Bon Appétit, baby.

「帰りの時間連絡してって言ったじゃない。」

 想像以上に早く帰ってきた海馬を前に、なまえは雑然としたキッチンの言い訳に考えを巡らせていた。別にサプライズとかを狙っていたわけではないが、やっぱりお祝いの準備をしている所を見られるのは気恥ずかしいものがある。

「……? なんだこれは。」
「べ、べつに……」
 眉を顰める海馬に違和感を覚えるが、「おめでとう」を言うタイミングを逃してしまいなまえも引っ込みがつかない。手にしたままのミックスフルーツのボウルをカウンターに置くと、海馬も手にしていたアタッシュケースを床に置いてなまえに向き直った。

 エプロンをして髪をひとまとめにした自分の姿がどうしようもなく気恥ずかしい。それでも照れそうになる顔をグッと堪えて、海馬のスーツに薄力粉が付くのも構わず腕を海馬の首に回した。
 海馬が背中を少し屈める。吸い寄せられるように抱きしめられ、互いの鼓動を確かめるように胸を突き合わせれば、カモミールやタイムの匂いが海馬の鼻先をくすぐった。
「何を作ってたんだ」

「いろいろ。」
 顔を上げてキッチンに目を向ける海馬の頬にキスをしてから、なまえはサッと離れてオーブンの方へ進む。あと5分くらいで焼き上がりらしいのを見てから、さっき置いたフルーツを持ち上げた。

「ラム入れてもいい?」
「ダメだ。」
 海馬はスーツのままキッチンに入ると、一番高い棚にあるパンチボウルを取ってなまえの横に立つ。
「どうせ甘いものは食べないじゃない。」
「モクバが食べる。」
 お手伝いさん達がカットしたフルーツを適当にパンチボウルへ入れ、エルダーフラワーのシロップとミント、レモンのスライスを放り込む。
「いけない、オレッツァを冷やしてなかった。」
「夕食までこれごと冷やしておけ。どうせ時間がかかりそうだ。」

 海馬の言う通り、何に使ったかさえ覚えてない食材や調理器具が散乱するキッチンに、端で苦笑いする家政婦。グリルやオーブンもフル稼働で、鍋の面倒は家政婦に任せきりだ。

「あー、……そうね。着替えてくる?」

 一見分かりにくいが、なまえのエプロンに付いた薄力粉が海馬の白いスーツに付いている。「あぁ。」と背を向けてアタッシュケースを手にした海馬をなまえは呼び止めた。

「ダイニングは入っちゃダメ。モクバ君にはまだ帰って来てないって思わせて。」
 なまえの少し焦ったような口ぶりに海馬が振り返り、僅かに口端を上げて笑って見せた。

「他に言うことは無いのか?」

 思わず目を丸くして下唇を飲み込む。赤い顔で手伝いに入っている家政婦を見てから、なまえはもっと困ったような顔で肩を竦めた。

「お、お誕生日、おめでとう。瀬人。」

 わざと苦しいくらいに抱き締められた横で、オーブンが焼き上がりのベルを鳴らした。


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