「さぁ、アタシが一番可愛がってる“シャドウグール”ちゃんの登場よ! この子はね、墓地へ送ったモンスター1体につき、攻撃力100ポイント アップできるの!」
 レベッカの墓地には11体のモンスターが捨てられている。遊戯だけでなく城之内や本田、杏子までその状況に戦慄が走る。

 攻撃力に1100ポイント加算されたシャドウ・グールがフィールドに召喚されると、無防備な遊戯のフィールドの前に立ちはだかった。
「どう?! これでシャドウ・グールの攻撃力は2700よ!」

“シャドウ・グール”(攻/2700 守/1300)

 しかし遊戯は慌てるよりも、レベッカのプレイングに秘められていた戦術に落胆していた。
「……今までシャドウ・グールをパワーアップするために、次々にモンスターを墓場送りにしていたのか。」
「当然よ! 今ごろ気付いたわけ?」
 勝利を確信しているのか、レベッカは得意げに鼻で笑った。それに遊戯はため息をつく。
「レベッカ……」
「なによ。」

 遊戯は伏せていた目をしっかりとレベッカに向け、真剣に、静かでもはっきりとした口振りで話した。
「デュエルに大切なのは、カードを信じる心なんだ。君はなまえが負けたのを信じていなかったけど、なまえは自分のカードを信じる心を失って負けた。……君も、パワーを上げるためだけにモンスターを墓場送りにしていくなんて、ひどすぎやしないか?」
「バカじゃないの?!」
 聞くに耐えないと言わんばかりにレベッカがまた癇癪を起こす。

「“デュエルはハート”なんて言ってるうちは甘ちゃんよ! どんな手段を使ってでも勝つのがデュエリストってものなの、アンタの考えにクイーンを巻き込まないで!
 なまえに勝ったからって、そんな作り話でなまえとの対戦やカードを盗んだのを誤魔化そうとしてもダメダメ。このタクティクスも、おじいちゃんから教わったんだから。
 モンスターなんて、しょせん兵器か生け贄でしかないの!」

「はたしてそうかな?」
 レベッカの癇癪に疑問を投げかけたのは双六だった。遊戯は祖父に目をやると、双六もそれに応えるように遊戯を見やる。

「(じいちゃん……なんとなく、わかってきたよ。遺跡の中のデュエルが、最後にどうなったのか。)」
「(遊戯、お前の思ったようにデュエルをするんじゃ。)」
 2人が目を見合えば互いの意見が理解できた。すぐにうなずき合い、遊戯の意志はレベッカに勝つことではなく、彼女に何をしてやるべきか、考える方向が変わっていた。

***

 車での移動中、車載電話が鳴った。海馬はすぐに受話器を取る。

「オレだ。」

 海馬は内容を粗方聞きながら、窓の外をチラリと見た。車は童実野町のオフィス街へ向かう幹線道路へ乗ってしまっている。引き返せと言いたくても、Uターンできるのは何キロ先の事になるかわからない。

「わかった。とりあえずは医者に任せる。」
 それだけ言うと、海馬は受話器を置いた。
「(目覚めたか……)」
 なまえとはすれ違いばかりだ。普段から苛立っているような素振りを見せているが、この時の海馬は本当に苛立っていた。
 脳裏にあの千年秤がよぎる。何をしても起きなかったというのに、あれを手放した途端に彼女は目覚めたと言ってもおかしくはないタイミングだ。

 海馬は90キロほどで過ぎていく変わり映えしない高速道路の壁やその向こうに見える街並みを眺めながら、病院へ引き返すか否かを考え続けていた。
「社長、いかがなさいましたか。」
「いや、なんでもない。」
 ドライバーからの声に咄嗟に出た答えが、海馬のスケジュールを決定付けた。一度口にした言葉を撤回する性格ではない。もっと言えば、女のために病院へ戻る自分の姿を、誰であろうと見せたくはなかった。
 海馬は静かに目を閉じ呼吸に集中した。いま自分がやるべきは会社の危機を打破することで、なまえに対して頭を悩ます事ではない。

