜部屋に訪れると言った時から。
 2人はセックスに必要なものがなにか、「これ」しか知らない。

「ねぇ、……我慢しないで、私の中に来て」

 前戯だの愛撫だのは知らない。王家の人間同士の性交にただ一点必要なこと。それは一滴残さず前世のなまえの体に子種を吐き、1日でも早くアテムの子を孕む事。
 足を立てて広げ、腹に乗っていたファルスを、震える手で自分の秘部に導いた。そこは自分でも驚くほどそこは濡れそぼっていて、蓮の茎のように滑りのあるアテムの堅く勃起したそれは、容易く“容れるべき肉壺”を見つける。

「前世のなまえ、……ッ、い、挿入れるぞ」



『───ッ、ア”ぁ!』

 破瓜の声にセトの肩が跳ね上がった。
 明かりひとつ、窓ひとつない小さな部屋。王女の寝室の様子を伺い知るためのその部屋で、セトはたった1人耳をすまさなければならない役割を果たす。
「(前世のなまえ様、……)」
 ついにこの時を迎えてしまった。背丈や肉体の成長を見守り、いま王子の手で彼女の膣を均される夜をも見届けている。

『アテム、あっ、ああっ!』
『……前世のなまえッ、ダメだ、こんなの、すぐ出る───ッ』
『ひっ、ア、アテム……! 出てる、中で、アテムの、ビクビクしてるのわかる……!』

 セトを突き刺した刃はほんの一瞬で痛みを終わらせた。止まっていた息を大きく吐き出し、吹き出す汗を手で拭う。激しく胸を叩く心臓の音が、この壁を越えて2人に聴こえてしまわないかとさえ思った。
 堪えていたのは心臓の音だけではない。聳り立つ自らのそれにシェンティの裾が持ち上がり、どうしようもなく息が荒くなり続ける。



 初めての性交は、存外あっけないと思ってしまった。痛みや出血も余りない。それよりもピッタリと収まるアテムのファルスと、ピッタリと包む前世のなまえの肉壺は、まるで最初から合わせて造られていたかのように互いを繋げていた。

 あぁ、やはり私達は最初からひとつだった。何もかもを半分ずつに割ってこの世に生まれたのだ。アテムの“余るところ”を前世のなまえの“足りないところ”に埋めることで、互いにそれを証明し合い、真実だったと認め合う。

 アテムも前世のなまえも、考えている事は同じ。ほんの一瞬の射精だったにも関わらず、2人はかつてないほど深く繋がり、また満たされてもいた。
 射精したあともアテムのファルスの鈴口は、前世のなまえの膣のさらに奥、精液を吸い続ける子宮の口を愛撫し続ける。同じように荒い息を堪えて顔に触れ合い、同じ色の目を合わせたあと、2人はまた深い口付けを交わす。半分ずつ同じ遺伝子を共有した兄妹。生まれる前からこうなる事は決まっていた。アテムを受け入れて初めて、前世のなまえはそれを自分の胎内で受け止める。

 ちゅ、と音を立ててアテムの腰が動き、子宮頸部をヌルヌルと弄られる感触に、生まれて初めて目眩がするほどの快楽が襲った。
 最初の破瓜の衝撃は直ぐに終わりを告げ、快楽の沼の深みへと嵌っていく足が震える。

「あ、……だめ」
「すまない、まだ終われそうに、ない」
 余裕の無いアテムの目に、これが朝まで続く事を悟った。朝になれば、いま知らない性的快楽の境地に自分も立っているであろう事も。

「ンあ! あ、アッ アッ!」
 さっきよりも長く、最奥から入り口までの深い肉の穴を感じる。天井を掻き毟るアテムのカリ首や、奥を突くたびに転がる子宮の硬い唇の感触。視界が白く飛び、先にアテムが達したオーガズムの境界線を、今度は前世のなまえが踏み越えようとしている。

「───ッ!!! 待って! だめ、これダメ……! 怖い、なにこれ……! 怖い」
「大丈夫だ、オレが居るッ……身を任せるんだ」
 震える足にギュウギュウと締め付ける膣に、アテムは前世のなまえが達することを自然と悟った。そしてそこへ連れて行かなくてはならないとさえ思い、アテムは直ぐにでも精を吐き出しそうな己を我慢して、さっきより激しく腰を打ちつける。

