プレイボーイ
「えぇ? 僕はそんなつもりじゃなかったんだけどな…… 誤解させてたなら謝るよ。」
 頬を狙って思い切り振り上げられた手をサッと避けると、女の子は悔しそうに「ワッ」っと泣いて走り去った。
 自分のこういうところが悪いとは自覚してるけど、チョット優しくしただけで本気で付き合っているもんだと想像を飛躍させられる女の子達の方も中々だと、御伽は苦笑いした。

 御伽はとにかく「女性」に甘い。もちろん対象年齢は設けているが、女の子達に囲まれる事自体嫌いではないので、女の子の方から望んで取り巻きに参加するなら御伽も優しく振る舞うようにしている。それが厄介ごとの原因だと解ってはいたものの、性分を治すことはできなかった。

 まあ遊戯や城之内とは色々あったけど、今は和解してDDMも軌道に乗ってきたし、アメリカに行ったり来たりしているものの、合間合間で平和なスクールライフも満喫出来ている。窓際で後ろよりの席と、魅力的な転校生の役、取り巻きの女の子たち…… さらにはこのクラスで一番に目を付けた女の子の隣の席も確保済みときた。

「いつか本当に刺されるわよ。」

 なまえは本を片手に肘をつき、呆れたような目で御伽を見ていた。
 御伽の満たされた学校生活や運の良さとは裏腹に、希望する女の子をガールフレンドにするのは厳しそうだ。女の子の取り巻きは増える一方だというのに、肝心の隣の席の女の子はいつまでたっても自分に好意を寄せてくれない。
 御伽は上手くいかない世の中にため息が出た。

「大丈夫だよ。僕は別に、彼女たちに何かしたわけじゃないんだから。キスのひとつでもしてたら、話しは違うだろうけどね。」

 なまえがあからさまに顔をしかめて本から顔を上げる。
「待ってよ、冗談だって。僕は本当に手を出したりしてないって。」
 言い訳がましい言い方だったろうか。喋りながら御伽は自分を客観的に見ていた。どうにか話しの方向を変えたいところだが、つまらない内容で貴重な彼女との時間を消費したくはない。
 チラリと時計を見る。…休み時間はあと4分弱くらい。次の授業が終われば昼休みだ。御伽は今のうちにお昼の約束を取り付けようと、その算段で頭をフル回転させていた。

「それよりさ、僕、来週からまたアメリカに行く予定なんだ。帰ってきたら授業のノート写させてほしいんだけど…」
 なまえは興味無さそうに本に目を落としたまま、一切見向きもしないで背面黒板を指差した。
 来週の水曜日、席替えが待っていると言いたいのだろう。二、三ヶ月に一度ある大イベントが迫り来ているのは御伽も承知済みだ。

 ……もしかして、そんなに僕の隣が嫌なのかな。

 自尊心の高い御伽は、なまえの態度に少しモヤモヤする。
「席が離れたってクラスは同じなんだから、僕ら変わらずやってけるだろ?」
「来週隣になった女の子にそう言ってあげたら?」
 取りつく島もない。自分のどこがそんなに気に入らないと言うのか。彼女がデュエルクイーンだってことは知ってるけど、本当に女王様気質な性格らしい。嫌いじゃないけど、流石にもう少し優しくしてくれたって良いような気がする。

 転校前から彼女の事は知っていた。遊戯と同じ理由…ペガサスのインダストリアル・イリュージョン社に関わっていたのが理由だ。しかしいざ転校してみると、彼女は想像以上に美人で、女性として魅力的で、遊戯や城之内のように痛め付ける気になれなかった。

 苛立ちを含んだ胸のモヤモヤに決着が着く前に、少し早く先生が入ってきて授業ムードに変わる。御伽は大人しく教科書やノートを取り出して前に向き直った。

***

「御伽くん! 一緒にお昼食べよぅ!」
 昼休みになった途端、御伽の取り巻きの3人の女子が席を取り囲む。彼女たちの隙間から、さっさと退散するなまえの姿が見えた。

「待ってよなまえちゃん!」
 咄嗟に声が出た。しかも自分でも驚くほどの大声だ。なまえもびっくりしたような顔で振り向いてくれたが、すぐにまた「面倒事は勘弁してくれ」と言ったような顔に戻る。

「なに?」
「あ、いや…… 良かったら君も一緒にどうかな? なまえちゃんもお弁当でしょ?」
 なまえは3人の女子を目だけで見回してから御伽に目をやった。

「先約があるから。」

***

「御伽くんはみょうじさんのこと気になるの?」
「やめた方がいいよ、御伽くん。あの子ちょっと怖いよ、……冷たいってゆーか」

 さっきから昼飯のサンドイッチの味がしない。取り巻きの女の子たちっていうのは、もう少し女の子らしい声で、可愛い内容だけ話してくれていればいい。ヒーリングサウンドでいう小鳥のさえずりみたいなのを求めていると言うのに、この3人の女子達はずっとクラスメイトの女子を名指しで誹謗している。
 御伽は早く食事を済ませて立ち去りたかった。

「そうそう。女のくせに男の人に混じってカードゲームしてるのよ。有名人らしいけど、色仕掛けで勝ってるって聞いたんだから。」

 御伽の堪忍袋の緒も切れた。彼女が実力ある、誇り高いデュエリストだと知っているが故に、流石に聞き逃せなかったのだ。

「もういいよ。君たち、僕の前から早く立ち去ってくれないかな。」

 突然立ち上がった御伽に、取り巻きの女の子達はショックを受けたような顔をする。…きっともう終わりだ。派手な転校生の役も、女の子に囲まれる日々も。だけど少しも残念に思わない。むしろ、もっと早くこうすべきだったのだろう。
 自分にはなまえだけ居てくれたらいい、余計な女の子たちで自分のパーソナルスペースに空きがないなんて、なんてバカらしいんだ。


 女の子達は潮が引くようにその場を後にした。きっと彼女たちの食べかけのお弁当は少し崩れて、教室で開けたとき御伽の仕打ちを思い出して悪口大会に火をつける。
 それでも御伽はどこか清々した気になって、思い切り背伸びをした。

「ん〜〜〜ッ!」

 戻ったらもう一度なまえに声を掛けよう。女の子にモテているアピールは不要だ。自身だけを彼女に見せて、それから考えよう。
「(ゲーム開発のライバルが恋のライバルなんて、僕向きだよね。)」

 御伽は渡り廊下を歩くなまえの姿を見つけるなり、走って追い掛けて行った。


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