なんか変よね。私たちはお互いの何もかもを知っているのに、
 今2人の間にあるのは「なんてことない会話」だけだなんて。

 small talk
 もしアテムが前世のなまえと一緒に死んでいたなら、きっと今の遊戯はアテムとして生まれてたのかもしれないね。


 思っていても口に出さない事が大切なのだと知っている。それでも、アテムも千年パズルも無くなった世界で一緒に残されて、たまに向き合う同じ色の瞳を見れば、なまえは大切な人がもう居ないのだと……また心にできたかさぶたに爪を立ててしまった。

「最後の最後でやっと同じクラスになれるなんてね」
「本当の“三度目の正直”だね。これからもよろしく、なまえ」

 童実野高校で過ごす最後の1年を、遊戯となまえは同じクラスで迎えた。1年生の時になまえと出会い、色々ありながら2年生の半ばで遊戯はもう1人の自分を…アテムをあるべき場所へ還した。

 今でも遊戯は軽くなった首に違和感を覚えるし、なまえを見るたびにアテムの陰を感じている。
 それはなまえも同じ。もともと目の前の遊戯と身体を共有してたのだから、遊戯を見てアテムを思い出すのは自然な事だった。

 始業式の翌日に降った雨で、もう桜の木は随分とこざっぱりしていた。今朝は空色の服を着た水たまりだけが花びらのネックレスを誇らしげに見せびらかすばかりで、子供達に踏み荒らされれば泥を跳ね返して応戦している。

「いい天気だね」
「そうね、昨日雨だったものね」

 お互いに何もかもを知っていた。私の裸だって知ってるなんて、おかしいよね。永遠について話した事だってあるのに、今は「やぁ」から始まって、天気の話しをするだけ。

 仕方ないよね、私自身ではないけれど、他人から夫婦になってまた他人に戻ったんだから。……でももう何もかも全ては思い出話。前世のなまえの見せた記憶の追体験も、アテムを彼女に返してからどんどん薄れていっている。

 仕方ないよね。たとえアテムが使っていた肉体だとしても、いま目の前に立っているのは遊戯なんだから。


「そう言えば海馬君はどう? 相変わらず?」
 いつもと変わらない調子で海馬の名前を出す遊戯に、なまえは目を細めて困ったように笑う。
「うーん、うん。相変わらず……かな」
 だいぶ戯けて答えた。ずっと交際してはいるけど、なまえは学校、海馬はアメリカだのヨーロッパだのエジプトだのに飛び回る日々。歳を追うごとにモクバ君にすら会えない事が増えてきている。

「寂しいんだね」

 見透かしたような口振りに「え、」と顔を上げた。なまえと遊戯の同じ色をした瞳がぱちっとぶつかる。
 糸で手繰り寄せられるように遊戯の手がなまえの頭へ伸びた。こめかみ辺りから耳までの髪に2、3度指を通して撫でたあと、遊戯はハッとして手を引っ込める。

「ご、ッ……ゴメン、僕」

 遊戯はどうして自分が女の子の髪を撫でるなんて事したのか分からなかった。杏子やレベッカにだってしたことないのに、よりにもよってなまえに…… ここに海馬君が居なくて本当に助かったと冷や汗すら出る。
 だけど、遊戯自身はなまえの髪や肌に触れた事なんてなかったのに、何故か─── なぜか、とてもひどく懐かしい感触だった。なまえが心を偽って笑った途端に、体が勝手に動いたのだ。

 なまえも特に嫌がってる様子はなかった。むしろ、もう居ないはずの人物が遊戯の瞳の奥に居るような気がして、なまえは息を飲む。

 闇人格の遊戯…いえ、アテムは度々そうしてくれてたのだから。

「遊戯、……」
「アッ、ううん、ホントごめん、僕……そんなつもりじゃ」
「え、あ、え…… もう! そうじゃなくて」
 急に顔を真っ赤にして慌てふためく遊戯に、なまえまで恥ずかしくなってくる。


 突然春の大きな風が2人の間を横切って教室中の教科書やプリントを飛ばし、なまえの髪を撫でた。

 「もー!誰よ窓開けたの!」「さむーい」と窓際の生徒が文句を言いながら、一箇所だけ無造作に開けられていた窓を閉める。驚いたままの遊戯もなまえも、それを茫然と眺めたあと同時に向き直った。

 「(今の、)」そう思っても、口に出さないのが大切な時だってあると知っている。言葉にしなくたってこうして向き合う同じ色の瞳を見れば、お互いに大切な人がもう居ないのだと……また心にできたかさぶたに爪を立ててしまうのだから。

 私たちは“彼”に会ったことないみたいなフリをして過ごしてる。なにもかも忘れたように振る舞って、なんでもない会話をするだけ。
 仕方ないよね、私自身ではないけれど、他人から一心同体の相棒になってまた他人に戻ったんだから。……でももう何もかも全ては思い出話。忘れたかのように嘘をつく。

 仕方ないよね。たとえ前世がアテムの王妃だったとしても、いま目の前に立っているのは遊戯となまえ、それだけなんだから。


 なまえは風に撫でられた髪を耳にかける。自分の指で触れて、寂しさを紛らわせるだけ。でも遊戯がアテムと同じ手つきで撫でてくれたお陰で、心はどこか静かだった。

「いい風だったね」

 顔を上げれば、そう微笑む遊戯がなまえを待っていた。……言葉にしなくたって、こうして向き合えばわかり合えることがあると、私たちは随分前から知っている。
 お互いに、本当はもう一度彼に会いたくて泣きそうな心を必死に奮い立たせて平静を装っている。そんなこと、アテムと通じ合えていた者同士、同じだって分かってた。

「そうね」
 私たち浮き沈みもその間も全てお互いの何もかもを知っていたのに。
 私の髪に、肌に触れていたあの手はここにあるのに、もう二度とそれは叶わない。忘れたかのように嘘をついて、心の中で泣くだけ。

 それでも心のかさぶたの下は、治ってないわけじゃない。


「ねえ、私たち恋人でもなんでもないけど、“分かり合ってる”者同士、こうして慰め合ってもいいよね?」

 思っていても口に出さない事が大切なのだと知っている。だけど、私と遊戯はもう“ソウルメイト”じゃない。

 ちゃんと言わなきゃ伝わらないよね、一緒に傷を舐め合いたいって。

 私たちは他人から魂を共にしてまた他人になった。何もかも今ではただの記憶、なんでもない世間話。正直に言えば、私たちが“普通”に戻るのには時間が掛かるだろうね。だからその分だけ、また一緒にいられたらと思ってる。

「瀬人や杏子に悪いかな?」

「な、なんで杏子が出てくるのさ!」
「それともレベッカだった?」
「なまえ!!!」

 なんか変よね。私たちはお互いの何もかもを知っているのに、今2人の間にあるのは「なんてことない会話」だけだなんて。
 small talk / Katy Perry


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