《光の護封剣の攻撃封じはこれで終わりです。私はパスしますよ。───いったい何を待ってるんです?》
 双六は鮮明に彼の姿を思い出していた。


 遊戯は静かにデッキを見つめた。カードを信じる心、デッキを信じる心、……そして、対戦相手に対する敬意を忘れないということを、その暖かい手で汲み取ろうとしている。
 デッキの一番上のカードに触れたとき、遊戯は確かにカードが応えてくれると知っていた。取り上げて捲ったカードを確認すると、遊戯は勝利の姿となって応えてくれたのを見た。

「どう? 待ってるカードは来たのかな〜?」

 僕の勝ちだ。そう口にするのは簡単だが、はたしてそれが最適な結果をもたらすのか。そして思い出していた。もう1人の自分と同じやり方で解決するのではなく、もう1人の自分には出来ない、自分だけのやり方で解決しなければならなかったのだと。
 自分のやり方、そう……これはきっと、祖父 双六が選んだやり方だ。

 遊戯は立ち止まり、そしてそのカードを戻して手をそのままデッキに置いた。


《サレンダーじゃ、アーサー。》
「サレンダーだ、レベッカ。」

***

 モクバはエレベーターを降りると、すぐさま廊下を走り抜けて行った。同伴していた海馬コーポレーションの黒服の男が、慌ててその背中を追いかけていく。

「なまえ!! 目が覚めたっ……て…」

 モクバの手によって勢いよく開け放たれた病室。そこに目的の人物はもう寝転んではいなかった。
「なまえ……?」
 モクバが病室に入ってベッドに近寄る。やっと追いついた黒服は、息を切らしながらドアから顔を覗かせた。

 ベッドの上には病衣が脱ぎ捨てられていたが、海馬のベルトは丁寧に置かれていた。ベルトはよく見ると固まった血が金具の隙間に残っている。
「なんだよ、行っちまったのかよ……」
 不貞腐れたように呟くが、その声は寂しさも含まれていた。直接お礼が言いたかったし、兄にもちゃんと会って欲しかった。モクバはそのために此処へ来たのだ。
 なまえが勝手に退院してしまったのなら、モクバにはもう目的を果たす事はできない。落胆しながら振り返ろうとしたとき、サイドテーブルに何かの紙が置かれているのに気が付いた。

「!……なんだろ、手紙かな」
 手にとって開いてみると、1枚のカードがモクバの足元に落ちる。それを拾い上げると、濃紺の衣に金の杖を携えた老魔導士の描かれていた。
「魔導、……老士、エアミット?」
 そして何か走り書きのある紙の方を見て、モクバは言葉が詰まる。

 入院費を払っても余るくらいの額の小切手に、なまえのサインが書き込まれていた。

***

「ええぇ───ッ!??」
 城之内や本田、杏子が心底困惑した声を上げた。しかし双六と遊戯だけは、しっかりとした目をしている。
「なんでやめちまうんだよ!」
「遊戯、なんで?!」
 そんな声を気にするでもなく、遊戯はレベッカに負けを認める。

「アタシの勝ちね!」
「うん、僕の負けだよ。」
「Blabooo!アタシってやっぱり最強!」

 予想外の結末をもってレベッカと遊戯はデュエルリングから降りた。見ていた3人の落胆は激しく、信じられないと言った様子で遊戯を見ている。
「待ってたカードが来なかったの?」
「マジかよ、遊戯……」
 なかなかあいた口を塞ぐことができない杏子や城之内がそう言う中で、レベッカは意気揚々と双六に駆け寄った。

「さぁ! ブルーアイズを返して!」

 勢いよく差し出された白い手に、3人はたじろぎながらも、双六は申し訳なさそうにポケットへ手を入れた。

「あ……!」
 目の前に出されたカードに、レベッカは一瞬声を失う。それでもすぐにスイッチが入ったように双六へ詰め寄った。
「破ったのね?! おじいちゃんが大切にしてたブルーアイズを!」
「すまんと思っとる」
「だから返そうとしなかったんだ! い〜〜!goddamn!許せない!」
 どんどん眉端を下げて困る双六が声を掛けるが、レベッカは止まる様子もない。
「言い訳なんか聞きたくない!」

