「あれが武藤遊戯だよ、御伽ちゃん。」

 双六の言っていた新しいゲームショップ─── その窓から、メガネをかけた男が店の前に来た遊戯を見ていた。窓枠に背中を預けてダイスを弄る御伽は、横目に遊戯を捕らえるだけで興味のないそぶりを見せる。
「へぇ…… あんなお子様が?」
「あぁ、デュエルモンスターズじゃ敵ナシってウワサだよ。デュエリストキングダムじゃ、あのペガサスを破って優勝したんだから。」

 御伽は少しも振り向かないでそれを聞いていた。視界の端では遊戯が女の子─── 杏子に引き摺られて遠ざかって行く。
「でもデュエルモンスターズのチャンプがそう簡単にDDM…… ダンジョン・ダイス・モンスターズの戦場に出ては来ないんじゃないの?」

「no problem」
 グッとダイスを握りしめる。瞳の奥で赤く滾る怒りを隠す事もなく、御伽は男を見た。
「ヤツから大切なものをひとつずつ奪う。そして必ずDDMの戦場へ引っ張り出してみせる!」
 「ヤル気じゃん……」とメガネの男は少し意外そうに呟いた。そしてメガネを少しずらすと、御伽の胸中を探るように目を細めて怪しく笑う。

「ねぇ…… 狙いはホントにDDMのPRだけなの?」

「余計な詮索はしない事だ。」
 冷たく鋭い眼光が暗い部屋で煌めいた。左目のクラウンメイクのラインが御伽の頬を縁取り、横顔を陰に隠す。

「僕が遊戯を倒しDDMの名を世界にアピールすれば、アンタにとってもおいしいはずだろ?」

 「おぉ怖! 怒るなよ御伽ちゃん」詮索していた目をすぐに笑わせ、メガネの男は手をこすり合わせる。御伽はもうそれを見もしないで、窓の外で小さくなる遊戯の背中を横目に眺めた。

「(武藤遊戯…… 必ずお前を倒す。ゲームの王の称号を奪い、あの方の復讐を果たすために!)」

***

「へぇ、新しいゲームショップか。」
 「じいちゃん元気なくてさ。」遊戯は椅子を跨いで背もたれに肘をついてため息を返す。後ろの席の城之内を囲むように、本田と杏子も集まっていた。
「強力なライバル店出現って感じね。DDMっていう新しいゲームを売り出すんですって。」

「ダンジョン・ダイス・モンスターズだろ?」

 城之内からの返答が余程意外だったのか、本田と杏子の視線が城之内に向けられる。
「お前なんでそんなに詳しいんだ?」
「今朝の新聞の折り込みに入ってたからだよ。」
「え?! 城之内、新聞読むの?」
 杏子の物言いが癪に触ったのか、城之内は杏子に詰め寄った。

「配達のバイトンとき見たんだよ!」

「バイトは禁止でしょ。」
「オメェに言われたくねぇ!」
 遊戯は杏子もこっそりバイトをしているのを思い出す。城之内もそれを言っているのだろう。
「言っとくがオレは学費のためだから特別に許可とってんだよ!」
 そう言って椅子に座り直すと、遊戯の視線に城之内はニッと笑った。

「遊戯から貰った賞金は、静香の手術に取っとかなきゃなんねぇしな。」

「静香ちゃんの手術、決まったのか?」
「あぁ、専門の医者に診てもらえたんだ。手術すれば完全に回復するって。」
「よかったね、城之内君!」
 パッと和やかになったところへ、城之内の机をデュエルマガジンの背表紙でノックする腕が差し込まれた。

「お?!」
「お取り込み中悪いわね。」

 本田と杏子の正面、城之内の机の誰も立っていなかった面には、いつのまにかなまえが立っていた。雑誌で肩を叩くように担ぎ直し、反対の手を腰に当てたなまえの立ち姿が、だんだん偉そうに振る舞う海馬の影響を感じなくもない。
 なまえは城之内にデュエルマガジンを差し出すと、城之内は嬉しそうにそれを受け取った。

「おー! サンキューなまえ!」
 「やったぜ!」とパラパラめくる城之内にゆるく笑うと、なまえはスカートの上に巻いたベルトから千年秤を前にずらしてから窓枠に腰を預けた。
「オイオイ、授業中に読んで没収されるなよ?」
「わかってるって! なっなまえ!」
「えぇ。……没収されずに返せたら、付録のカードを譲るって約束なの。」
 フフンと笑うと、ポケットから付録パッケージを取り出す。“モンスター・ボックス”のカードが描かれたパッケージに城之内が手を伸ばそうとするが、なまえはさっさと引き上げてポケットに戻した。
 その様子に苦笑いも含めて笑う遊戯。本田も少し呆れ気味にため息をついた。
「そっか、なまえには使い道がないもんね。」
「いい保険のかけ方をしたってワケだ。」

