「ひぇ〜」
 城に着いた遊戯たちは、まずそのファンタジーに溢れた巨大に城に圧巻された。城之内も着いてからというもの、感嘆の声を上げながら、城壁などを見上げている。

「あっ」
 突然前を歩いていたメアリーから、遊戯に向かって青い光が飛び寄ってきた。エアルはそのまま遊戯の頭上を飛び回り、そしてその頭へと身を落ち着かせる。

「フフ、エアルはアナタが気に入ったようですね。」
 振り向いて笑うメアリーに、遊戯はハッとして足を止めた。
「まさか、君は……」

「はい。私はこのゴーラウンド国の王女、メアリーです。」

「王女?!」
メアリーはスカートの裾を摘んでお辞儀をする。声を揃えて驚く遊戯たち一行の中で、なまえとモクバは少し神妙な顔をしていた。
「(メリーゴーラウンド……)」
「なまえ」
「まだ何も言ってないじゃない。」

***

 豪華な料理を囲んで、メアリーと遊戯たちはテーブルに着いていた。勢い良くかき込む城之内が喉を詰まらせたりしたのが落ち着いた頃に、モクバは海馬の行方の手がかりを姫に尋ねた。

「このゴーラウンド国と、西のコースタ国では、毎年1人ずつ生け贄を出すことになっています。生け贄をファイブ・ゴッド・ドラゴンに捧げなければ、その怒りで国が滅ぼされてしまうと言うのです。」
「ファイブ・ゴッド・ドラゴン……?」
 遊戯がなまえに目を向けると、なまえの返事も肩を竦めるだけだった。

「すでに西の国では、どこかのプリンスが連れ去られたと……エアルから聞きました。」
 その話に思わずモクバが反応し、身を乗り出した。
「きっと兄様だ! 兄様はどこに?」

「おそらく、天空の暗黒浮遊城。……あれをご覧ください。」

 メアリーが顔を上げた先に、全員の目が注がれる。壁画には、白い鳥のようなものが、昼と夜を分断しているかのような絵が描かれていた。
「伝説では、千年のはるか昔、暗黒浮遊城から逃げ出した者が、この地のどこかに空飛ぶ船を隠したと言います。───ですが、それがどこにあるのかは…見当もつかないのです。」

「飛行モンスターを使えばいいじゃない。」
 舞の提案にメアリーは首を横に振る。
「暗黒浮遊城の結界は、モンスターでは突破することができないのです。」
 落ち込むモクバに、舞は「ゲームなんだから、必ずクリアする方法があるはずよ」と励ました。

「それより、この国の生け贄は決まっているの?」

 なまえがそう口にした時、メアリーが暗い顔で俯いたのを見逃す者はいなかった。メアリーが返事を口にするのも待たずして、側についていたばあやがハンカチで目元を拭う。

「……はい、私です。」

 騒めく遊戯たちに、メアリーはまだ望みを捨てず顔を上げた。
「でも、アナタ方ならこの世界を救うことが出来るかも。───私たちの国の言い伝えでは、伝説の勇者が砂漠を超え、山を越え、…ホロスの迷宮を越えてやって来ると、言い伝えがあるのです。最強の竜と戦士が揃いし時、邪悪の神は滅びる、と……!」

***

「なぁ、なんでオレだけこんな格好なんだ?」

  シナリオはどんどん進んでいた。メアリーとこの国を救う勇者として、遊戯たち5人は勇者の服を受け取ったのだが、いかにも勇者らしい装備の遊戯と舞を前に、城之内はカーテンで体を隠す。
「いいから出て来なさいよ!」
 舞に急かされて、城之内は決心してカーテンを開け放つ。

 そこには、原始人的な……もといバーバリアンキングのような衣装に身を包んだ城之内が立っていた。
「こりゃねぇだろう! オレだけ!」
「ですが、それが一番勇者としては格式があるのですが」
 顔を赤くする城之内に、着替えを手伝ったばあやが城之内の後ろで困ったように眉の端を下げた。

「まって、ちょっと…私も恥ずかしいんだけど。」
 同じようになまえも城之内の横のカーテンから、しかめた顔を出していた。そしてその険しい顔で舞を見るなり、一度顔を引っ込めて自分を確認したあと、また顔だけ出して青い顔を横に振る。
 舞は「ははーん」と言った顔で意地悪そうに笑い、なまえの更衣カーテンに飛び込んだ。

「ひゃあぁッ!」
「あは! なんだ似合ってんじゃない!」
「ちょ、だめ……! 舞さんそれは……!!!」

 カーテンの中で繰り広げられる舞となまえのドタバタと上擦った声に、遊戯は耳まで赤くなり、城之内も生唾を飲み込む。そして勢い良くカーテンが開け放たれ、舞に肩をしっかりと持たれたなまえが心底恥ずかしそうに現れた。

「もぅやだ……こんなの見られるくらいならゲームオーバーになりたい……」
「まあまあ、そんなこと言わないで」
 舞とほとんど変わらない、防御力の低そうなビキニアーマーに、短いスカート。マントや襟元の装備だけは立派で、舞はそれを完璧にきこなしていた。
 舞の胸元や長く伸びた脚を見ながら、自分の胸元はしっかりと腕で隠す涙目のなまえ。なまえが並んでやっと舞も露出が多かった事に気付くほど、舞はスタイルに自信を持って堂々としていた。
 そんな対照的な態度の2人に、遊戯と城之内もどぎまぎしている。
「ビッグ5、絶対に許さないわ。」
 初めて見る本気で狼狽えたなまえに、遊戯と城之内は思いがけず笑みがこぼれた。