「よさんか、レベッカ。」

 突然掛けられた声に、レベッカは驚いて振り返った。だが驚いたのはレベッカだけではない。レベッカの後ろに現れたその声の主に、双六も心底驚いた顔をした。

「おじいちゃん!」
「アーサー! アーサーじゃないか!」

 レベッカは少しばかり気まずそうな顔をしたが、その後ろでは杏子たち3人が双六の様子に驚いて博士を彼を見た。
「久しぶりだな、双六。」
「あぁ、本当に久しぶりじゃ!」
 思いがけない再会に2人は感動を隠しきれずにいるが、博士も双六も、互いにどこか申し訳ない部分を抱えていた。

「いやはや、どうにもじゃじゃ馬な孫娘で困ったものだ。すまなかったな。」
 アーサーはレベッカを横切ると、双六や城之内、本田、杏子までも通り過ぎて歩いて行った。それを目で追うと、その先にはデュエルリングに立つ遊戯が居る。

「レベッカ、今のデュエル、遊戯くんの勝ちだ。」

「えぇ〜?! そんなはずない!」
 レベッカは祖父のそんな指摘に血相を変えてあとを追った。博士ひ遊戯と向き合うと、デスクに並べられたままのカードをチラリと見る。

「遊戯くん。いいデュエルだったよ。君も双六に似て、素晴らしいデュエリストだ。」

 そう言うと博士は、遊戯が最後にめくったはずのデッキの一番上のカードを手にとった。駆けてきたレベッカが文句を言い出す前に、博士はレベッカにそれを見せる。

「レベッカ、これを見なさい。……これは“魂の解放”。もし最後のターンで遊戯くんがこのカードを出していれば、負けたのはレベッカだった。」

 双六や城之内達も寄って来て、レベッカの後ろに立った。レベッカは信じられないと言った顔を、遊戯とそのカードに向ける。

「“魂の解放”は、自分と相手の墓地からそれぞれ5枚までのカードを取り除くことができるのだ。そうなれば“シャドウ・グール”の攻撃力は2300まで下がり、攻撃力2500の“ブラック・マジシャン”とバトルすれば───」

「じゃあ遊戯はわざとサレンダーを?! どうして?!」
 不服そうに突っかかるレベッカに、博士は少しだけ強く叱った。
「まだわからんのか。遊戯くんは双六譲りの、心優しい少年だということだ。」
 遊戯は照れた顔を少しだけ背けた。

「勝ち負けしか考えられないお前の心を救おうとしたんだよ。」
「え……」


《……わざと、サレンダーを?》
《大切なのは決着じゃない、命じゃ。》

《双六───……》


 双六と博士の間に横たわる思い出は、同じ光景を映していた。それをレベッカに伝えるべく、博士は膝をついてレベッカと目線を合わせ、ゆっくりと言い聞かせる。

「遺跡に閉じ込められ、最後の水を賭けてデュエルをしたとき……双六が私の命を救おうとしたようにな。…あのとき私はひどく衰弱していた。双六がわざと負けて私に水を飲ませ、2人で助かったんだ。
 レベッカ、確かに私はモンスターを次々に墓場に捨てていった。“シャドウ・グール”のパワーを最大限に発揮するために。
 ただ、そこには失われたものへの敬意がなければならん。デュエルも死者の墓である遺跡を調べる考古学でも同じこと。…デュエリストは対戦相手への敬意を、忘れてはいかんのだ。
 私は感謝の気持ちを込めて、いちばん大切にしていたブルーアイズを双六に譲ったんだよ。」