 反対側の空いたシートに置かれたファイルが、車の振動に合わせて小さな音を立てていた。目を開けてそれを見ると、ファイルをとって乱雑に表紙を捲る。
 なまえのID写真と、かつて何度か目にした社名が現実にそこにあった。
 海馬はまたため息と頭痛に眉間をおさえ、ファイルを閉じ、隣のシートに放る。

「(あの女の目的は何だ。……オレに復讐するつもりなのか? それとも、──)」
 そこから先は自分の幻想だと言い聞かせた。海馬が見てきた人間の浅ましさや悍ましさを考えれば、なまえの目的が前者のように感じる。それでも、今回だけは違ってほしい…なまえだけは、後者の目的であってほしいと、海馬は心のどこかで期待していた。

「(直接話して、なまえに確かめなければなるまい。これ以上…このオレがあの女に肩入れするなど、もしあの女が敵だったら、これ以上の屈辱はない。)」
 見慣れた海馬コーポレーションの高層ビルが道の向こうに見え始めると、海馬は腕を組み直して背筋を伸ばした。

***

 遊戯は念のため裏守備表示でモンスターを召喚した。だがデュエルの流れを掴んでいたレベッカのターン、ドローしたカードはまたも彼女を後押しする。

「遊戯! 引きの強さも才能のうちって知ってた? 私が引いたのは、…魔法カード“守備封じ”よ!」
 遊戯のフィールドに伏せられていた“ブラック・マジシャン”が攻撃表示に変更されると、パワーアップしたシャドウ・グールに為すすべなく破壊される。
「バイバ〜イ、ブラック・マジシャン。なまえが見てたらきっと怒ってたわよ。」

遊戯 LP:800

 なまえも大切にしていた同名の魔術師を、レベッカは覚えていた。遊戯もなまえの名前を出されて少し難しそうな顔をしている。

「“光の護封剣”!」

 遊戯のターン、レベッカのフィールドに輝く剣が突き立てられた。これで3ターンの間、レベッカは攻撃を封じられる。
「あ〜あ! 苦しまぎれ! アタシはこのターン、パスよ!」
 レベッカはカードをドローするだけで何もせずに遊戯へターンチェンジした。
「じゃあ、ぼくはこれだ。“死者蘇生”!“ブラック・マジシャン”を復活させる!」
 遊戯はレベッカの心を変えてみせると、ブラック・マジシャンの背中にあの赤い髪の彼女を思い浮かべていた。
「(なまえは目的のために、大切にしていたカードへの信頼を忘れてしまっていた。だけどもう1人の僕が、なまえにそれを取り戻させた! …僕もレベッカに、カードの心を教えたい。もう1人の僕に出来た事を、僕もやり遂げたいんだ!)」

 遊戯はレベッカに負けるわけにはいかないと感じていた。カードを信じる心で勝ってみせる。もう1人の自分が、そうやってなまえに心を取り戻させたように。

「ふ〜ん、アタシの手を封じてるあいだに攻撃のコマを揃えようってわけね。ムダムダ。どうせアタシが勝つんだから。
 今度のカード、守備表示だけど教えてあげる。“キャノン・ソルジャー”よ!」
 レベッカはあえて遊戯に教えた。挑発に見せたさらなるパワーアップが目的なのは、遊戯にも分かっている。
 だがキャノン・ソルジャーという厄介なモンスターを放っておけるはずもなく、遊戯は仕方なくブラック・マジシャンに攻撃命令を出した。

 狙い通りキャノン・ソルジャーを破壊され、レベッカはまた墓地へとカードを放る。
「フフフ……またシャドウ・グールの攻撃力が100ポイントアップよ!」

“シャドウ・グール”(攻/2800 守/1300)


「遊戯のやつ、何かのカードをまってるみたいだぜ。きっと最後に大逆転かますに違ぇねえ!」
 城之内がそう言うと、レベッカも鼻で笑った。

「そんなの見え見えよ!光の護封剣で時間稼ぎして何かのカードをまってるみたいだけど、シャドウ・グールの攻撃が炸裂したらそれでおしまいだもんね〜!
 このターンもパス! これで光の護封剣も消える!」


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