DDM編
 ため息を漏らした。

 なまえが学校生活で学んだ事の中に、「周りに合わせてはしゃぐ」というものがある。変にスカしていても損するだけ。ヒトという生物が作り出した社会構造に歯向かわず、従順になる時も必要なのだ。

 だがそれを踏まえても、今回起きた女子生徒陣の熱気になまえは加わらなかった。

「(どっか他でやってくれないかな)」
 もう何度そう言いかけたかわからない。喉元まで来ては飲み込み、ポロッとこぼしそうになっては飲み込み…… 正直イライラが今にも爆発しそうだ。

 “問題”に文字通り背を向けた形で椅子に横座りし、膝の上でデュエルマガジンをめくるが内容が全く頭に入ってこない。しかもかなりの頻度で背中や机に女の子たちのお尻や足がガンガン当たるので、なまえの眉間のシワは深くなる一方だった。

 そんな雑音や雑多な歓声の中で向けられた声が、まさか自分に向いているとは思わなかった。
「ねぇキミ」
 無視を決め込んでいるのか、気付いていないだけか…… 見かねた女子生徒がなまえの肩を叩いた。

「え、……な、なに?」
 流石に驚いて振り返ると、取り巻きの女子生徒の視線にまず居た堪れなくなる。とりあえず社交的な顔を作りはしたが、ひどく引きつった笑顔になっていた。そして女子生徒陣の中央に鎮座する、“問題”に目を向ける。

「せっかく隣の席になったんだ。キミも混ざらないかい?」

 遠慮しときます。勘弁してください。心の中でどう足掻いてもベストな回答は出せなかった。たぶん、というか確実に、どんな返事をしてもクラスの女子生徒の何人かは絶対的に回す。

 返答に困った末なまえが口を開こうとしたところで、まるで天の助けと言わんばかりに始業チャイムが鳴り響いた。

 開けた口をゆっくりと曲げて、視線だけで女子生徒陣をぐるりと見渡せば、彼女たちも残念がりながら各々の席に戻っていった。安堵の息をついてから隣の席の男に目をやると、バッチリ視線が合う。
 なまえは小さく肩を竦めるだけで、デュエルマガジンを机にしまった。


 今朝転校して来たこの男─── 御伽龍児に、なまえは早くも振り回され始めていた。

***

『ねぇ、あの2人付き合ってんの?』

 舞のそんな一言に、城之内は暫く停止したあと、吹き出すように笑った。
『まっさかァ〜! あの海馬の野郎が女の子に興味あるワケねぇだろ!』
『あー、ま、それもそうよね。』


 ビッグ5を倒した電脳世界ゲームでのそんな会話が、闇人格の方の遊戯に焦げ付いて離れなかった。どこかモヤモヤして、空気が肌に触れるだけでも不愉快な気持ちになり、ちょっとした耳鳴りですら感情を擽る。

「もう1人の僕?」

 表の遊戯の問いかけに、闇の遊戯がハッとして顔を上げた。
 姿見の前で制服のシャツのボタンをとめながら、遊戯はベッドに腰掛けるもう1人の人格に目を向ける。アドベンチャーゲームをクリアしてからというもの、遊戯はもう1人の自分が明らかに浮かない顔をしていることに気がついていた。

『なんだ?』
「ううん。……なんだか、浮かない顔をしているね。」
『そ、そうか? 相棒の気のせいだろ。』
 一方がいつもどおりに笑って見せれば、反比例するようにもう一方は眉端を下げて困ったような顔をする。遊戯は一旦もう1人の自分から目を外すと、鏡の端にかけていた学ランをとって袖を通した。

『それより、そろそろ杏子が来る時間だぜ。一緒に登校するんだろ?』

「あ! うん! もう行かなきゃ」
 遊戯は慌てて鞄を肩にかける相棒を見てまた少し笑った。相棒がこれ以上踏み込んでくる前に、このイライラの原因を知られたくはなかったのだ。


 知られたところで、遊戯にどうすることもできない。相棒はずっと杏子の事が好きなんだと知っているからだ。もう1人の自分、むしろ千年パズルというものに出会う前から、相棒は杏子のことが好きだった。
 それに、杏子も相棒に“脈アリ”だって事も気付いている。それを邪魔する権利なんて、自分にはない。諦めなくてはいけないことだと、遊戯は最初から分かっていた。


 ……なんて考えているんだろうな、と、遊戯はもう1人の自分がなぜ苛立っているのか知っていた。
 もう1人の自分は、なまえのことが好きなんだと。
 後からやって来た事に引け目を感じているのか、同じ身体を共有している限りもう1人の自分はそれを遊戯に打ち明ける様子はないし、きっとなまえにも黙っているつもりなのだろう。だけど、なまえと海馬との関係に感じる嫉妬や焦りは別物だ。きっと彼はいま、相棒であり身体の持ち主である遊戯への遠慮と、海馬へのやっかみという亀裂の間で苦しんでいる。


『(どうしたもんか…)』
「(どうしたものかなぁ……)」

 2人の遊戯は、同じようにため息を漏らした。

***

 同じようなため息を漏らしたのは、なにも遊戯だけではなかった。

 自慢のゲームショップも、双六の目には今や小さく、そして寂れて見えている。集めても集めても木枯しが落ち葉を攫っていき、そんな風の悪戯ですら双六にはみずぼらしくされているように感じられた。

「じいちゃん行ってきま〜す!」
 軽快なドアベルを鳴らして飛び出してきた遊戯に、双六は丸めた背中を向けたまま、ただサリサリとコンクリートを撫でる竹箒の先を見つめていた。
「あぁ……」

「……じいちゃん?」
 年の割にヤンチャで元気な祖父とは思えないその姿に、遊戯は首を傾げて覗き込む。そこへ杏子が駆け寄ってきた。
「おはよう遊戯」
「杏子! おはよう」

「おじいさんもおはよう」
「ほい……」
 杏子が声をかけても、双六は粛々と竹箒を動かすだけだった。遊戯はそんな双六に苦笑いするしかない。

「遊戯、どうしたの? おじいさんなんだか元気ないみたい。」
 遊戯は苦笑いしてた口元に手をやると、杏子はひそひそ話しに耳を傾ける。
「ここだけの話し、今メチャ落ち込みモードなんだ。」
「え? なんで?」

「よくぞ聞いてくれたわい!!!」

 突然割り込んできた双六に、遊戯と杏子は驚いて身を引いた。ズカズカと2人の間を進み出ると、双六は竹箒も放り出して手を振り上げる。
「武藤双六、72歳、人生最大のピンチ! なんとワシの店が潰されてしまう危機に晒されておるのじゃ……!!!」
 そう熱弁したあと、双六は「あれを見てみい!」と振り向いて新築のビルを指さした。

 杏子と、そしてもう事情を知っている遊戯が渋々といった様子でその指さした方向を見上げる。
「新しいゲームショップ……」
「うむ。世界中のおもしろいゲームを集めて販売するらしい。なんでも目玉商品として、ウワサの最新ゲームが売り出されるらしいのじゃ。」

 その情報に遊戯はアッサリと掌を返した。
「最新ゲームかぁ。じいちゃんには悪いけど、興味あるなぁ。」

「なんじゃと?!」


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