なまえはナースコールよりも先に、獏良を見つけた。
 正確には、目に飛び込んできた。

 獏良も眠っているとばかり思っていたなまえが、起き上がってしっかりとこちらを見ていることに面食らっていた。良くも悪くも、千年リングは服の中。ささやかだが花束を持って、黒服の体面上善良な宿主のフリをしている。

 予定の狂いはあるが、バクラは大人しく宿主に身体を預ける事にした。千年リングが行方不明のままだということを装えば、なまえの警戒心を解くことができるかもしれない。

「なまえちゃん! 目が覚めたんだね!」
 その大きな声に一番に反応したのが、開け放ったドアの横に立つ黒服の男だった。振り返ってなまえを見るなり、彼は慌てて廊下を駆けていった。おそらくナースなり医者なりを呼びに行ったのだろう。

「……ば、獏良?」

 思った通り、なまえの目は僅かに猜疑心を孕んでいた。だがその胸に千年リングが無いのを見て、少し安心したようなため息をもらす。

「心配で来ちゃったよ。皆んなも心配してたよ。」
 歩み寄って小さなブーケをなまえに差し出す。彼女は素直に、嬉しそうな顔でそれを受け取った。
「ありがとう、本当についさっき目が覚めて…… ここって……病院で合ってるわよね?」
「なにも覚えてないの?」
 千年リングが無くても、なまえの心の部屋に入り込んでいなくても、言葉の端々に点在する疑惑に眉を顰める理由が手に取るように分かった。

「気を失う前の事はほとんど覚えてるわ。」

 軽いジャブのつもりだろう。しかし獏良の鉄壁の善良な顔は、そう脆くない。
「そっか。……僕は全然覚えてないんだ。気付いたらモクバ君とテラス席に居て… でも遊戯くんがペガサスに勝って、何もかも元通りになって良かったね!」
 屈託の無い笑顔に、なまえはやっと安心して見せた。

「そういえば、さっき下で海馬くんとすれ違ったよ。」
「!」
 せっかく見せた笑顔も突然引き攣った。なまえは目をそらして、明らかに動揺している。獏良の前ではあるが、なまえはつい千年秤に顔を向けた。

「……なにかあったの?」
「……」
 それ聞く?本気? 彼女は間違いなく心の中でそう呟いた。少なくとも顔にはそう書いてある。

「……あー、えっと…覚えている限り、私はやるべきことをやったけど…… それに対して、海馬がどうしたとか、なんか言ってたとか、そういうのを一切知らないの。だから、その……気不味いのよ。」
 あのとき海馬が目覚める前に限界を迎えて気絶した。海馬もずっと意識が無かったから、目覚めてすぐ気絶したなまえを前にした。当然、なまえはそのあとの海馬を全然知らないし、海馬もなまえに何があったのか全然知らない。
 行き違いにも程がある。正直海馬を前に会話した記憶の方が薄い。
 なまえは思い出すだけで頭を抱えたくなる思いだった。それを獏良も何て返すべきか口を閉ざしている。

「とりあえず……大丈夫だよ! 海馬くんがなまえちゃんをここまで運んでくれたんだ。きっと汲み取ってくれてるよ。」
 獏良の言葉に、僅かだが海馬に抱き上げられていたことを思い出す。あの時は目を覚ますなりすぐ手を放され、無様にも腰から落ちたが。

 赤くしたり冷や汗を流したりと忙しいなまえの顔色に、獏良は少し笑った。ツンケンしてて取っ付きにくいタイプではあるが、女の子らしい一面を見れば、彼女も普通の同級生だと思い出される。
 遊戯が降ろしたクイーンの重荷が、素のなまえを蘇らせたのかもしれない。なまえはすこし考えたあと、手の中の花に目を落とした。

「花、ありがとう。家で飾らせてもらうわ。」
 「ここじゃないの?」と返すと、なまえは悪びれもせず、そして何が間違っているのか分からないような顔で獏良を見る。

「…? もう起きたし、…感覚的には傷は大丈夫そうだし。……え? 今日帰れるわよね?」

 もうこんなとこ御免だと言いだけに、点滴が気持ち悪いと文句も呟く。
「ちゃんとお医者さんに聞かないと……」
 獏良が応えあぐねているところで部屋にノック音が響く。彼の言ったとおり医者や看護師が入ってきて、獏良は2、3歩ベッドから後退せざるを得ない。

「気分はどうですか?」
 医師の問いに、なまえの笑顔は社交辞令の時のものにすり替わっていた。

「ありがとう。……退院手続きをしてくれたら良くなるわ。」

***

遊戯はドローしたカードを見てそのまま場に出した。
「“カタパルト・タートル”! 攻撃表示!」

“カタパルト・タートル” (攻/1000 守/2000)

「カタパルト・タートルは自分のフィールドのモンスターを生贄にして、その攻撃力の半分のダメージを相手に与えることができるんだ。」
「フン! それで?」
 遊戯はさらに魔法カード “ブレイン・コントロール” を出し、レベッカのフィールドから“千年の盾”を奪うと、“カタパルト・タートル”で射出して破壊した。
「僕のターンは終わっていない! “デーモンの召喚”でバトル! “キャノン・ソルジャー”を撃破!」
「oh no!悔しい〜!」

レベッカ LP:200

 かなりレベッカを追い込んだ遊戯に、城之内たちも盛り上がる。それでもレベッカは悔しがって見せた態度とは裏腹に、冷静に場を考えていた。
「(流石は武藤遊戯…… デュエリスト・キングダム覇者だけの事はあるわ。今 私の墓地にはモンスターが6つ。でも、これじゃあまだ足りない。)」

 レベッカはカードをドローした。それを見るなりアドレナリンが爆発したかのような歓声を上げて飛び跳ねる。
「Great!Fantastic!やった〜〜!ブイ!勝った勝った!」
 いきなりブイサインまで出して喜ぶレベッカに、遊戯も眉間のシワを寄せる。レベッカの引いたカードがどんなものか検討も付かなかったが、それは遊戯にとって悪い状況を引き連れてすぐにやって来た。

「魔法カード “ジャッジメント・ボンバー”!」

「なんだって?!」
「このカードは自分の手札5枚を捨てる代わりに、フィールドの全てのモンスターを破壊しちゃうのよ〜!」
 レベッカは6枚あった手札から最初に引いたキーカードを残して墓地に放った。それと同時に遊戯との間に広がっていたフィールドからモンスターが全て破壊され、整ったステージにお待ちかねとばかりに最後の1枚のカードを切る。

「さらに“シャドウ・グール”を攻撃表示で召喚! 」


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