「でも、そんな大切なカードを双六は破って……」
 あれだけのマシンガントークを誇っていたレベッカも、祖父を前に静かにしていたが、やっと口を開くなりやはり不平を漏らした。
 その言葉に双六も言い訳できないとばかりにカードを博士に差し出す。
「すまん、アーサー……実は、───」
「いいんだ双六。」
 言葉を遮られ、双六は立ち上がった博士を見上げた。

「きみはそれを捨てずに、大切に持っていてくれた。たとえカードが破れても私たちの友情まで破れることはない。」
 驚きを隠せない双六に博士が笑いかける。双六も汗が滲むほど熱くなった指先で、カードを掴む力が強くなった。

「いいかレベッカ。カードはハートなんだ。そして真に素晴らしいデュエルは、友情を生むものなんだよ。」
「ハート?」
「そう、ハートだ。クイーンの座に執着して忘れてるようだが、……お前もなまえと、デュエルを通して友情を築けていたじゃないか。これじゃ、全米チャンプ失格だぞ。」
 優しく微笑む博士に、レベッカは記憶に残るクイーンとのデュエルを思い出していた。


 初めて戦ったデュエル・クイーン、まだ仮面を着けていなかった頃のなまえに負けて、レベッカはその場で泣いてしまった。傷ついたプライドと、恥ずかしさや悔しさで揉みくちゃにされて、デュエリストを辞めたいとも思った。

《いいデュエルだったわ。必ずまた闘いましょう。約束よ。》

 幼い子供のご機嫌取りをする周りの人とは違って、彼女は決して甘やかしたりしなかった。短い言葉の中で、なまえはレベッカを対等なデュエリストとして認め、期待しているのだと伝えてくれたのだ。
 その場で約束をしてから、レベッカはなまえに挑み続けた。彼女が姿を消した後も、彼女が再び表舞台に現れたときも。

 そう、今思えば、あれが“友情を生むデュエル”の経験だったのだ。なまえが負けたと聞いて、レベッカはクイーンの座に執着するあまり忘れていた。
 目の前に立つ遊戯こそ、なまえを破ったデュエリスト。その彼が、いまレベッカにあの時の気持ちを思い出させてくれた。
 少ない言葉と大きな行動で、そして大きな優しさをもって。


「遊戯、アタシ……」
 レベッカは振り向いて遊戯を見た。あんなにひどいことを頭ごなしに言いつけたというのに、遊戯は祖父 アーサーのように、優しく笑いかけてくれた。

「いいんだ、レベッカ。」

 その穏やかな声に、レベッカは息が止まりそうなほど熱いものが込み上げた。
「サンキュー、遊戯」
 そう笑い返すのがレベッカにできる最大だった。その顔に遊戯は何か思いついたように、ポケットに手を入れてレベッカに近寄った。

「レベッカ、これを……」
 テキストのない1枚のカード。目の前に差し出されたカードを、レベッカは素直に受け取った。
「“友情の絆”?」
「うん。受け取ってほしいんだ。」

 レベッカが見上げた先には、もう敵意を向けるべき陰が打ち消されていた。カードの絵と同じ色をした清々しい光りに満ちた笑顔。自分でも驚くほど、遊戯に対する気持ちは変化していた。

「遊戯……!」

 レベッカの瞳は純粋に輝いていた。遊戯もそれを見て、満足そうに微笑む。

 闇の人格の遊戯がなまえの心を開いたように、遊戯もまたレベッカの心を開くことができたのだ。それはそれぞれにしか出来ない方法で、そしてそれぞれの長所をもって。
 それはもう1人の自分に頼りきっていた自分を変える、ひとつのきっかけだったのかもしれない。

 これから先、遊戯は確実に、表の人格として…1人の遊戯として、闇の人格と対等に支え合う“相棒”へ成長していくのだった。



「ところで、双六。久しぶりにデュエルといきませんか?」
 博士は双六に向き合うと、親友に大きな笑顔を見せた。



 Rebecca side ,end


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