「つーかよぉ、昼休みにでもオレから取りに行こうかと思ってたのに。朝っぱらからワザワザすまねぇ。」
 デュエルマガジンから顔を上げた城之内に、なまえはなんとも言えない顔を返した。口を曲げるなまえに遊戯が首を傾げる。

「それが……」

***

「なんだ?」
 城之内は隣の教室… つまりはなまえのクラスに入った途端に機嫌を損ねた顔を見せた。女の子達のキャーキャーという歓声を一身に浴びる男に、城之内のムスッとした眉間の皺はさらに深くなる。

「いいよ、じゃあ今度はダイス6個だ。いくよ」

 机に並べたダイスをカップだけで器用に掬い上げ、カラカラと中でまわしてから机に伏せる。カップをゆっくりとあけると、赤と青のダイスは交互に積み上げられて出てきた。
 すごーい!と歓声を上げる女子生徒達に、ダイスの持ち主はフッと笑う。

「なんだアイツ、」
 城之内は明らかに妬みながら腕を組む。その横で同じように腕を組むなまえが嫌そうな顔でため息をついた。
「あんなヤツいたか?」
「昨日転校してきたのよ。……御伽龍児、と…愉快な仲間たち? とにかくずっとあの調子で迷惑してるってわけ。」
 横目で本田を見上げたあと、「隣の席なのよ」と杏子に耳打ちする。杏子と、聞こえていた遊戯も「あー」と同情した。

「チッ 気に入らねぇ! 小手先の技をひけらかして女に言い寄るヤローはよ!」

 癇癪を起こしそうな城之内に、杏子が呆れたように目を細めた。
「アンタ、モテそうな男はみ〜んな気に入らないんでしょ?」
「ウッ」
 これには遊戯ですらフォローできないらしく、城之内は杏子となまえの冷めた目を振り払うように強がってみせる。
「ヘン! オレって研ぎ澄ました刀はいつもサヤに収めてるタイプだからな! 自分の才能は人にひけらかしたりしねぇんだよ!」

「お前に才能なんてあったのか?」

 本田の呆けた言い様に城之内は詰め寄る。
「“チミ”はデュエリストキングダムでナニを見てきたんだね?」
「“運も実力のウチ”ってか?」
「やめなよ2人とも」
 “じゃれあい”がはじまりそうな城之内と本田に遊戯がやっと止めに入る。

 それを女の子達の隙間から静観していた御伽は、ゆっくりと立ち上がった。

「オレはあの島で自分の才能に目覚めたんだよ! デュエリストとしての才能にな!」

「へぇ、……」
 突然かかった声に、5人は驚いて振り向いた。
「デュエルモンスターズの才能あるんだ? キミ。」

 いつのまにか正面にいた御伽に、城之内は少しも怯まず格好付ける。まあ御伽に威嚇するためというよりも、御伽の後ろについて回る女子陣に対しての見栄だった。
「フン、興味あるなら知ってるだろ? 全米チャンピオンだったキース・ハワードというそりゃあ最強無敵の男がいたんだがね…… 彼はマァ良くやったけど、オレの敵じゃあなかったね。」
 フフンと前髪を触る城之内に、杏子と本田が心底呆れた顔を向け、なまえも残念なものを見る目で少し後退した。

「チョ〜ひけらかしてんじゃん。」
「カタナ抜きっぱなしじゃねぇか。」

「わかってもらえたかな〜 オレの……」
「あ、キミひょっとしてデュエリストキングダム チャンピオンの武藤遊戯君?」

 まったく聞いてない御伽に城之内がガン垂れるも、御伽はそれでも眼中にないとばかりに腰を屈めて遊戯を覗き込む。
「え、うん……」
「キミの活躍は噂で聞いているよ。あの海馬瀬人や、“そこの女王様”まで倒したんだってね。」

 チラリと向けられた視線になまえの方がわずかに動く。
「(このひと…… 知ってたなら、なぜ今になって私の事を)」
 警戒心に満ちたなまえの目をのらりくらりと躱すように、御伽は小さく笑って視線を逸らす。ちょうどいいタイミングと言わんばかりに、そこへ城之内が割り込んだ。

「オレのウワサは? ほら、準優勝の、城之内克也……」
「ごめんごめん、……じゃあ僕とゲームをして、キミの才能ってヤツをみせてくれないか?」
「ゲーム?」
 突然の申し出に城之内はポカンとする。

「(ゲームって…… いったい何をする気なのかな。)」
 御伽は鼻で笑いながらさっきのカップとダイスを取り出す。真意を探るように注視する遊戯とは打って変わって、ゲームを挑まれた城之内本人は周囲に集まった女子生徒達の視線ばかりを気にしていた。
「(ヒヒヒ、オレが御伽のヤロウに勝てば、ヤツのファンはオレのもの!)」
 浅はかな打算だけを根拠に、城之内は背筋を伸ばす。

「よ〜し、やってやるぜ!」


- 139 -

*前次#


back top