 そこへ大きな雷鳴が轟き、青い閃光が窓から飛び込んできて部屋に衝撃を与える。
「なんだ?!」

***

「姫! 危険でございます! お逃げください!」

 遊戯、城之内、そして舞となまえが、警戒する兵士たちのいるバルコニーへ飛び出す。モクバとメアリーもそれに続いて外に出ると、メアリーを追ってばあやまでもが飛んで来た。

 闇の色をした禍々しい雲が迫る空では、数え切れないほどのモンスターが陰を落としていた。モンスター達の強襲に5人は身構える。
「生け贄を攫いに来やがったな!」
 城之内の声に、舞となまえはすぐカードを引き、舞は“ヴァルキリー”を、なまえは“シャドール・リザード”を出して応戦に挑んだ。しかしあまりの数に攻撃をしても次から次へとモンスターが押し寄せる。

「ダメだ! 相手の数が多すぎる! 2人ともモンスターを戻して!」
 遊戯の声に舞となまえが振り向く。
「どうするの?」
「全部まとめて一掃する!」
「わかったわ。戻れ! シャドール・リザード!」

 2人のモンスターが戻ったのを見てから、遊戯は“ブラック・ホール”のカードを出した。
「全てのモンスターを破壊する!」
 遊戯がブラック・ホールの魔法カードを掲げると、どこからか手裏剣が飛んできて突き刺さり破壊される。驚いて見上げると、遊戯達の頭上には“青い忍者ブルーニンジャ”が立っていた。

「いけない……! あのモンスターは魔法カードを1枚破壊する効果を持ってるわ!」
 なまえがそう言いきる間もなく、ブルーニンジャはメアリー姫を網で捕まえて飛び去ってしまった。

「メアリー!」
「姫様〜!」


 禍々しい雲と共に、メアリー姫を捕まえたモンスター達の大群は飛び去ってしまった。後に残ったばあやが悲鳴のように姫を呼ぶ声の中、モクバだと思われていた勇者の姿をした“彼女”が、崩れ落ちて遠くの空を見上げた。

「そんな……モクバ様」

「モクバ様って、あなた……!」
 なまえが驚いてその顔を覗き込むと、連れさらわれたはずの当のメアリーが、目に涙を浮かべてなまえを見た。
「姫?!」
 これにはばあやも驚いてメアリーに駆け寄る。
「じゃあ、いま連れさらわれたのは」
 舞がメアリーから遠くの空へ視線を戻すと、メアリーは恐る恐る答えた。

「モクバ様です……」



『オレと入れ替わるんだ。生け贄になれば、きっと兄様のところに行ける。』

 モクバは唇を噛み、メアリーの両肩を掴んで彼女を説得した。テーブルに置かれた勇者の服を、不安そうなメアリーがちらりと見る。
 モクバはメアリーの肩を少し揺すって、承諾するように促し、それ以上は何も言わなかった。



「私のせいです…… 私さえ素直に生け贄になっていれば、……!」
 取り残されたメアリーに、遊戯達は顔を見合わせた。

「お願いです、モクバ様を助けてください!」

***

 遊戯が城壁の上から見つけた、暗黒浮遊城へ行くための船と思しき地上絵に、解決の糸口は見つけられたように思えた。しかしこのゲームは想像以上に難題で、国中のあらゆるものをひっくり返しても、この地上絵から船を出現させる方法は見つからなかった。
 しびれを切らした城之内が、あのビッグ5が作ったゲームという点でクリアできないのではと癇癪を起こす中で、遊戯は静かに考えを巡らせていた。

「(なにかヒントがあるはずた。考えろ……考えるんだ。なにか……)」

「これだけ探してなんのヒントもないなんて…… 千年も昔じゃ仕方ないのかしら。」
 なまえのため息交じりの言葉に、遊戯はハッとして顔を上げた。

「そうか!」

***

 遊戯は城之内と舞、なまえを連れて、地上絵の中心にやって来た。遠巻きにメアリーとばあやを囲んで、国中の人たちがそれを見ている。

「飛行艇は千年前にここに封印された。だったらここを、千年前に戻せばいいんだ! 城之内くん、君はそのカードを持ってる!」
「そうか!」
 城之内はデッキからカードを引き、1枚のモンスターカードを見つめた。

「“時の魔術師”。コイツなら確かに千年の時を戻せる。……だがコイツは未知のカード。何が起きるかは保証できねぇぜ。」

「やるだけの価値はあるわ。それに、何が起きようと私たちは海馬とモクバ君を助けださなきゃ。」
 なまえと舞の長い髪が風に靡く。城之内もなまえの強い眼差しに後押しされ、遊戯も頷いた。
「よ〜し、頼むぜ、時の魔術師。千年の時を遡れ!」
 召喚された“時の魔術師”が、時計を象った杖を振り上げる。

《タイムマジック!》

地上絵を不思議な色の光が取り囲む。その様子を、メアリーとばあやは固唾を飲んで見守っていた。

***

「ダメだ! もうひとつテーブルを!」
 燦々と降り頻る雨が、海馬ランド内のアドベンチャーゲームの看板を叩いていた。その雨音と男達の怒声、そして扉を叩く音までもが入り混じり、杏子の耳には本田の声を拾う余裕すらない。

 テーブルや棚で築いたバリケードを、2人は必死に押さえていた。杏子は痺れ始めた腕や手のひらに心細くなる目を、背後に横たわる遊戯たちのカプセルへ向けた。

「(早く戻ってきて、遊戯……!)」


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