「アテム、アテムぅ……! 来ちゃう、おかしくな…… あ、───」



 若さに留まるところを知らない喘ぎ声がまた響き、それは2度、3度と押し寄せるたびに激しくなる。セトは堪らず、裾をめくって自分のファルスを握った。
「前世のなまえ様、───前世のなまえ……!」
 もう聴こえてしまっても構わない。あの王子が自制できなくなる程の蜜壺が一体どれほど芳しいものなのか。セトはこの行為がどんなに屈辱的で虚しい事か分かっていながらも、前世のなまえの嬌声に彼女の秘部や肌を思い浮かべ、自らを慰める手を止めることが出来ない。



 ぱち、と小さく散った火花が、大きな波となって前世のなまえの全身を襲った。
「───あああァァァァ!!!」

 びっくん、と一度大きく跳ね、熱い潮がアテムの股に吹き出される。弓形にしならせた背中にアテムは咄嗟に腕を回し、そのまま抱き締めて腰を打ち続けた。

「ダメ! だめだめだめ! イッ───! し、知らない! こんなの知らない……!!!」
「オレで感じるんだな?! 前世のなまえ、前世のなまえ─── もっと、感じてくれ……!」
「アテム! あてむぅ……! アッ んあ、ふ、くふ」
 アテムの首に腕を回して起き上がると、向かい合った体を密着させてアテムのファルスをさらに奥へ飲み込むよう座り込んだ。息を漏らしながら口付けに夢中になり、最初に流した破瓜の血は、愛液や潮に薄く広がっていく。

「ん、ぶ、ふぅ、ンッ ンッ─── ん”ンッ───!!!」

 隙間なく密着し、めり込みすらした子宮に熱い精液が放たれる。膣に行き場のないアテムの精子は容赦なく胎内へ溢れ、浸透し、赤ん坊を抱える以外に為すべき事のない真の“女性器”に流れ込んだ。
 互いに達し、ビクビクと跳ねる体と心臓に、アテムと前世のなまえはさらにきつく抱き合う。



 天地創造の神アトゥムも、自慰によってシューとテフヌトを生んだ。だがセトは、自らの手に放出した精液を前に、この小さな部屋を満たす空気シュー湿気テフヌトの熱が決して神聖さや偉大さを持ち合わせてなどいないと認めるしかない。
 それどころか、セトは真に神聖なる王子と王女との性交渉を冒涜してしまった。漠然と訪れる虚しさと罪悪感に吐き気すら込み上げ、充満する自分だけの匂いに胸中は淀む。

───『貴様もいずれ摂理に逆らえず、私と同じ苦しみを味わうだろう』

「(うるさい、うるさい! 貴様マハードよりはマシだ)」
 自分を呪い続けるマハードの言葉がずっとセトの肩を掴んで離さない。精液を石床に振り払い、セトはそれを踏みつける。
 あまりにも屈辱的だった。なぜそうまでして王女に想いを寄せる事があるのか。この執着を棄てなければ、いずれ自分は破滅するだろうとすら予感していた。

 生まれ変わらなければならない。

 突然のことだった。セトはこの部屋が、まるで母胎のように感じられた。たったひとり、暗く狭い部屋。ここを出るには、体を屈めて小さな隠し戸を潜る必要がある。
 王子と王女の性行の証言者の役割として入ったこの部屋は、最早セト自身がもう一度この世に産まれるための母胎となっていた。己の人生において他の役割を探すために、王女へ抱き続けた想いは、ここで吐き出した精と共にここへ置いて行こう。自らの野望、願いも、そしてその理由も、いまこの羊水のように満ちるテフヌトの中で霧散していく。
 ……もう充分に、私は王女のために働いた。ここを出て、シモンとアクナディンに告げるのだ。「アテム王子と前世のなまえ王女は、無事に事を為された」と。

 あの方は確かに人間だ。……人間だった。太陽神ファラオへの供物、生け贄という役目を負った、人間の娘。だがこれで諦められる─── 王女は人間から神の妻となる事を選んだ。もうこの手が届く所にはおられない。

「(だがこれだけは誓う。私はマハードのように、あてがわれた女を選びはしない! 私の妻は、私が生涯を誓う女は、必ず自分で選ぶと!)」

 前世のなまえが、運命を超えたところでアテムを選んだように。


 随分と静かになった王女の部屋に、セトは耳をたてるのをやめ、そして王女への叶わなかった愛を置いて、その部屋を出て行った。


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