ペガサスは塔の上にある自室で、美しい女性の肖像画の前に立っていた。しばしその女性を見つめたあと、背後の書斎机に歩み寄って有るべきものが無くなっているのを眺める。
「(魂封印のカードがなくなっている…… 今ごろクイーンが解放をしているでしょう。ミレニアム・アイはマインドを切り離すことができても、再び肉体と融合させるのは…あの千年秤にしかできない。)」

 引き出しを開け1冊の分厚いノートを取り出すと、ペガサスは机の上に置く。
「(私は今まで……ミレニアム・アイによってさまざまな人間のマインドを見せられてきました。だがひとつの体に二つのマインド を持つ者が存在するとは…… あれが千年パズルの力なのか。)」

 惜しむようにペガサスはまた振り返り、肖像画に向かって顔を上げた。
「シンディア……」
 闇とは違う、寂しさや喪失感という呪いによる暗い影が、ペガサスの生身のほうの瞳の奥にひっそりと差し込んでいる。溢すため息すら残っていない体に深く食い込んだミレニアム・アイを、今は髪で隠して彼女を見た。
「私は、間違っていたのでしょうか?」
 どんなに様々な人間の心を覗けたとしても、シンディアの心だけはこのミレニアム・アイをもってしても知ることは叶わない。


 だが悠長に物思いにふける時間は突然終了する。ミレニアム・アイの反応に、ペガサスが敏感に反応したのだ。
「何者デス?!」

 鉤がチラチラと鳴っていた。
 日が差し込む窓を背にして立つ少年のシルエットに、千年リングが怪しく反射する。

「ユーも闇の力の持ち主……」
 ミレニアム・アイに映るバクラの心に、ペガサスは警戒心をあらわにする。
「フ……他人の心を読めるのがミレニアム・アイだったな。でもお前、自分の未来が読めるか?」
 バクラはデッキの束を取り出すと、ペガサスに向けて突き出した。

「フフフフ…… これからこの部屋で起こることまでは読めねぇだろ? このカードでお前の事を占ってやるぜ!」
 カードをシャッフルしながらバクラは机に歩み寄る。そしてタロットカードのようにカードを並べ始めた。
「このカードはお前の誕生と少年時代を表す。……ほーう、」
 めくられたカードを見たバクラの反応に、ペガサスの眉端が動く。

「 “ハッピー・ラヴァー” か…… 幸せな恋愛を経験したらしいな。だがカードは逆さに入っている。つまり───」
 ペガサスの視線がバクラの視線に重なり、ペガサスはつい顔色を変えてしまった。
「──その恋人と悲劇的な別れをしたってわけだ。図星らしいな。次にお前の現在を示しているカード…… “闇の仮面” か、…今の地位や行動は、本来の目的を隠すための仮面ってわけだ。心の中に秘めた目的のために随分と遠回りな手を使ってやがる。」
 なぶるような視線のバクラの手が、3枚目のカードに向かう。

「───その目的は……」
「シャラーップ! 黙りなサ〜イ!!!」

「おいおい!」
 あたかも意外そうな声を上げるバクラに、ペガサスの動きが止まる。

「縁起でもねぇカードが出ちまったぜ! “死と沈黙の天使 ドマ”… 天使のくせに死を司る…コイツに睨まれちまったら───」
 次のバクラの目線は、体ごと振り返って向けられた。

「死から逃れられないってワケさ!」

 ペガサスは心を読めるだけ反応が早いほうだった。それでも遊戯との闘いのあとで消耗していたペガサスは、千年アイテム同士による直接的な力の衝突を制することができなかった。

 力に弾かれたペガサスの体が、肖像画の飾られた壁に激しく打ち付けられる。
「ぐぅ……ッ! ユーは、いったい……!?」
 床に体を落としたペガサスに、バクラは静かに笑いながら歩み寄る。ミレニアム・アイを通じてペガサスに伝えられるバクラの心と共に、生身の肉体の耳を通して直接伝えられるバクラの言葉に、ペガサスは逃げ場もなく壁に背を押しやった。

「フフフフフ…… オレは7つの千年アイテムを集めてるんだ。オマエ知ってるか? 全てが揃えば世界を支配できるほどのパワーを手に入れられるんだぜ!」

「や、……やめてくれ、───」

 ミレニアム・アイに最後に映ったのは、その黄金の眼に差し向けられたバクラの指だった。名実共に王を失った王国(ペガサスの城)に、彼の苦悶の叫びがこだまする。

 ***

 杏子と本田が記憶を頼りに辿り着いた先─── ペガサスの部屋に通じる一本の階段で、4人は立ち止まった。

 大柄の黒服の男(猿渡)に背負われた意識のないペガサスと、それを先導するクロケッツが階段を降りてきたのだ。

「クロケッツさん、どうしたんですか?!」

 遊戯が声を上げると、クロケッツだけが立ち止まり他の男たちはさっさと階下へ進んでいく。
「ペガサス様が、何者かに襲われた。」
「それじゃあじいちゃんや海馬くんやモクバくんたちの事は?!」
「今はそれどころじゃない!」
 遊戯を押し退けて他の黒服たちを追うクロケッツに、遊戯は食い下がるようにその袖を掴む。
「じゃあせめてなまえの居場所だけでも─── !」
「くどいぞ! 彼女はもう監視の対象外だ! 我々の知るところではない!」
 焦りからか冷静さを失っている様子のクロケッツが遊戯の腕を振り払う。遊戯や他の3人は、それ以上彼らに関わるのをやめた。

「いったい誰がペガサスを……」
「とにかく、ヤツの部屋を見てみないか?」
「そうね、なにか…手がかりがあるかも……」

 ***

「キレーなねぇちゃんだな……」
「ああ。」
 壁に掛けられた肖像画を前に、城之内と本田が感心したようにその女性を見上げていた。部屋を見回しているのは杏子と遊戯だけで、杏子はテーブルの上の一冊の本を手に取る。
 遊戯もその本が気になって杏子に近寄ると、杏子が本を開いた拍子に落ちたカードに気が付いて腰を曲げた。
「これは……ペガサスの日記だわ!」
「なに?!」

 杏子の声にやっと城之内や本田も駆け寄って、杏子の手にした日記帳を覗き込む。
「ゲッ! 英語だぜ?」
「当たり前でしょ。ペガサスはアメリカ人なのよ?」
 遊戯は拾い上げたカードの絵柄を見ると、ハッとして壁の肖像画と見比べた。

「読めるか? 杏子。」
 本田の様子からしても頼りになるのは自分だけらしい。杏子は少し難しそうな顔でペガサスの字を追ってみる。
「えぇ、なんとか…… 読んでみるわ」

「───《私を倒し、新たなるデュエリストキングになった者へ、…私がなぜデュエルモンスターズを生み出したのか、その秘密を説明するためにはこの女性のことを話しておかなくてはなりません。》…… ペガサスはこの大会に負けた時のために、これを書き残したんだわ!」

「ねぇ、これ見て。」
 遊戯が拾ったカードを3人に差し出す。
「あの絵と同じ女じゃねぇか。」

 ───《シンディア……それがこの女性の名前です。かつて、わずか17歳にしてこの世を去った、私の恋人です。


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